『一佐の裁き(いっさのさばき) 〜イージス艦長(50)、江戸北町奉行(25)に成り代わる〜』

月神世一

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EP 7

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二つの正義(ジャスティス)

「――二匹、見つけた」

浪人の静かな声が、蔵の中の埃を震わせる。

坂上真一(中身50)の全ての感覚が、危険信号を発した。

(……練度が、違う)

先ほどのゴロツキとは、比較にならない。

本物の「実戦」を経た人間の「間」。

坂上は、即座に相手の脅威レベルを「最上級(クリティカル)」に判定した。

「父ちゃんの、仇……!」

蘭が、怒りに任せて十手を構え、飛び出そうとする。

「待て! 愚か者!」

坂上は、蘭の襟首を引っ掴み、強引に自分の背後へ引き戻す。

その行動を、浪人は見ていた。

「ほう……。『真さん』と聞いて、ただの馬鹿な若様かと思えば」

浪人が、ゆらり、と刀を正眼に構える。

「……貴様、『できる』な?」

(……戦闘は、回避できない)

坂上の脳が、猛烈な速度で回転する。

(目的は、戦闘での勝利ではない。証拠(エビデンス)の確保だ)

彼は、蘭が握りしめている大福帳(台帳)を、ひったくるように奪い取ると、それを、再び蘭の懐に、力ずくでねじ込んだ。

「え? なにを……!」

「走れ」

「は……?」

「北町奉行所へ向かえ」

坂上は、浪人から一切目を離さず、蘭に命じた。

その声は、もはや「真さん」のものではない。

艦の命運を背負う、指揮官の声だった。

「これは『任務(ミッション)』だ。証拠を届けろ。最優先事項だ」

「で、でも、あんたは!」

「俺のことは懸念するな。行け! 命令だ!」

「――行かせると、思うか?」

浪人の身体が、消えた。

(速い!)

坂上は、蘭を庇うようにして、鉄扇でその斬撃を受け止める。

キィィン! と、甲高い金属音が響き、坂上の腕が、衝撃に痺れた。

(……重い!)

「鉄扇で、今のを受けるか。ますます殺すのが惜しくなった」

浪人が、二の太刀を繰り出そうとした、その瞬間。

ガシャン!

蔵の天井近くの明かり取り窓が、内側から割れ、黒い影が舞い降りてきた。

「「!?」」

坂上と浪人の動きが、同時に止まる。

黒装束。

月明かりに、見慣れた涼しげな目が、皮肉な笑みを浮かべていた。

「喜助……!」

蘭が、その正体に気づき、叫ぶ。

料理屋「喜助亭」の板長。

彼こそが、江戸の悪を騒がす義賊、「宵闇の喜助」だった。

喜助は、坂上と浪人を交互に見比べ、肩をすくめた。

「……へえ。こりゃ驚いた。奉行所の『犬』と、商人(あきんど)の『犬』が、仲良く噛み合ってるとはね」

「貴様……何者だ」

浪人が、警戒を露わにする。

「俺か? 俺は、あんたらが食い散らかした『残り物』を、頂戴しに来た、ただの料理人でさ」

喜助の狙いは、台帳ではない。

三国屋が、この蔵の、さらに奥に隠し持っている「汚れた金」――千両箱だ。

シュシュシュッ!

喜助の腕が振られる。

数十本の投げクナイが、浪人めがけて飛んだ。

「小ざかしい!」

浪人は、それを刀で弾くが、全てではない。

数本が、彼の袴の裾や袖を、床や壁に縫い付けた。

「!」

浪人の動きが、一瞬、止まる。

その「一瞬」を、坂上は見逃さない。

「蘭! 行け!」

「え!? あ……!」

坂上は、蘭の背中を、蔵の入り口に向かって、思う存分、蹴飛ばすように押し出した。

蘭は、よろめきながらも、夜の闇へと駆け出していく。

「逃がすか!」

浪人が、クナイを引きちぎり、追おうとする。

「――おっと」

喜助が、浪人と坂上の間に割って入り、小刀で牽制する。

「あんたの相手は、こっちじゃねえのかい?」

浪人は、坂上(=奉行所の手が、証拠を持って逃げた)と、喜助(=金を狙う、明らかな泥棒)を天秤にかける。

「……ちっ!」

浪人は、台帳を奪い返すことを優先し、蘭を追って蔵から飛び出していった。

蔵の中には、坂上(真さん)と喜助、二人だけが残された。

喜助は、盗みに入った先で、まさか「あの」遊び人の「真さん」が、こんな修羅場の真っただ中にいることに、深い興味を覚えていた。

「……へえ。『真さん』。あんた、いつからそんな『目』をするようになったんだい?」

喜助が、皮肉な笑みを浮かべる。

「…………」

坂上は、この男(喜助)を分析する。

(……自警(ヴィジランテ)か)

(法の外で、独自の正義を執行する、第三の勢力)

「貴官……喜助亭だな」

「おや、バレてたかい」

「自警行動もまた、規律を乱す。即刻、武装を解除し、投降しろ」

「……きかん? ぶそう? ……ははっ!」

喜助は、腹を抱えて笑い出した。

「あんた、やっぱ最高だぜ、真さん! 奉行所なんざアテにしねえ。俺は、俺のやり方で、悪を裁く」

喜助は、坂上に背を向け、千両箱が隠されているであろう奥の壁へと歩み寄る。

「ま、今夜は、あんたのお陰で『犬』が蔵からいなくなった。こいつは、礼を言っとくぜ」

坂上は、鉄扇を握りしめる。

(……この男もまた、排除すべき『敵』か)

だが、今、彼と戦うのは、合理的ではない。

最優先は、蘭が持つ証拠だ。

「……借りは、必ず返す」

坂上は、それだけを言い残し、蘭と浪人を追って、闇へと駆け出した。

残された喜助は、壁から千両箱を引きずり出しながら、楽しそうに口笛を吹いていた。

「『規律』ねえ……。あの奉行、面白くなってきやがった」

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