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EP 7
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二つの正義(ジャスティス)
「――二匹、見つけた」
浪人の静かな声が、蔵の中の埃を震わせる。
坂上真一(中身50)の全ての感覚が、危険信号を発した。
(……練度が、違う)
先ほどのゴロツキとは、比較にならない。
本物の「実戦」を経た人間の「間」。
坂上は、即座に相手の脅威レベルを「最上級(クリティカル)」に判定した。
「父ちゃんの、仇……!」
蘭が、怒りに任せて十手を構え、飛び出そうとする。
「待て! 愚か者!」
坂上は、蘭の襟首を引っ掴み、強引に自分の背後へ引き戻す。
その行動を、浪人は見ていた。
「ほう……。『真さん』と聞いて、ただの馬鹿な若様かと思えば」
浪人が、ゆらり、と刀を正眼に構える。
「……貴様、『できる』な?」
(……戦闘は、回避できない)
坂上の脳が、猛烈な速度で回転する。
(目的は、戦闘での勝利ではない。証拠(エビデンス)の確保だ)
彼は、蘭が握りしめている大福帳(台帳)を、ひったくるように奪い取ると、それを、再び蘭の懐に、力ずくでねじ込んだ。
「え? なにを……!」
「走れ」
「は……?」
「北町奉行所へ向かえ」
坂上は、浪人から一切目を離さず、蘭に命じた。
その声は、もはや「真さん」のものではない。
艦の命運を背負う、指揮官の声だった。
「これは『任務(ミッション)』だ。証拠を届けろ。最優先事項だ」
「で、でも、あんたは!」
「俺のことは懸念するな。行け! 命令だ!」
「――行かせると、思うか?」
浪人の身体が、消えた。
(速い!)
坂上は、蘭を庇うようにして、鉄扇でその斬撃を受け止める。
キィィン! と、甲高い金属音が響き、坂上の腕が、衝撃に痺れた。
(……重い!)
「鉄扇で、今のを受けるか。ますます殺すのが惜しくなった」
浪人が、二の太刀を繰り出そうとした、その瞬間。
ガシャン!
蔵の天井近くの明かり取り窓が、内側から割れ、黒い影が舞い降りてきた。
「「!?」」
坂上と浪人の動きが、同時に止まる。
黒装束。
月明かりに、見慣れた涼しげな目が、皮肉な笑みを浮かべていた。
「喜助……!」
蘭が、その正体に気づき、叫ぶ。
料理屋「喜助亭」の板長。
彼こそが、江戸の悪を騒がす義賊、「宵闇の喜助」だった。
喜助は、坂上と浪人を交互に見比べ、肩をすくめた。
「……へえ。こりゃ驚いた。奉行所の『犬』と、商人(あきんど)の『犬』が、仲良く噛み合ってるとはね」
「貴様……何者だ」
浪人が、警戒を露わにする。
「俺か? 俺は、あんたらが食い散らかした『残り物』を、頂戴しに来た、ただの料理人でさ」
喜助の狙いは、台帳ではない。
三国屋が、この蔵の、さらに奥に隠し持っている「汚れた金」――千両箱だ。
シュシュシュッ!
喜助の腕が振られる。
数十本の投げクナイが、浪人めがけて飛んだ。
「小ざかしい!」
浪人は、それを刀で弾くが、全てではない。
数本が、彼の袴の裾や袖を、床や壁に縫い付けた。
「!」
浪人の動きが、一瞬、止まる。
その「一瞬」を、坂上は見逃さない。
「蘭! 行け!」
「え!? あ……!」
坂上は、蘭の背中を、蔵の入り口に向かって、思う存分、蹴飛ばすように押し出した。
蘭は、よろめきながらも、夜の闇へと駆け出していく。
「逃がすか!」
浪人が、クナイを引きちぎり、追おうとする。
「――おっと」
喜助が、浪人と坂上の間に割って入り、小刀で牽制する。
「あんたの相手は、こっちじゃねえのかい?」
浪人は、坂上(=奉行所の手が、証拠を持って逃げた)と、喜助(=金を狙う、明らかな泥棒)を天秤にかける。
「……ちっ!」
浪人は、台帳を奪い返すことを優先し、蘭を追って蔵から飛び出していった。
蔵の中には、坂上(真さん)と喜助、二人だけが残された。
喜助は、盗みに入った先で、まさか「あの」遊び人の「真さん」が、こんな修羅場の真っただ中にいることに、深い興味を覚えていた。
「……へえ。『真さん』。あんた、いつからそんな『目』をするようになったんだい?」
喜助が、皮肉な笑みを浮かべる。
「…………」
坂上は、この男(喜助)を分析する。
(……自警(ヴィジランテ)か)
(法の外で、独自の正義を執行する、第三の勢力)
「貴官……喜助亭だな」
「おや、バレてたかい」
「自警行動もまた、規律を乱す。即刻、武装を解除し、投降しろ」
「……きかん? ぶそう? ……ははっ!」
喜助は、腹を抱えて笑い出した。
「あんた、やっぱ最高だぜ、真さん! 奉行所なんざアテにしねえ。俺は、俺のやり方で、悪を裁く」
喜助は、坂上に背を向け、千両箱が隠されているであろう奥の壁へと歩み寄る。
「ま、今夜は、あんたのお陰で『犬』が蔵からいなくなった。こいつは、礼を言っとくぜ」
坂上は、鉄扇を握りしめる。
(……この男もまた、排除すべき『敵』か)
だが、今、彼と戦うのは、合理的ではない。
最優先は、蘭が持つ証拠だ。
「……借りは、必ず返す」
坂上は、それだけを言い残し、蘭と浪人を追って、闇へと駆け出した。
残された喜助は、壁から千両箱を引きずり出しながら、楽しそうに口笛を吹いていた。
「『規律』ねえ……。あの奉行、面白くなってきやがった」
「――二匹、見つけた」
浪人の静かな声が、蔵の中の埃を震わせる。
坂上真一(中身50)の全ての感覚が、危険信号を発した。
(……練度が、違う)
先ほどのゴロツキとは、比較にならない。
本物の「実戦」を経た人間の「間」。
坂上は、即座に相手の脅威レベルを「最上級(クリティカル)」に判定した。
「父ちゃんの、仇……!」
蘭が、怒りに任せて十手を構え、飛び出そうとする。
「待て! 愚か者!」
坂上は、蘭の襟首を引っ掴み、強引に自分の背後へ引き戻す。
その行動を、浪人は見ていた。
「ほう……。『真さん』と聞いて、ただの馬鹿な若様かと思えば」
浪人が、ゆらり、と刀を正眼に構える。
「……貴様、『できる』な?」
(……戦闘は、回避できない)
坂上の脳が、猛烈な速度で回転する。
(目的は、戦闘での勝利ではない。証拠(エビデンス)の確保だ)
彼は、蘭が握りしめている大福帳(台帳)を、ひったくるように奪い取ると、それを、再び蘭の懐に、力ずくでねじ込んだ。
「え? なにを……!」
「走れ」
「は……?」
「北町奉行所へ向かえ」
坂上は、浪人から一切目を離さず、蘭に命じた。
その声は、もはや「真さん」のものではない。
艦の命運を背負う、指揮官の声だった。
「これは『任務(ミッション)』だ。証拠を届けろ。最優先事項だ」
「で、でも、あんたは!」
「俺のことは懸念するな。行け! 命令だ!」
「――行かせると、思うか?」
浪人の身体が、消えた。
(速い!)
坂上は、蘭を庇うようにして、鉄扇でその斬撃を受け止める。
キィィン! と、甲高い金属音が響き、坂上の腕が、衝撃に痺れた。
(……重い!)
「鉄扇で、今のを受けるか。ますます殺すのが惜しくなった」
浪人が、二の太刀を繰り出そうとした、その瞬間。
ガシャン!
蔵の天井近くの明かり取り窓が、内側から割れ、黒い影が舞い降りてきた。
「「!?」」
坂上と浪人の動きが、同時に止まる。
黒装束。
月明かりに、見慣れた涼しげな目が、皮肉な笑みを浮かべていた。
「喜助……!」
蘭が、その正体に気づき、叫ぶ。
料理屋「喜助亭」の板長。
彼こそが、江戸の悪を騒がす義賊、「宵闇の喜助」だった。
喜助は、坂上と浪人を交互に見比べ、肩をすくめた。
「……へえ。こりゃ驚いた。奉行所の『犬』と、商人(あきんど)の『犬』が、仲良く噛み合ってるとはね」
「貴様……何者だ」
浪人が、警戒を露わにする。
「俺か? 俺は、あんたらが食い散らかした『残り物』を、頂戴しに来た、ただの料理人でさ」
喜助の狙いは、台帳ではない。
三国屋が、この蔵の、さらに奥に隠し持っている「汚れた金」――千両箱だ。
シュシュシュッ!
喜助の腕が振られる。
数十本の投げクナイが、浪人めがけて飛んだ。
「小ざかしい!」
浪人は、それを刀で弾くが、全てではない。
数本が、彼の袴の裾や袖を、床や壁に縫い付けた。
「!」
浪人の動きが、一瞬、止まる。
その「一瞬」を、坂上は見逃さない。
「蘭! 行け!」
「え!? あ……!」
坂上は、蘭の背中を、蔵の入り口に向かって、思う存分、蹴飛ばすように押し出した。
蘭は、よろめきながらも、夜の闇へと駆け出していく。
「逃がすか!」
浪人が、クナイを引きちぎり、追おうとする。
「――おっと」
喜助が、浪人と坂上の間に割って入り、小刀で牽制する。
「あんたの相手は、こっちじゃねえのかい?」
浪人は、坂上(=奉行所の手が、証拠を持って逃げた)と、喜助(=金を狙う、明らかな泥棒)を天秤にかける。
「……ちっ!」
浪人は、台帳を奪い返すことを優先し、蘭を追って蔵から飛び出していった。
蔵の中には、坂上(真さん)と喜助、二人だけが残された。
喜助は、盗みに入った先で、まさか「あの」遊び人の「真さん」が、こんな修羅場の真っただ中にいることに、深い興味を覚えていた。
「……へえ。『真さん』。あんた、いつからそんな『目』をするようになったんだい?」
喜助が、皮肉な笑みを浮かべる。
「…………」
坂上は、この男(喜助)を分析する。
(……自警(ヴィジランテ)か)
(法の外で、独自の正義を執行する、第三の勢力)
「貴官……喜助亭だな」
「おや、バレてたかい」
「自警行動もまた、規律を乱す。即刻、武装を解除し、投降しろ」
「……きかん? ぶそう? ……ははっ!」
喜助は、腹を抱えて笑い出した。
「あんた、やっぱ最高だぜ、真さん! 奉行所なんざアテにしねえ。俺は、俺のやり方で、悪を裁く」
喜助は、坂上に背を向け、千両箱が隠されているであろう奥の壁へと歩み寄る。
「ま、今夜は、あんたのお陰で『犬』が蔵からいなくなった。こいつは、礼を言っとくぜ」
坂上は、鉄扇を握りしめる。
(……この男もまた、排除すべき『敵』か)
だが、今、彼と戦うのは、合理的ではない。
最優先は、蘭が持つ証拠だ。
「……借りは、必ず返す」
坂上は、それだけを言い残し、蘭と浪人を追って、闇へと駆け出した。
残された喜助は、壁から千両箱を引きずり出しながら、楽しそうに口笛を吹いていた。
「『規律』ねえ……。あの奉行、面白くなってきやがった」
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