『一佐の裁き(いっさのさばき) 〜イージス艦長(50)、江戸北町奉行(25)に成り代わる〜』

月神世一

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EP 26

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黒幕の正体、嫉妬の炎
坂上真一の執務室に、三つの捜査情報が揃った。
 * 雪之丞が発見した「菊乃の銭入れ」。
 * 蘭が掴んだ「菊乃の過去の男」(悪徳商人『相模屋』)。
 * 喜助が分析した「犯行の真の目的」(「縁談潰し」)。
坂上(中身50歳)は、熱いコーヒーの湯気を立たせた水筒を前に、全ての情報を連結させていた。
彼の前には、蘭と、悔しさに唇を噛む雪之丞が控えている。
「……相模屋」
坂上が、その名を静かに呟いた。
雪之丞が、ハッと顔を上げた。
「御奉行! やはり、相模屋が黒幕……!?」
「大和田や近江屋とも繋がっていたと噂の、指折りの大悪党……!」
蘭も息を呑んだ。
「……でも、御奉行様! 喜助さんの言う通り、金じゃなくて、縁談潰しが目的なら……。相模屋は、どうしてそんな面倒なことを?」
「……合理的ではないな」
坂上は、冷ややかな目で、人間の愚かな情動を分析した。
「菊乃は、相模屋からの『身請け』を拒否し、年季が明けて『逃げた』」
「……」
「相模屋にとって、菊乃は、『恋の相手』ではない。『金で買おうとした』、自分の『所有物』だ」
蘭が、悔しそうに叫んだ。
「ひどい……! 菊乃さんを、『物』だなんて……!」
「その『所有物』が、手をすり抜け、格下と思っている武士の、『正妻』という日向の場所に収まろうとしている」
坂上は、コーヒーを一口飲み、結論を告げた。
「……相模屋の動機は、金ではない」
「――『嫉妬』と、『独占欲』だ」
「『俺の物が、俺以外の男のものになることは、絶対に許さん』。……下劣の極みだ」
「……相模屋……!」
雪之丞は、自分の淡い恋が、そんな醜い感情によって踏みにじられたことに、奥歯をギリ、と鳴らした。
坂上は、初めて熱を持った部下に、最後の確認をした。
「……雪之丞」
「……はっ」
「敵は、ただのゴロツキではない。江戸でも最大級の『政商』だ。お前がビクビクしていた、大和田様とも繋がっていた男だぞ」
「……」
「それでも、やれるか」
坂上の指揮官としての『テスト』だった。
(ここで怯むなら、こいつはこの任務から外す)
雪之丞は、一度、目を閉じた。
(あの近江屋の土蔵での失態が蘇る)
(俺は、また捕らわれの身に……?)
(いや)
彼の脳裏に、今度は、泣き崩れる菊乃の顔が蘇った。
(『傷物』だなんて、誰が言わせてやるもんか)
(あの人が、笑って嫁いでいくのを、見届ける)
(それが、俺の『仕事』だ)
雪之丞は、目を開いた。
そこには、もう、怯えは微塵もなかった。
「――御奉行」
「……」
「相手が、商人だろうと、大名だろうと、知ったことではございません」
「ただ、民を脅す『悪』がそこにいるだけでございます」
「――同心として、斬り捨てます」
「……良いだろう」
坂上は、その完璧な回答に、深く、静かに頷いた。
「……では、作戦を詰める。証拠が要る。相模屋と、あのゴロツキ共を繋げる『証拠(エビデンス)』が」
彼らが、次なる「潜入作戦」の計画を立てようとした、まさにその時だった。
バン!
「――御奉行! 一大事です!」
執務室の外から、役人の慌てた声がした。
「何だ、騒がしい」
「『菊の屋』から、火急の知らせが!」
蘭と雪之丞の顔色が、同時に変わった。
「――例のゴロツキ共が、再び! 今度は、あの侍様(真壁)が店におられるところに、押し掛けて……!」
「なんだと!?」
(相模屋め、脅迫が効かぬと見て、次の手に出たか!)
「――連中、刃物を持って、菊乃を……! 菊乃を、『拉致』しようと、しております!」
「「!!」」
雪之丞が、椅子を蹴飛ばすように立ち上がった。
「……菊乃さん!」
坂上の冷たい声が、熱くなった部下を制した。
「――待て。焦るな」
「全ユニットに通達」
「――これより、『人質救出作戦』に、移行する」
「雪之丞、蘭、全武装で、俺に続け!」
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