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EP 27
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『人質制圧作戦(ホステージ・レスキュー)』
日本橋の目抜き通りを、三つの影が疾走していた。
先頭を走るのは、同心・秋元雪之丞。
彼の顔から、いつもの「サボり」の余裕は完全に消え去り、あるのは「怒り」と「焦燥」だけだった。
(菊乃さん……!)
「雪之丞、速度を落とすな! だが、俺より前に出るな!」
すぐ後ろを、奉行・坂上真一(真さん)が、完璧な体幹で追走する。彼の思考は、部下の焦燥とは裏腹に、極めて冷静だった。
(敵の目的は『拉致』。殺害ではない。まだ間に合う)
(問題は、現場にいる『真壁』という武士だ。あの男に、菊乃の『過去』を絶対に悟らせてはならない)
最後尾を、蘭が必死に追う。
「ちょっと、二人とも早すぎ!」
『菊の屋』の暖簾(のれん)は、無残にも引き裂かれていた。
中から、食器の割れる音と、男の怒声が響く。
「――おとなしくしろ! 相模屋様の元へ、連れて行くだけだ!」
(! 相模屋の名を、口にした!)
坂上は、その情報を脳に刻みつつ、雪之丞と蘭に、無言のまま指(サイン)で突入の合図を送った。
バン!
三人が、店内に飛び込む。
そこは、地獄絵図だった。
団子が床に散乱し、菊乃が、ゴロツキの一人に羽交い締めにされ、首に刃物を突きつけられている。
そして、その菊乃を庇うように、求婚者の侍・真壁源三郎が、刀を抜き、ゴロツキ共と対峙していた。
「……!」
真壁は、菊乃の悲鳴と、ゴロツキの口にした「相模屋」という名に、何が起きているのか理解が追いついていない。
「げっ! 町奉行所の……!」
ゴロツキ共が、坂上たちの姿を見て狼狽(うろた)える。
菊乃の目が、絶望の中で、雪之丞の姿を捉えた。
(……雪之丞、さま……)
今、この瞬間に、真壁が「相模屋とは?」「なぜ菊乃殿が?」と疑問を口にすれば、全てが終わる。
ゴロツキの刃が、菊乃の首筋に、血の筋をわずかに滲ませた。
「ひっ……!」
「――させるかぁ!!」
雪之丞が、怒りに任せて飛び出そうとした、その刹那。
「――待て!!」
店内に響き渡ったのは、雪之丞の怒声ではない。
指揮官・坂上真一の、全てを凍らせるほどの「指揮」の声だった。
坂上は、真壁源三郎を真っ直ぐに見据え、叫んだ。
「――真壁殿! ご無事か!」
「え……?」
真壁が、戸惑う。
「この者共は、近頃(ちかごろ)江戸を騒がせる、押し込み強盗団だ! 貴殿が人質を庇(かば)っておられる間に、我らが到着した!」
(……強盗団?)
真壁の脳が、坂上の「命令」を即座に受け入れる。
そうだ、そうでなければ、こんな理不尽は。
「お主も武士なれば、我らに加勢を!」
坂上は、菊乃の過去を隠すための、完璧な「カバーストーリー(偽の状況)」を、その場の全員に叩き込んだ。
「……な、何を言ってる! 俺たちは……」
ゴロツキの首領格が、慌てて「相模屋」の名を言い募ろうとした。
「――うるせえよ」
その声は、雪之丞だった。
「テメェらが、強盗だろうが、相模屋の手下だろうが、どっちでもいい」
雪之丞は、ゆっくりと、刀の柄(つか)に手をかけた。
彼の目は、もう菊乃を見ていない。
菊乃に刃を突きつける、ゴロツキの「腕」だけを、見ている。
「……惚れた女の前で」
「……別の男(ライバル)の前で」
「……上司(ボス)の前で」
「――これ以上、みっともねえ真似、できるかよ……!」
雪之丞の身体が、消えた。
いや、彼が「本気」を出す時の、常人には捉えられない「居合」の動きだった。
閃光。
「――あ?」
ゴロツキの首領格が、間の抜けた声を上げた。
彼の手から、菊乃の首に当てられていた刃物が、カラン、と音を立てて落ちた。
雪之丞の「峰打ち」が、刃物を握る手首の神経だけを、的確に断ち切っていた。
その、コンマ一秒の隙。
「菊乃さん!!」
蘭が、雪之丞の動きを信じて、すでに駆け出していた。
蘭は、自由になった菊乃の身体を抱きしめ、床に転がり込む。
「……!」
残るゴロツキが、真壁に斬りかかろうとした。
「――遅い」
そのゴロツキの首筋に、坂上の刀の「鞘(さや)」が、音もなく叩き込まれた。
「ぐ……」
白目を剥き、ゴロツキが崩れ落ちる。
(……見事な、連携)
真壁源三郎は、あっという間に制圧された「事件現場」で、呆然と立ち尽くすしかなかった。
「……雪之丞さま……」
蘭に抱きかかえられながら、菊乃が、震える声でつぶやく。
雪之丞は、彼女に背を向けたまま、刀をゆっくりと鞘に納めた。
その顔は、誰にも見えない。
「……」
坂上は、気絶したゴロツキの首根っこを掴むと、雪之丞に冷たく告げた。
「雪之丞。捕縛しろ。こいつらは、『ただの強盗団』だ」
「……御意」
雪之丞は、惚れた女の「未来の夫」と、己の「上司」と共に、
彼女を守るという、最も皮肉で、最も「同心」としての誇りに満ちた戦いを、静かに終えた。
(……だが、相模屋。テメェは、まだだ)
雪之丞の目の奥で、失恋の痛みとは別の、冷たい炎が燃え続けていた。
日本橋の目抜き通りを、三つの影が疾走していた。
先頭を走るのは、同心・秋元雪之丞。
彼の顔から、いつもの「サボり」の余裕は完全に消え去り、あるのは「怒り」と「焦燥」だけだった。
(菊乃さん……!)
「雪之丞、速度を落とすな! だが、俺より前に出るな!」
すぐ後ろを、奉行・坂上真一(真さん)が、完璧な体幹で追走する。彼の思考は、部下の焦燥とは裏腹に、極めて冷静だった。
(敵の目的は『拉致』。殺害ではない。まだ間に合う)
(問題は、現場にいる『真壁』という武士だ。あの男に、菊乃の『過去』を絶対に悟らせてはならない)
最後尾を、蘭が必死に追う。
「ちょっと、二人とも早すぎ!」
『菊の屋』の暖簾(のれん)は、無残にも引き裂かれていた。
中から、食器の割れる音と、男の怒声が響く。
「――おとなしくしろ! 相模屋様の元へ、連れて行くだけだ!」
(! 相模屋の名を、口にした!)
坂上は、その情報を脳に刻みつつ、雪之丞と蘭に、無言のまま指(サイン)で突入の合図を送った。
バン!
三人が、店内に飛び込む。
そこは、地獄絵図だった。
団子が床に散乱し、菊乃が、ゴロツキの一人に羽交い締めにされ、首に刃物を突きつけられている。
そして、その菊乃を庇うように、求婚者の侍・真壁源三郎が、刀を抜き、ゴロツキ共と対峙していた。
「……!」
真壁は、菊乃の悲鳴と、ゴロツキの口にした「相模屋」という名に、何が起きているのか理解が追いついていない。
「げっ! 町奉行所の……!」
ゴロツキ共が、坂上たちの姿を見て狼狽(うろた)える。
菊乃の目が、絶望の中で、雪之丞の姿を捉えた。
(……雪之丞、さま……)
今、この瞬間に、真壁が「相模屋とは?」「なぜ菊乃殿が?」と疑問を口にすれば、全てが終わる。
ゴロツキの刃が、菊乃の首筋に、血の筋をわずかに滲ませた。
「ひっ……!」
「――させるかぁ!!」
雪之丞が、怒りに任せて飛び出そうとした、その刹那。
「――待て!!」
店内に響き渡ったのは、雪之丞の怒声ではない。
指揮官・坂上真一の、全てを凍らせるほどの「指揮」の声だった。
坂上は、真壁源三郎を真っ直ぐに見据え、叫んだ。
「――真壁殿! ご無事か!」
「え……?」
真壁が、戸惑う。
「この者共は、近頃(ちかごろ)江戸を騒がせる、押し込み強盗団だ! 貴殿が人質を庇(かば)っておられる間に、我らが到着した!」
(……強盗団?)
真壁の脳が、坂上の「命令」を即座に受け入れる。
そうだ、そうでなければ、こんな理不尽は。
「お主も武士なれば、我らに加勢を!」
坂上は、菊乃の過去を隠すための、完璧な「カバーストーリー(偽の状況)」を、その場の全員に叩き込んだ。
「……な、何を言ってる! 俺たちは……」
ゴロツキの首領格が、慌てて「相模屋」の名を言い募ろうとした。
「――うるせえよ」
その声は、雪之丞だった。
「テメェらが、強盗だろうが、相模屋の手下だろうが、どっちでもいい」
雪之丞は、ゆっくりと、刀の柄(つか)に手をかけた。
彼の目は、もう菊乃を見ていない。
菊乃に刃を突きつける、ゴロツキの「腕」だけを、見ている。
「……惚れた女の前で」
「……別の男(ライバル)の前で」
「……上司(ボス)の前で」
「――これ以上、みっともねえ真似、できるかよ……!」
雪之丞の身体が、消えた。
いや、彼が「本気」を出す時の、常人には捉えられない「居合」の動きだった。
閃光。
「――あ?」
ゴロツキの首領格が、間の抜けた声を上げた。
彼の手から、菊乃の首に当てられていた刃物が、カラン、と音を立てて落ちた。
雪之丞の「峰打ち」が、刃物を握る手首の神経だけを、的確に断ち切っていた。
その、コンマ一秒の隙。
「菊乃さん!!」
蘭が、雪之丞の動きを信じて、すでに駆け出していた。
蘭は、自由になった菊乃の身体を抱きしめ、床に転がり込む。
「……!」
残るゴロツキが、真壁に斬りかかろうとした。
「――遅い」
そのゴロツキの首筋に、坂上の刀の「鞘(さや)」が、音もなく叩き込まれた。
「ぐ……」
白目を剥き、ゴロツキが崩れ落ちる。
(……見事な、連携)
真壁源三郎は、あっという間に制圧された「事件現場」で、呆然と立ち尽くすしかなかった。
「……雪之丞さま……」
蘭に抱きかかえられながら、菊乃が、震える声でつぶやく。
雪之丞は、彼女に背を向けたまま、刀をゆっくりと鞘に納めた。
その顔は、誰にも見えない。
「……」
坂上は、気絶したゴロツキの首根っこを掴むと、雪之丞に冷たく告げた。
「雪之丞。捕縛しろ。こいつらは、『ただの強盗団』だ」
「……御意」
雪之丞は、惚れた女の「未来の夫」と、己の「上司」と共に、
彼女を守るという、最も皮肉で、最も「同心」としての誇りに満ちた戦いを、静かに終えた。
(……だが、相模屋。テメェは、まだだ)
雪之丞の目の奥で、失恋の痛みとは別の、冷たい炎が燃え続けていた。
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