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EP 29
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『お白洲、仁王の裁き』
月明かりの下、三人の暗殺者『黒鍬』が、たった一人の同心(雪之丞)と対峙していた。
「……邪魔立てすんなら、てめえからだ」
一人が、真壁を無視し、雪之丞に斬りかかる。
「……」
雪之丞は、動かない。
ギリギリまで、相手の刃筋を引き付ける。
(……遅え)
(……近江屋で俺を捕らえた連中(プロ)に比べりゃ、テメェらなんざ)
ガキン!
雪之丞の刀が、暗殺者の刀を、ありえない角度で弾き上げる。
「なっ!?」
そのまま、雪之丞の身体が流れるように沈み込み、暗殺者の胴に、強烈な「峰打ち」を叩き込んだ。
「ぐ……!」
「二人目!」
「三人目!」
残る二人が、雪之丞と、背後の真壁(彼は必死に脇差で構えている)に、同時に襲いかかる。
(……菊乃さんを)
(……日向(ひなた)へ連れて行く男を)
(……俺が、守る)
「――邪魔なんだよォ!!」
雪之丞の、心の叫びにも似た「怒り」が、彼の剣を常軌を逸した速度へと変えた。
月光が二筋、閃(ひらめ)く。
二人の暗殺者は、何が起きたか解らぬまま、雪之丞の「峰」によって両腕の神経を断たれ、その場に崩れ落ちた。
「……ゆ、雪之丞、殿……」
真壁源三郎は、呆然としていた。
いつもだらしなく笑っている、あの同心が、たった一人で、自分を、三人の刺客から守り切った。
「……ふう」
雪之丞は、刀を振るい、血(一滴も付いていない)を払う仕草をすると、
「……真壁殿。お怪我は?」
「あ、い、いや……恩に着る……」
「……仕事なんで」
雪之丞は、気絶した暗殺者の一人を荒々しく縄で縛り上げると、その顔に冷水をぶっかけた。
「……起きろや」
「……ひっ!」
「……全部、吐いてもらうぜ。……てめえらの『雇い主(ボス)』の名前をな」
数日後。北町奉行所、お白洲(しらす)。
江戸八百八町を震撼させた、あの大商人『相模屋』が、観念したように、その中央に引き据えられていた。
(捕縛された暗殺者とゴロツキ共の「自供」により、全ての証拠(エビデンス)は揃っていた)
居並ぶ役人たちの前に、奉行・坂上真一が、姿を現す。
その冷たい視線が、相模屋を射抜いた。
「……相模屋。貴様、己の『歪んだ独占欲』のために、金で浪人(刺客)を雇い、御家人・真壁源三郎様の殺害を企てたな」
「……」
「また、配下のゴロツキ共に命じ、日本橋の茶屋『菊の屋』の主人・菊乃を脅迫し、真壁様との『縁談』を妨害しようとした。相違ないな」
相模屋は、下を向いたまま、フッと鼻で笑った。
「……奉行様。その刺客とやら、ゴロツキとやら」
「そいつらが、わたくしに雇われたと申す証拠(あかし)は、どこにございますか?」
相模屋は、顔を上げた。その目は、まだ奉行を侮っていた。
「そいつらが、わたくしを陥(おとしい)れようと、結託して付けた『嘘』やもしれませぬぞ? わたくしは、江戸に貢献してきた商人。奉行所ともあろうものが、そのような『下賤(げせん)の者』の戯言(たわごと)を、真(ま)に受けるので?」
(……まだ、シラを切るか)
雪之丞と蘭が、お白洲の隅で、悔しさに拳を握る。
証人として呼ばれていた真壁源三郎も、あの夜の恐怖と、相模屋の醜い「嫉妬」の事実に、唇を噛んでいた。
坂上は、その相模屋の傲慢(ごうまん)な態度を、ただ静かに見つめていた。
「……そうか」
「証拠が、要るか」
坂上は、ゆっくりと立ち上がると、おもむろに、相模屋に背を向けた。
「……な、何を……」
相模屋が、不審な顔つきになる。
「――ならば」
坂上は、奉行の羽織(はおり)を、その両肩から、滑り落とした。
上着が、はらり、と畳に落ちる。
「――この『目』が、証拠だ」
露(あら)わになったのは、鍛え上げられた背中を覆(おお)い尽くす、
怒りと慈悲の形相を宿した、**『仁王』**の彫り物だった。
「「「!!」」」
お白洲にいた役人全員(雪之丞と蘭を除く)が、息を呑んだ。
((御奉行様の、お背中に……!!))
「な……な……!」
相模屋の顔から、血の気が引いた。
「――相模屋ァ!!」
坂上の声が、地響きのように轟(とどろ)いた。
「この"仁王の目"(まなこ)からも、逃れられると思ったか!」
(仁王(坂上)が、ギロリ、と相模屋を振り返る)
「テメェの醜(みにく)い『嫉妬』が!」
「一人の女の、ささやかな『門出』を、踏みにじろうとした!」
「その薄汚ねえ『縁談妨害工作』、および『殺人教唆』!」
「――全て、ロックオン(補足)済みだ!!」
坂上は、決して、菊乃の「元・遊郭」という過去には一切触れなかった。
ただ、一人の町娘(菊乃)への、商人の「歪んだ執着」と、武家(真壁)への「殺意」という、動かぬ「罪」だけを、裁いた。
「……あ……あ……」
相模屋は、「仁王」の威光と、己の罪が全て暴かれた恐怖に、腰を抜かし、その場に崩れ落ちた。
「――引っ立てい!!」
雪之丞は、その裁きを、ただ、まっすぐに見つめていた。
(……御奉行……)
彼が守りたかった「菊乃の過去」は、完璧に守られた。
そして、彼が(私情を殺して)守った「真壁」が、今、雪之丞の隣で、深く、深く、頭(こうべ)を垂れていた。
「……雪之丞殿。そして、御奉行様……」
「……この御恩、生涯、忘れませぬ」
雪之丞は、その声に、何も答えなかった。
ただ、遠くで聞こえる、秋の空の音を、聞いているかのような顔をしていた。
月明かりの下、三人の暗殺者『黒鍬』が、たった一人の同心(雪之丞)と対峙していた。
「……邪魔立てすんなら、てめえからだ」
一人が、真壁を無視し、雪之丞に斬りかかる。
「……」
雪之丞は、動かない。
ギリギリまで、相手の刃筋を引き付ける。
(……遅え)
(……近江屋で俺を捕らえた連中(プロ)に比べりゃ、テメェらなんざ)
ガキン!
雪之丞の刀が、暗殺者の刀を、ありえない角度で弾き上げる。
「なっ!?」
そのまま、雪之丞の身体が流れるように沈み込み、暗殺者の胴に、強烈な「峰打ち」を叩き込んだ。
「ぐ……!」
「二人目!」
「三人目!」
残る二人が、雪之丞と、背後の真壁(彼は必死に脇差で構えている)に、同時に襲いかかる。
(……菊乃さんを)
(……日向(ひなた)へ連れて行く男を)
(……俺が、守る)
「――邪魔なんだよォ!!」
雪之丞の、心の叫びにも似た「怒り」が、彼の剣を常軌を逸した速度へと変えた。
月光が二筋、閃(ひらめ)く。
二人の暗殺者は、何が起きたか解らぬまま、雪之丞の「峰」によって両腕の神経を断たれ、その場に崩れ落ちた。
「……ゆ、雪之丞、殿……」
真壁源三郎は、呆然としていた。
いつもだらしなく笑っている、あの同心が、たった一人で、自分を、三人の刺客から守り切った。
「……ふう」
雪之丞は、刀を振るい、血(一滴も付いていない)を払う仕草をすると、
「……真壁殿。お怪我は?」
「あ、い、いや……恩に着る……」
「……仕事なんで」
雪之丞は、気絶した暗殺者の一人を荒々しく縄で縛り上げると、その顔に冷水をぶっかけた。
「……起きろや」
「……ひっ!」
「……全部、吐いてもらうぜ。……てめえらの『雇い主(ボス)』の名前をな」
数日後。北町奉行所、お白洲(しらす)。
江戸八百八町を震撼させた、あの大商人『相模屋』が、観念したように、その中央に引き据えられていた。
(捕縛された暗殺者とゴロツキ共の「自供」により、全ての証拠(エビデンス)は揃っていた)
居並ぶ役人たちの前に、奉行・坂上真一が、姿を現す。
その冷たい視線が、相模屋を射抜いた。
「……相模屋。貴様、己の『歪んだ独占欲』のために、金で浪人(刺客)を雇い、御家人・真壁源三郎様の殺害を企てたな」
「……」
「また、配下のゴロツキ共に命じ、日本橋の茶屋『菊の屋』の主人・菊乃を脅迫し、真壁様との『縁談』を妨害しようとした。相違ないな」
相模屋は、下を向いたまま、フッと鼻で笑った。
「……奉行様。その刺客とやら、ゴロツキとやら」
「そいつらが、わたくしに雇われたと申す証拠(あかし)は、どこにございますか?」
相模屋は、顔を上げた。その目は、まだ奉行を侮っていた。
「そいつらが、わたくしを陥(おとしい)れようと、結託して付けた『嘘』やもしれませぬぞ? わたくしは、江戸に貢献してきた商人。奉行所ともあろうものが、そのような『下賤(げせん)の者』の戯言(たわごと)を、真(ま)に受けるので?」
(……まだ、シラを切るか)
雪之丞と蘭が、お白洲の隅で、悔しさに拳を握る。
証人として呼ばれていた真壁源三郎も、あの夜の恐怖と、相模屋の醜い「嫉妬」の事実に、唇を噛んでいた。
坂上は、その相模屋の傲慢(ごうまん)な態度を、ただ静かに見つめていた。
「……そうか」
「証拠が、要るか」
坂上は、ゆっくりと立ち上がると、おもむろに、相模屋に背を向けた。
「……な、何を……」
相模屋が、不審な顔つきになる。
「――ならば」
坂上は、奉行の羽織(はおり)を、その両肩から、滑り落とした。
上着が、はらり、と畳に落ちる。
「――この『目』が、証拠だ」
露(あら)わになったのは、鍛え上げられた背中を覆(おお)い尽くす、
怒りと慈悲の形相を宿した、**『仁王』**の彫り物だった。
「「「!!」」」
お白洲にいた役人全員(雪之丞と蘭を除く)が、息を呑んだ。
((御奉行様の、お背中に……!!))
「な……な……!」
相模屋の顔から、血の気が引いた。
「――相模屋ァ!!」
坂上の声が、地響きのように轟(とどろ)いた。
「この"仁王の目"(まなこ)からも、逃れられると思ったか!」
(仁王(坂上)が、ギロリ、と相模屋を振り返る)
「テメェの醜(みにく)い『嫉妬』が!」
「一人の女の、ささやかな『門出』を、踏みにじろうとした!」
「その薄汚ねえ『縁談妨害工作』、および『殺人教唆』!」
「――全て、ロックオン(補足)済みだ!!」
坂上は、決して、菊乃の「元・遊郭」という過去には一切触れなかった。
ただ、一人の町娘(菊乃)への、商人の「歪んだ執着」と、武家(真壁)への「殺意」という、動かぬ「罪」だけを、裁いた。
「……あ……あ……」
相模屋は、「仁王」の威光と、己の罪が全て暴かれた恐怖に、腰を抜かし、その場に崩れ落ちた。
「――引っ立てい!!」
雪之丞は、その裁きを、ただ、まっすぐに見つめていた。
(……御奉行……)
彼が守りたかった「菊乃の過去」は、完璧に守られた。
そして、彼が(私情を殺して)守った「真壁」が、今、雪之丞の隣で、深く、深く、頭(こうべ)を垂れていた。
「……雪之丞殿。そして、御奉行様……」
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