辺境の模型屋、趣味の『魔導人形』が国家戦力級と認定される~神話の武器を工具扱いしていたら、いつの間にか魔王や竜王が常連客になっていました~

月神世一

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EP 9

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神と悪魔の慰安旅行(ラウ◯ドワン)
「ふぅ……今週の仕事も終わったな」
 金曜日の夜。工房タクミのカウンターで、ルーベンスが重い溜息をつきながら、ネクタイ(に見える魔導布)を緩めた。
 彼は魔王軍の穏健派筆頭として、タカ派の抑え込みや、他国との調整で激務の日々を送っている。
「お疲れさん、旦那。顔色が悪いぞ」
「ああ……ラスティアの奴がまた『暇だから隕石落としていい?』などと会議で言い出してな。止めるのに苦労した」
 ルーベンスはそう愚痴ると、隣で片付けをしているデュークに視線をやった。
「おい、ラーメン屋。今日はもう仕舞いか?」
「ああ。スープも完売した。……これから『あそこ』へ行くつもりだが、貴様もどうだ?」
「ふむ、いいな。一汗流して、マッサージでも受けたい気分だ」
 二人の大物が頷き合う。
 そして、彼らは俺の方を見た。
「タクミ、貴様も来い。たまには息抜きも必要だろう」
「え? どこに行くんだ?」
「大人の隠れ家だ。……面白い『機械』もたくさんあるぞ?」
 機械、という言葉に俺はピクリと反応した。
 この世界の技術レベルを超えた何かが、そこにはあるらしい。
 俺は二つ返事で頷き、店の鍵を閉めた。
 ***
 連れてこられたのは、街から少し離れた森の奥。
 そこに突如として現れた、禍々しい石造りのゲート。
 看板には**『最凶ダンジョン・天魔窟』**と書かれている。
「おいおい、ダンジョンじゃねーか! 俺、戦闘装備なんて持ってないぞ!?」
「心配するな。我々は『VIP会員』だ」
 ルーベンスがゲートに会員証(ブラックカード)をかざす。
 すると、ゲートが開き、中からピンク髪の小さな妖精が飛び出してきた。
「いらっさいませー! お得意様ごあんなーい! 本日のチャージ料は金貨5枚になりまーす☆」
 妖精キュルリン。
 見た目は可愛いが、目が完全に「¥」のマークになっている。
 俺たちは彼女の案内で、魔物がひしめく1~90層を一瞬でスキップ(転移)し、最深部へと足を踏み入れた。
「……は?」
 転移した先。
 俺は目を疑った。
 そこにあったのは、薄暗い洞窟でも、財宝の山でもない。
 明るいネオンサイン。軽快なBGM。
 広大なフロアに並ぶ、無数の筐体と遊技場。
「これ……『ラウワン』じゃねーか!?」
 ボウリングのレーン、カラオケボックス、ダーツ、ビリヤード、そして大量のゲーム機。
 奥には「スーパー銭湯」の暖簾が見える。
 前世の日本にあった複合アミューズメント施設そのものだ。
「なんだ、貴様知っているのか? これは『地球』とかいう異世界の文化を再現したものらしいが」
「知ってるも何も……」
 俺が呆然としていると、ゲームコーナーの方から女性の叫び声が聞こえた。
「あーっ! もう! クレーンゲームのアームが弱すぎんのよ! 詐欺じゃない!?」
「落ち着きなさいよラスティア。物理演算通りよ。……あ、また落ちた」
 声の主は二人。
 一人は、黒いゴスロリドレスを着た、超絶美人の女性。
 もう一人は、ジャージ姿でポテチを食っている、神々しいオーラを放つ女性。
 彼女たちは、どう見てもUFOキャッチャーに熱中していた。
「む、女神ルチアナに、魔王ラスティアか。先客がいたとはな」
 ルーベンスが嫌そうな顔をする。
 えっ?
 今、なんて? 女神と魔王?
「……おい、ルーベンス。あのジャージの姉ちゃんと、怒って台を揺らしてるのが、神と魔王なのか?」
「ああ、そうだ。……おいラスティア! 台を揺らすな! 出禁になるぞ!」
 ルーベンスが注意するが、魔王ラスティアと呼ばれた女性は聞く耳を持たない。
「うるさいわね! だってこの『クマのぬいぐるみ』が取れないのよ! ……もういい、重力魔法で中身ごと潰して……」
「やめろ! ダンジョンが崩壊する!」
 見兼ねた俺は、ふらりと彼女たちに近づいた。
「……貸してみな。その台、アームのバネが緩んでるだけだ」
「あん? 誰よアンタ」
 魔王に睨まれた。背筋が凍るほどの美貌と殺気。
 だが、俺はモデラーだ。壊れた機械を前にしては、神も悪魔も関係ない。
「おい、雷霆。ドライバーモードだ」
『……小僧、正気か? あそこにいるジャージの女、誰だか分かっているのか? 我を作った創造主(女神)だぞ!? その前で我を工具にする気か!?』
「いいからやれ。バネを締め直す」
 俺は雷霆を精密ドライバーに変え、筐体のメンテナンスハッチを勝手に開けた。
 キュルリンが「あーっ! 勝手に改造しないでくださーい!」と飛んでくるが、金貨一枚渡すと「見て見ぬ振りをしまーす☆」と消えた。
 カチャカチャ……。
「よし、これでトルクは正常値だ。……やってみな、お姉さん」
 俺が場所を譲ると、魔王ラスティアは半信半疑でボタンを押した。
 ウィーン、ガシッ。
 アームはガッチリとぬいぐるみを掴み、出口へと運んだ。
「……取れた」
 魔王が目を見開く。
 そして、ぬいぐるみを抱きしめ、頬を赤らめて俺を見た。
「す、すごいじゃない……。私の『ブラック・ホール』でも取れなかったのに……」
「機械には機械の扱い方があるんだよ」
 俺が笑うと、今度はジャージの女神――ルチアナが身を乗り出してきた。
「ねえねえ君! あっちのカラオケのマイクも調子悪いの! 直せる?」
「お安い御用だ。……雷霆、次は半田ごてだ。断線してるかもしれん」
『ひぃぃぃ! ルチアナ様が見てる! やめて、そんな姿を見ないでぇぇぇ!』
 雷霆の悲痛な叫びを無視し、俺は次々とフロアの故障を修理していった。
 麻雀卓の自動洗牌機能、マッサージチェアのもみ玉、バッティングセンターのピッチングマシン。
 全てを完璧にメンテナンスする俺に、VIPたちの称賛が集まる。
「タクミ、貴様やはり天才か。このマッサージチェア、ツボへの入り方が段違いだぞ」
「あら、このマイク凄いわ! 私の『神聖歌唱(ホーリー・ボイス)』に耐えてる!」
「君、気に入ったわ。どう? 魔王軍の技術顧問にならない?」
 気づけば俺は、女神と魔王と三柱に囲まれ、フードコートで宴会に参加させられていた。
 酒の肴は、デュークが作ったラーメンと、ルチアナが出した地球のスナック菓子。
「カンパーイ! 世界平和(という名の現状維持)のために!」
 ……なんだこれ。
 俺はただの模型屋なのに、なんで世界の頂点たちとドンチャン騒ぎをしてるんだ?
 まあ、楽しいからいいか。
 ***
 その頃。
 天魔窟の入り口を監視していた帝国軍の偵察部隊は、顔面蒼白で本国へ通信を送っていた。
「ほ、報告! 『工房タクミ』の店主が、魔族幹部らと共に、最凶ダンジョン『天魔窟』へ侵入しました!」
『なんだと!? まさか、ダンジョンの魔物を手懐けに行ったのか!?』
「いえ、それどころではありません! 内部から……かつてない規模の『魔力の光(ネオン)』と『轟音(カラオケ)』が観測されています! あれは恐らく、古代の殺戮兵器の起動実験です!」
『くっ……! 奴らは本気で世界を終わらせる気か!』
 俺たちが「残念な悪魔のテーゼ」を合唱している音が、外では「終末のラッパ」として誤解されていた。
 帝国の恐怖は、今や限界点を超えようとしていた。
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