辺境の模型屋、趣味の『魔導人形』が国家戦力級と認定される~神話の武器を工具扱いしていたら、いつの間にか魔王や竜王が常連客になっていました~

月神世一

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EP 8

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帝国最強の暗殺部隊 vs 方向音痴のエルフ
 ルナミス帝国軍情報部は、戦慄していた。
 地下帝国ドンガンのとある模型屋に、魔族、竜王、獣王が集結しているという報告。
 これはもはや、一個人の趣味の店などではない。帝国を滅ぼすための「世界連合軍」の秘密基地だ。
 帝国はこの事態を重く見、即座に手を打った。
 正規軍を動かせば戦争になる。
 ならば、歴史の闇に葬られてきた影の戦力――帝国暗殺部隊『幻影の刃(ファントム・エッジ)』の投入である。
 ***
 深夜、工房タクミの周辺。
 闇に紛れ、十数名の黒装束が音もなく展開していた。
 彼らは全員が「気配遮断」の達人であり、最低でもBランク冒険者クラスの実力を持つ手練れだ。
「……ターゲット確認。店内に店主タクミ、および獣王レオを確認」
 隊長がハンドサインを送る。
 魔族と竜王は帰ったようだが、獣王と「黒幕」の首を取れば、同盟は瓦解するはずだ。
「突入と同時に、店ごと焼き払う。……作戦開始」
 隊長が剣を抜き、部下たちが殺気を殺して店に迫る。
 勝利は確実。
 そう思われた、その時だった。
「あれぇ~? おかしいですねぇ……」
 緊張感の欠片もない、間延びした声が路地に響いた。
 暗殺者たちがビクリと動きを止める。
 路地の角から現れたのは、月光のような銀髪を揺らす、一人の少女だった。
 エルフだ。
 それも、ただのエルフではない。全身から溢れ出る魔力は、大気中の精霊が恐れおののくほど濃密だ。
「『パン屋さんは角を右』って聞いたのに、なんで地下にいるんでしょう? ……あ、もしかして、地面が勝手に動いたんですか?」
 少女――ルナ・シンフォニアは、きょとんとした顔で首を傾げた。
 彼女はただ、美味しいパンを買いに来ただけだった。
 しかし、彼女の「右」は、なぜか数キロ離れた「地下への入り口」に繋がっていたのだ。
「……目撃者か。始末せよ」
 隊長が冷酷に命じる。
 部下の一人が、音もなくルナの背後に回り込み、毒塗りのナイフを振り上げた。
 だが。
「……ん? 足元に雑草が……可哀想に、こんな硬い石畳じゃ伸びられないですよね」
 ルナがふと足元を見て、慈悲深い笑みを浮かべた。
「成長(グロウ)!」
 彼女が杖を一振りした瞬間。
 ドゴォォォォォン!!
 路地の石畳が爆発したかのように砕け散った。
 コンクリートの隙間に生えていたペンペン草が、瞬時に直径数メートルの「巨大食人植物」へと急成長したのだ。
「ぎゃあああああ!?」
 背後から迫っていた暗殺者が、巨大化した草の蔓に巻き取られ、空高く放り投げられた。
「えっ? 今、何か悲鳴が……?」
 ルナが振り返る。
 その拍子に、彼女が持っていた杖の石突きが、隠れていた別の暗殺者の足の甲にコツンと当たった。
 ただのコツンではない。世界樹の杖の重撃だ。
「ぐっ……!?」
「あ、ごめんなさい! 石に躓いちゃいました! ……危ないですね、ここ。転んだら大変です」
 ルナは善意で魔法を発動する。
「整地(フラット)!」
 ズズズズズ……!
 土魔法が発動し、デコボコだった(と彼女が思った)地面が、一瞬でツルツルの大理石のように平らに均された。
 ――そこに潜伏していた、五人の暗殺者を、地面ごと埋め固めて。
「……な、何者だ、貴様!」
 隊長が戦慄する。
 気配遮断をしていた部下たちが、一瞬で無力化された。
 しかも、この少女は攻撃している様子すらない。ただ歩いているだけで、災害を撒き散らしている。
「総員、構うな! あの女を殺せ!」
 残った暗殺者たちが一斉にルナに襲いかかる。
 四方八方からの同時攻撃。逃げ場はない。
 しかし、ルナはのんびりと空を見上げた。
「なんだか、視線を感じます……。もしかして、ストーカーさんですか?」
 彼女の身に危険が迫った、その瞬間。
 空間が裂けた。
 虚空から、無数の「木の根」と「枝」が槍のように射出されたのだ。
 『愛娘に手を出す害虫は消毒よ!』
 世界樹(ママ)の激怒した意思が、物理的な攻撃となって顕現した。
 ドスッ! ドスッ! ドスッ!
 暗殺者たちの武器が弾き飛ばされ、彼らの服が枝に縫い付けられ、壁に磔にされる。
「ひ、ひぃぃぃ! 世界樹の加護だとぉ!?」
「こ、この女、まさか『世界樹の巫女』ルナ・シンフォニアか!?」
 隊長が絶叫した時には、もう手遅れだった。
 部隊は全滅。隊長自身も、ルナが「暗いですね」と言って出した光源魔法(閃光弾レベル)で目を焼かれ、気絶していた。
 ***
 カランカラン♪
「ごめんくださーい。ここ、パン屋さんですか?」
 工房のドアが開き、銀髪の美少女がひょっこりと顔を出した。
 俺とレオは、塗装の手を止めて顔を見合わせる。
「……いや、模型屋だ。パンなら二つ隣の通りだぞ」
「ええっ!? また間違えました……。地図が勝手に書き換わってるんですかね?」
 少女は本気で不思議そうに首を傾げている。
 俺はため息をついた。
 また変なのが来たな。
 だが、俺よりも先に反応したのは、カウンターで新聞を読んでいたルーベンスと、ラーメンを食べていたデュークだ。
「……おい、嘘だろ。あの銀髪、あの杖……」
「世界樹の森の『歩く災害』……ルナ・シンフォニアか?」
 二人の大物が、明らかに顔を引きつらせている。
 魔族も竜王も恐れない彼らが、なぜかこの少女には「関わりたくない」というオーラを出していた。
「あ! あなたはルーベンスさんに、デュークさん! こんな所で奇遇ですね!」
 ルナは屈託のない笑顔で手を振った。
「ちょうどよかった! お二人に会いたかったんです! 森の新作野菜、食べてくれませんか? マンドラゴラの品種改良で、叫び声が『オペラ歌手』みたいに美声になったんです!」
「断る!!」
「絶対にいらん!!」
 二人の声が重なった。
「えぇ~、美味しいのに……。じゃあ、店主さんにあげますね!」
 ルナはドサリと、カウンターの上に奇妙な顔をした根菜の山を置いた。
 根菜たちは「♪オーソレミオ~」と朗々たる美声で歌い出し、店内が一気にカオスなオペラハウスと化した。
「……うるせぇ」
『……小僧。こやつ、ヤバいぞ。理屈が通じないタイプの怪物だ』
 雷霆までもがドン引きしている。
 俺はマンドラゴラの口をガムテープで塞ぎながら、頭を抱えた。
「で、お嬢さん。パン屋に行きたいんじゃなかったのか?」
「あ、そうでした! でも、お腹空いちゃって……あ、このラーメンいい匂い!」
 ルナはデュークの寸胴鍋を覗き込む。
「これ、私が味付けしてもいいですか? 森の秘伝のスパイス(正体不明)を入れると、もっと美味しくなりますよ!」
「やめろ馬鹿者! 貴様が料理すると、なぜか鍋の中身が『ポーション』に変化するだろうが! ラーメンを薬にするな!」
 デュークが必死に鍋を死守する。
 最強の竜王が、たかが少女相手に防戦一方だ。
 俺はその光景を見ながら、また一つ確信した。
 ……この店、もう「模型屋」として営業するのは無理なんじゃないか?
 外では、磔にされた帝国暗殺部隊が、マンドラゴラの歌声をBGMに、夜明けまで放置されることとなった。
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