6 / 94
EP 6
しおりを挟む
最初の「魔改造」(小さなカタルシス)
浅川精工から叩き出された坂上は、埃まみれの姿で帝都日報の編集局に戻った。
ガリッ、と噛み砕いた黒飴の甘さが、神経を逆撫でする。
(……ダメだ。このままでは俺の精神(システム)が持たない)
この非効率な「沼」の中で、何か一つでも「合理的な秩序」を打ち立てなければ、21世紀のイージス艦長の精神は、この昭和の狂気に摩耗し尽くされてしまう。
彼の視線が、編集局の一角――経済部の「集計係」に向けられた。
夕方。締め切りが近いのか、その一角は地獄の様相を呈していた。
「合わん! 5銭ずれてる!」
「こっちの株価表、どこだ!」
「局長! まだか!」
数人の係員が、巨大な帳簿と、夥(おびただ)しい数の伝票に埋もれ、そろばんを凄まじい勢いで弾いている。
坂上は、監査官の目で、その「作業工程」を5分間観察した。
(……非効率の極みだ)
彼が見抜いた「バグ」は単純だった。
* バグ①(入力): 複数の帳簿から数字を拾う順番が、作業員ごとにバラバラだ。
* バグ②(処理): 検算(チェック)のルールが存在しない。
* バグ③(出力): 最終的な集計表のフォーマットが古く、無駄な書き写し(コピー&ペースト)が多発している。
(……これなら、俺にも『修正』できる)
坂上は、その夜、全員が帰ったのを見計らって編集局に残った。
彼は、経理部から未使用の大きな帳簿を数冊拝借すると、定規とインクで、徹夜で「線」を引いていった。
それは、21世紀のビジネスマンなら誰もが知る「クロス集計表(スプレッドシート)」の原型だった。
タテ軸に「企業名」、ヨコ軸に「日付」。
さらに、別の帳簿には「作業手順書(マニュアル)」――どの帳簿からどの数字を、どの順番で書き写し、どこで検算するか――を、艦長命令(オペレーション・オーダー)さながらの簡潔な言葉で書き連ねた。
翌朝。
集計係の主任が、自分のデスクに置かれた「奇妙な線だらけの帳簿」と「手順書」を見て、首を傾げた。
「……なんだこりゃ? 誰のイタズラだ?」
そこへ、坂上が黒飴を口に放り込みながら、冷ややかに言った。
「イタズラではない。マニュアルだ。その『手順書』に書かれた通りに、その『集計表』を埋めてみろ。非効率が改善される」
「はあ? 坂上記者、アンタ経済部のくせに何を……」
「いいからやれ」
坂上の、50歳の指揮官としての有無を言わせぬ圧力に、主任は気圧された。
「……わ、分かったよ。やってみるだけだ」
半信半疑のまま、集計係たちは、坂上の「新システム」に従って作業を開始した。
すると、奇妙なことが起きた。
いつもなら怒号が飛び交うその場所が、静まり返っている。
ただ、紙をめくる音と、そろばんを弾く音だけが、規則正しく響く。
そして、昼過ぎ。
いつもなら夕方の締め切りまでかかる作業が、
「……お、終わった」
主任が、呆然と呟いた。
「検算も、一発で合った……」
いつもは3時間以上かかる集計作業が、わずか30分で、完璧に完了していた。
係員たちが、坂上を「魔法使い」か「化け物」でも見るような目で振り返る。
「坂上さん……あんた、一体……」
坂上は、小さく息をついた。
(……よし。小さな『バグ』は潰した)
不味いコーヒーと黒飴で荒れた胃が、わずかにスッとする、小さな「カタルシス」だった。
そこへ、編集局長の田中が、腹を揺らしながらやってきた。
「どうした! 終わったのか! ……なんだ貴様ら、サボってるのか!」
「ち、違います局長! 作業が終わったんです! 坂上記者が作ったこの『仕組み』のおかげで……」
田中は、坂上が作った「集計表」を、眉間にシワを寄せて睨みつけた。
「……フン」
田中は、その帳簿を、まるで汚物でも払うかのようにデスクに放った。
「小賢(こざか)しい真似を!」
「え?」
「いいか、坂上!」
田中は、坂上の胸を指さした。
「記者の仕事は、こんな紙の上で『線』を引くことじゃない! 足で稼ぎ、『勘』を磨き、『気合』で記事を掴んでくることだ! 分かったか!」
(……)
坂上は、もはや反論する気も失せた。
(ダメだ。この『バグ』は、組織の深層(カーネル)にこびりついている)
せっかくの「業務改善」を「小賢しい」と一蹴された坂上のストレスは、解消されるどころか、別のベクトルで再蓄積していく。
田中は、苛立たしげに続けた。
「貴様、そんなに『数字』だの『効率』だのが好きなら、ちょうどいい仕事をやろう」
「……何です?」
「明日の陸軍省の定例会見だ。一番退屈で、誰も行きたがらん『お役所仕事』だ。貴様が行ってこい!」
それは、経済部の坂上にとっては、明らかな「懲罰人事」だった。
だが、坂上の目は、冷たく光っていた。
(……陸軍省。川上鷹司)
昨日の浅川精工の件といい、この国の「非合理性」の中枢。
(好都合だ。その『バグ』の発生源を、この目で監査(チェック)してやる)
浅川精工から叩き出された坂上は、埃まみれの姿で帝都日報の編集局に戻った。
ガリッ、と噛み砕いた黒飴の甘さが、神経を逆撫でする。
(……ダメだ。このままでは俺の精神(システム)が持たない)
この非効率な「沼」の中で、何か一つでも「合理的な秩序」を打ち立てなければ、21世紀のイージス艦長の精神は、この昭和の狂気に摩耗し尽くされてしまう。
彼の視線が、編集局の一角――経済部の「集計係」に向けられた。
夕方。締め切りが近いのか、その一角は地獄の様相を呈していた。
「合わん! 5銭ずれてる!」
「こっちの株価表、どこだ!」
「局長! まだか!」
数人の係員が、巨大な帳簿と、夥(おびただ)しい数の伝票に埋もれ、そろばんを凄まじい勢いで弾いている。
坂上は、監査官の目で、その「作業工程」を5分間観察した。
(……非効率の極みだ)
彼が見抜いた「バグ」は単純だった。
* バグ①(入力): 複数の帳簿から数字を拾う順番が、作業員ごとにバラバラだ。
* バグ②(処理): 検算(チェック)のルールが存在しない。
* バグ③(出力): 最終的な集計表のフォーマットが古く、無駄な書き写し(コピー&ペースト)が多発している。
(……これなら、俺にも『修正』できる)
坂上は、その夜、全員が帰ったのを見計らって編集局に残った。
彼は、経理部から未使用の大きな帳簿を数冊拝借すると、定規とインクで、徹夜で「線」を引いていった。
それは、21世紀のビジネスマンなら誰もが知る「クロス集計表(スプレッドシート)」の原型だった。
タテ軸に「企業名」、ヨコ軸に「日付」。
さらに、別の帳簿には「作業手順書(マニュアル)」――どの帳簿からどの数字を、どの順番で書き写し、どこで検算するか――を、艦長命令(オペレーション・オーダー)さながらの簡潔な言葉で書き連ねた。
翌朝。
集計係の主任が、自分のデスクに置かれた「奇妙な線だらけの帳簿」と「手順書」を見て、首を傾げた。
「……なんだこりゃ? 誰のイタズラだ?」
そこへ、坂上が黒飴を口に放り込みながら、冷ややかに言った。
「イタズラではない。マニュアルだ。その『手順書』に書かれた通りに、その『集計表』を埋めてみろ。非効率が改善される」
「はあ? 坂上記者、アンタ経済部のくせに何を……」
「いいからやれ」
坂上の、50歳の指揮官としての有無を言わせぬ圧力に、主任は気圧された。
「……わ、分かったよ。やってみるだけだ」
半信半疑のまま、集計係たちは、坂上の「新システム」に従って作業を開始した。
すると、奇妙なことが起きた。
いつもなら怒号が飛び交うその場所が、静まり返っている。
ただ、紙をめくる音と、そろばんを弾く音だけが、規則正しく響く。
そして、昼過ぎ。
いつもなら夕方の締め切りまでかかる作業が、
「……お、終わった」
主任が、呆然と呟いた。
「検算も、一発で合った……」
いつもは3時間以上かかる集計作業が、わずか30分で、完璧に完了していた。
係員たちが、坂上を「魔法使い」か「化け物」でも見るような目で振り返る。
「坂上さん……あんた、一体……」
坂上は、小さく息をついた。
(……よし。小さな『バグ』は潰した)
不味いコーヒーと黒飴で荒れた胃が、わずかにスッとする、小さな「カタルシス」だった。
そこへ、編集局長の田中が、腹を揺らしながらやってきた。
「どうした! 終わったのか! ……なんだ貴様ら、サボってるのか!」
「ち、違います局長! 作業が終わったんです! 坂上記者が作ったこの『仕組み』のおかげで……」
田中は、坂上が作った「集計表」を、眉間にシワを寄せて睨みつけた。
「……フン」
田中は、その帳簿を、まるで汚物でも払うかのようにデスクに放った。
「小賢(こざか)しい真似を!」
「え?」
「いいか、坂上!」
田中は、坂上の胸を指さした。
「記者の仕事は、こんな紙の上で『線』を引くことじゃない! 足で稼ぎ、『勘』を磨き、『気合』で記事を掴んでくることだ! 分かったか!」
(……)
坂上は、もはや反論する気も失せた。
(ダメだ。この『バグ』は、組織の深層(カーネル)にこびりついている)
せっかくの「業務改善」を「小賢しい」と一蹴された坂上のストレスは、解消されるどころか、別のベクトルで再蓄積していく。
田中は、苛立たしげに続けた。
「貴様、そんなに『数字』だの『効率』だのが好きなら、ちょうどいい仕事をやろう」
「……何です?」
「明日の陸軍省の定例会見だ。一番退屈で、誰も行きたがらん『お役所仕事』だ。貴様が行ってこい!」
それは、経済部の坂上にとっては、明らかな「懲罰人事」だった。
だが、坂上の目は、冷たく光っていた。
(……陸軍省。川上鷹司)
昨日の浅川精工の件といい、この国の「非合理性」の中枢。
(好都合だ。その『バグ』の発生源を、この目で監査(チェック)してやる)
11
あなたにおすすめの小説
日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
蒼穹の裏方
Flight_kj
SF
日本海軍のエンジンを中心とする航空技術開発のやり直し
未来の知識を有する主人公が、海軍機の開発のメッカ、空技廠でエンジンを中心として、武装や防弾にも口出しして航空機の開発をやり直す。性能の良いエンジンができれば、必然的に航空機も優れた機体となる。加えて、日本が遅れていた電子機器も知識を生かして開発を加速してゆく。それらを利用して如何に海軍は戦ってゆくのか?未来の知識を基にして、どのような戦いが可能になるのか?航空機に関連する開発を中心とした物語。カクヨムにも投稿しています。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら
俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。
赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。
史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。
もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる