『「貴様の命令では犬死にだ」 50歳のイージス艦長、昭和(1935)に転生。非効率な精神論を殴り飛ばし、日本を魔改造する』

月神世一

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EP 5

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監視者・早乙女薫

坂上が工場の門から叩き出された、その同時刻。

霞が関、陸軍省。

その一室は、帝都日報の混沌とは対極の、整然とした「非効率」に支配されていた。

タイピストたちが、和文タイプライターを機械的に叩き続ける。カチ、カチ、カチ……。

早乙女薫(さおとめ かおる)も、その一人だった。

彼女の指は、目の前の原稿を正確に打ち写していく。

『……皇軍兵士の不屈の精神力は、物量に勝る敵兵を圧倒し……』

(また、「精神力」)

薫は、内心で冷ややかにため息をついた。

リベラル派の学者であった父は、「時局」に合わない(=非合理的な精神論に異を唱えた)として、大学の職を追われた。彼女が、生活のためにこの軍部の中枢でタイピストをしていること自体が、彼女にとって最大の皮肉だった。

彼女が打つ「精神論」の一文字一文字が、この国を破滅に導いているように思えてならなかった。

その時だった。

彼女の上司である、兵站課の古賀少佐の黒電話が、けたたましく鳴り響いた。

「はい、古賀だ! ……ああ、浅川精工の宮坂殿か。いつもご苦労。……何?」

古賀少佐の穏やかだった声が、急に険しくなる。

薫のタイピング速度が、無意識に落ちた。

「記者が、何だと? 帝都日報? ……『非効率』? ちょっと待て、宮坂殿、落ち着いてくれ」

古賀少佐が、受話器を押さえながら、周囲の部下に「おい、帝都日報の今日の取材は何だ?」と尋ねる。誰も知らない。

「……『魂がバグだ』? 馬鹿なことを。……『生産データを要求』? ……『歩数をシミュレーション』?」

古賀少佐の顔が、怒りよりも「困惑」に染まっていく。

「分かった、宮坂殿。その記者の名前は? ……『坂上真一』。承知した。こちらでも調査する。恐らくアカ(共産主義者)か何かの扇動だろう。引き続き、皇軍のため、魂のこもった製造を頼む」

ガチャン、と受話器が叩きつけられた。

「狂っとる!」

古賀少佐は、吐き捨てるように言った。

「帝都日報の坂上とかいう記者が、浅川精工でスパイまがいの尋問をした挙げ句、『貴様らの魂はバグだ』と言い放ったそうだ! 工場から叩き出されたらしいが、世も末だ!」

薫の指が、タイプライターの上で完全に停止した。

(坂上……真一?)

その名前には、聞き覚えがあった。

彼女は、自身のデスクの脇にある、明日の「定例会見・出席者リスト」を素早く確認した。

【帝都日報 経済部 坂上 真一】

(……この人)

薫の背筋に、ぞくりと冷たいものが走った。

(「非効率」。「データ」。

「シミュレーション」。「バグ」)

アカ(共産主義者)が使う言葉ではない。スパイが使う言葉でもない。スパイなら、もっと巧妙に盗むはずだ。

これは、まるで……。

(……まるで、工場を監査(かんさ)する技師の言葉?)

父が弾圧される前、よく口にしていた言葉と重なる。

「この国の軍隊は、兵站を軽視し、精神論という名の『非合理』に頼りすぎている。これでは勝てない」

(この坂上という記者……)

薫は、明日、この目で確かめねばならないと強く感じた。

彼が、ただの「狂人」なのか。

それとも、父が弾圧されたこの国に現れた、「別の種類の危険人物」なのか。

彼女は、何事もなかったかのように、再びタイプライターを叩き始めた。

カチ、カチ、カチ……。

だが、その心は、明日行われる「定例会見」へと飛んでいた。

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