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EP 8
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監査官(データ)VS 精神論(狂気)
川上鷹司は、その無遠慮な挙手を、眉間のシワを深くすることで受け入れた。
「……名前と所属を言え」
尊大な声が響く。
坂上は、音もなく立ち上がった。
その所作は、記者というより、査問委員会に立つ軍人のそれだった。
編集局の混沌(カオス)とは無縁の、冷え切った静けさが彼を包んでいた。
「帝都日報、経済部。坂上真一」
経済部?
川上は一瞬訝(いぶか)しんだが、すぐに興味を失った。どうせ景気の話か、戦果がもたらす国債への影響とか、そんな退屈な質問だろう。
「……許可する。簡潔にしろ」
「感謝する」
坂上は、手元のメモ帳(彼は何も書いていない)に一度視線を落とすと、再び顔を上げた。
その目は、川上を「上官」とも「取材対象」とも見ていなかった。
ただの「分析対象(オブジェクト)」として捉えていた。
「ただ今の『赫々たる戦果』について、具体的なデータを要求する」
会見場が、文字通り、凍り付いた。
早乙女薫のタイプを打つ指が、空中で停止する。
川上の口元が、ピクリと痙攣(けいれん)した。
「……何だと?」
「具体的なデータを、と申し上げた」
坂上は、一切の感情を排した声で続けた。
「第一。当該作戦における兵站(へいたん)の許容損失率は?」
「そんしつ……りつ?」
「兵站?」
前列の記者たちが、聞いたこともない単語の羅列に、ざわめき始める。
「そうだ。ロジスティクスだ」
坂上は、この時代の軍人が「兵站」という言葉の意味すら共有できていない可能性に気づき、苛立ちを隠さず、より平易な(しかし、より核心を突く)言葉に切り替えた。
「言い直そう。
兵士一人当たりの弾薬・食料の要求値を、データで示されたい。
また、作戦行動日数に対する補給線の維持計画を、具体的な数値でご説明願いたい」
薫は、息を呑んだ。
(……間違いない)
昨日、浅川精工で彼が叩きつけた言葉と、全く同じ論理(ロジック)だ。
「データ」「効率」「数字」。
この男は、狂っている。
この、軍部という「精神論の聖域」で、原価計算を要求している!
川上鷹司の顔が、ゆっくりと赤黒く変色していく。
彼は、自分が何を言われているのか理解するのに時間がかかったが、それが「侮辱」であることだけは即座に理解した。
「……貴様」
川上の、地を這うような声が漏れる。
「帝都日報といったか。貴様、記者の分際で、皇軍の作戦を『監査』するつもりか!」
「監査ではない。事実確認だ」
坂上は、冷たく言い放った。
「貴官の言う『精神力』で、弾丸が腹を満たせるか?
『気合』で、負傷兵の出血が止まるか?
答えられまい」
「……っ!」
川上が、椅子を蹴立てんばかりに立ち上がった。
「き、貴様ぁ! 非国民か!」
「皇軍を侮辱する気か!」
周囲の記者たちも、ようやく事態を理解し、坂上への非難を叫び始めた。
坂上は、その全てを「ノイズ」として無視した。
彼の視線は、ただ一点、沸騰寸前の川上だけを捉えていた。
(不味いコーヒー。1円20銭のキャンディ。非効率な職場。非合理な工場。そして今、この男が、この国の『破滅』を製造している)
坂上は、50歳のイージス艦長として、21世紀から持ち越した全ての怒りを込め、この時代の「狂気」そのものに、判決を叩きつけた。
「データなき作戦は、作戦ではない」
シン、と。
怒号すら止まる、真空のような静寂が、会見室を支配した。
坂上は、続ける。
その声は、静かだったが、この部屋の全員の鼓膜を突き刺した。
「それは、ただの『犬死に』の強要だ」
川上鷹司は、その無遠慮な挙手を、眉間のシワを深くすることで受け入れた。
「……名前と所属を言え」
尊大な声が響く。
坂上は、音もなく立ち上がった。
その所作は、記者というより、査問委員会に立つ軍人のそれだった。
編集局の混沌(カオス)とは無縁の、冷え切った静けさが彼を包んでいた。
「帝都日報、経済部。坂上真一」
経済部?
川上は一瞬訝(いぶか)しんだが、すぐに興味を失った。どうせ景気の話か、戦果がもたらす国債への影響とか、そんな退屈な質問だろう。
「……許可する。簡潔にしろ」
「感謝する」
坂上は、手元のメモ帳(彼は何も書いていない)に一度視線を落とすと、再び顔を上げた。
その目は、川上を「上官」とも「取材対象」とも見ていなかった。
ただの「分析対象(オブジェクト)」として捉えていた。
「ただ今の『赫々たる戦果』について、具体的なデータを要求する」
会見場が、文字通り、凍り付いた。
早乙女薫のタイプを打つ指が、空中で停止する。
川上の口元が、ピクリと痙攣(けいれん)した。
「……何だと?」
「具体的なデータを、と申し上げた」
坂上は、一切の感情を排した声で続けた。
「第一。当該作戦における兵站(へいたん)の許容損失率は?」
「そんしつ……りつ?」
「兵站?」
前列の記者たちが、聞いたこともない単語の羅列に、ざわめき始める。
「そうだ。ロジスティクスだ」
坂上は、この時代の軍人が「兵站」という言葉の意味すら共有できていない可能性に気づき、苛立ちを隠さず、より平易な(しかし、より核心を突く)言葉に切り替えた。
「言い直そう。
兵士一人当たりの弾薬・食料の要求値を、データで示されたい。
また、作戦行動日数に対する補給線の維持計画を、具体的な数値でご説明願いたい」
薫は、息を呑んだ。
(……間違いない)
昨日、浅川精工で彼が叩きつけた言葉と、全く同じ論理(ロジック)だ。
「データ」「効率」「数字」。
この男は、狂っている。
この、軍部という「精神論の聖域」で、原価計算を要求している!
川上鷹司の顔が、ゆっくりと赤黒く変色していく。
彼は、自分が何を言われているのか理解するのに時間がかかったが、それが「侮辱」であることだけは即座に理解した。
「……貴様」
川上の、地を這うような声が漏れる。
「帝都日報といったか。貴様、記者の分際で、皇軍の作戦を『監査』するつもりか!」
「監査ではない。事実確認だ」
坂上は、冷たく言い放った。
「貴官の言う『精神力』で、弾丸が腹を満たせるか?
『気合』で、負傷兵の出血が止まるか?
答えられまい」
「……っ!」
川上が、椅子を蹴立てんばかりに立ち上がった。
「き、貴様ぁ! 非国民か!」
「皇軍を侮辱する気か!」
周囲の記者たちも、ようやく事態を理解し、坂上への非難を叫び始めた。
坂上は、その全てを「ノイズ」として無視した。
彼の視線は、ただ一点、沸騰寸前の川上だけを捉えていた。
(不味いコーヒー。1円20銭のキャンディ。非効率な職場。非合理な工場。そして今、この男が、この国の『破滅』を製造している)
坂上は、50歳のイージス艦長として、21世紀から持ち越した全ての怒りを込め、この時代の「狂気」そのものに、判決を叩きつけた。
「データなき作戦は、作戦ではない」
シン、と。
怒号すら止まる、真空のような静寂が、会見室を支配した。
坂上は、続ける。
その声は、静かだったが、この部屋の全員の鼓膜を突き刺した。
「それは、ただの『犬死に』の強要だ」
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