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EP 9
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『犬死にの強要だ』
「――それは、ただの『犬死に』の強要だ」
シン、と。
怒号すら凍り付く、真空のような静寂が、蒸し暑い会見室を支配した。
早乙女薫の指は、タイプライターのキーの上で化石のように停止した。
(……今、この人、なんと言った?)
「犬死に」。
軍部の中枢で、陸軍参謀本部の将校に向かって、決して口にしてはならない禁忌の言葉。
父が職を追われる原因となった、あの「非合理」という言葉の、最終形。
坂上は、平然と立っていた。
彼は狂乱して叫んだのではない。
冷徹な50歳のイージス艦長が、無能な部下に「作戦中止」を命じる時の、あの温度のない声で、ただ「事実」を宣告しただけだった。
その「事実」が、川上鷹司の理性を焼き切った。
「…………き」
川上の喉から、空気が漏れる音がした。
「き、き、きさまあああああっ!!」
会見室の空気が、川上の絶叫によって爆発した。
「憲兵(けんぺい)! 憲兵を呼べ!!」
川上は、軍刀に手をかけ、真っ赤な顔で坂上を指さした。
「そ、その男を捕らえろ! 今すぐだ! アカ(共産主義者)だ! ソ連のスパイだ!」
「スパイだ! 叩き出せ!」
「非国民め!」
「帝都日報は何を考えている!」
凍り付いていた他の記者たちも、我先にと坂上への罵声を浴びせ始めた。
この「狂人」と「同類」だと思われないために。
この「狂気」が、自分たちに飛び火しないように。
会見室は、一瞬でヒステリックな罵詈雑言の嵐に包まれた。
だが、坂上だけは、その嵐の中で、静かに立っていた。
彼は、狂ったように叫ぶ川上を、ただ冷ややかに「観察」していた。
(……なるほど。これが『バグ』の正体か)
(論理(ロジック)が通じないと悟った瞬間に、権力(バイオレンス)で相手を『削除』しようとする。これが、この時代の『OS』そのものだ)
「何をしている! 早くしろ!」
川上の怒鳴り声に応じ、入り口で待機していた二人の憲兵が、鬼の形相で飛び込んできた。
彼らは、記者たちの群れをかき分け、坂上の両腕を荒々しく掴み上げた。
「……っ」
薫は、その光景を直視できなかった。
(……終わった。あの人は、消される)
坂上は、一切抵抗しなかった。
彼は、二人の憲兵に腕をひねり上げられ、引きずられるように退室させられながら、ただ一度だけ、血走った目で自分を睨む川上鷹司の方を振り返った。
その目は、恐怖も、後悔も、怒りすらも含んでいなかった。
それは、ただ、非効率な「システムエラー」を見る、冷たい、冷たい監査官の目だった。
「……連れて行け!!」
川上は、その「侮辱」とも取れる視線に、最後の理性を失った。
坂上が退室させられた後も、会見室は騒然としていた。
川上は、荒い息を吐きながら、タイピスト席で震えている薫を、ギロリと睨みつけた。
「早乙女君! 今の議事録は!?」
「あ……は、はい……」
「『帝都日報・坂上、皇軍を侮辱。スパイ容疑により憲兵が拘束』! そうタイプしろ! 今すぐだ!」
薫は、震える指で、その「公式見解」を打ち込むしかなかった。
彼女のタイプライターが打つ「事実」は、坂上が口にした「真実」とは、似ても似つかないものだった。
「――それは、ただの『犬死に』の強要だ」
シン、と。
怒号すら凍り付く、真空のような静寂が、蒸し暑い会見室を支配した。
早乙女薫の指は、タイプライターのキーの上で化石のように停止した。
(……今、この人、なんと言った?)
「犬死に」。
軍部の中枢で、陸軍参謀本部の将校に向かって、決して口にしてはならない禁忌の言葉。
父が職を追われる原因となった、あの「非合理」という言葉の、最終形。
坂上は、平然と立っていた。
彼は狂乱して叫んだのではない。
冷徹な50歳のイージス艦長が、無能な部下に「作戦中止」を命じる時の、あの温度のない声で、ただ「事実」を宣告しただけだった。
その「事実」が、川上鷹司の理性を焼き切った。
「…………き」
川上の喉から、空気が漏れる音がした。
「き、き、きさまあああああっ!!」
会見室の空気が、川上の絶叫によって爆発した。
「憲兵(けんぺい)! 憲兵を呼べ!!」
川上は、軍刀に手をかけ、真っ赤な顔で坂上を指さした。
「そ、その男を捕らえろ! 今すぐだ! アカ(共産主義者)だ! ソ連のスパイだ!」
「スパイだ! 叩き出せ!」
「非国民め!」
「帝都日報は何を考えている!」
凍り付いていた他の記者たちも、我先にと坂上への罵声を浴びせ始めた。
この「狂人」と「同類」だと思われないために。
この「狂気」が、自分たちに飛び火しないように。
会見室は、一瞬でヒステリックな罵詈雑言の嵐に包まれた。
だが、坂上だけは、その嵐の中で、静かに立っていた。
彼は、狂ったように叫ぶ川上を、ただ冷ややかに「観察」していた。
(……なるほど。これが『バグ』の正体か)
(論理(ロジック)が通じないと悟った瞬間に、権力(バイオレンス)で相手を『削除』しようとする。これが、この時代の『OS』そのものだ)
「何をしている! 早くしろ!」
川上の怒鳴り声に応じ、入り口で待機していた二人の憲兵が、鬼の形相で飛び込んできた。
彼らは、記者たちの群れをかき分け、坂上の両腕を荒々しく掴み上げた。
「……っ」
薫は、その光景を直視できなかった。
(……終わった。あの人は、消される)
坂上は、一切抵抗しなかった。
彼は、二人の憲兵に腕をひねり上げられ、引きずられるように退室させられながら、ただ一度だけ、血走った目で自分を睨む川上鷹司の方を振り返った。
その目は、恐怖も、後悔も、怒りすらも含んでいなかった。
それは、ただ、非効率な「システムエラー」を見る、冷たい、冷たい監査官の目だった。
「……連れて行け!!」
川上は、その「侮辱」とも取れる視線に、最後の理性を失った。
坂上が退室させられた後も、会見室は騒然としていた。
川上は、荒い息を吐きながら、タイピスト席で震えている薫を、ギロリと睨みつけた。
「早乙女君! 今の議事録は!?」
「あ……は、はい……」
「『帝都日報・坂上、皇軍を侮辱。スパイ容疑により憲兵が拘束』! そうタイプしろ! 今すぐだ!」
薫は、震える指で、その「公式見解」を打ち込むしかなかった。
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