『「貴様の命令では犬死にだ」 50歳のイージス艦長、昭和(1935)に転生。非効率な精神論を殴り飛ばし、日本を魔改造する』

月神世一

文字の大きさ
11 / 80

EP 11

しおりを挟む
最前線という名の「欠陥住宅」

列車を何本も乗り継ぎ、ガタガタと揺れる軍用トラックの荷台で数時間。

坂上真一が「特派員」として放り出されたのは、見渡す限り黄土色の、北支の荒涼とした大地に築かれた、粗末な前方拠点だった。

(……空気が、埃っぽい)

東京とは違う、乾燥した土埃と、何かが腐敗したような微かな悪臭。

「おい、記者先生。着いたぞ。さっさと降りろ」

兵士に乱暴に促され、坂上はトラックから飛び降りた。

目の前に広がる光景に、彼は眩暈を覚えた。

ここは「軍事拠点」ではない。

これは、ただの「欠陥住宅」だ。

(……非効率だ)

50歳のイージス艦長の目が、瞬時にこの拠点の「脆弱性(ぜいじゃくせい)マップ」を作成し始める。

* バグ①:防御レイアウト、崩壊。

入り口に積まれた土嚢(どのう)は、ただ高く積まれているだけだ。射線(しゃせん)が考慮されておらず、相互に支援(カバー)できない。敵が機関銃一丁を据えれば、この入り口は3分で制圧される。

* バグ②:警戒態勢、ゼロ。

見張り台に立つ哨兵(しょうへい)は、明らかに疲弊し、ぼんやりと遠くを眺めているだけだ。警戒ではなく「儀式」になっている。

* バグ③:兵士の士気、最低。

拠点内を歩く兵士たちの目が死んでいる。軍服は汚れ、埃まみれだ。それは戦闘による汚れではなく、規律の緩みからくる「不衛生」の証拠だった。

「チッ、また面倒ごとが増えやがって……」

案内の兵士が吐き捨てるように言った。

「帝都日報の坂上だ」

坂上が短く告げると、兵士は「ああ」とだけ言い、顎(あご)で拠点の奥を指した。

「あそこの一番奥の天幕(テント)だ。大尉閣下には、後で挨拶しとけよ」

坂上は、その「一番奥の天幕」に向かって歩きながら、監査(かんさ)を続けた。

そして、彼は最も致命的な「バグ」を発見する。

(……!)

炊事場だ。

屋外に設置された粗末な調理場で、数人の兵士が気怠そうに野菜を刻んでいる。

問題は、その衛生状態だった。

(……ハエが、ひどい)

食材が、炎天下に無造作に放置されている。

そして、何より。

(……井戸と、便所の位置が近すぎる)

風向きを考えれば、便所(ラトリン)からの汚染物質が、炊事場と井戸(水源)に直行するレイアウトだった。

(……ダメだ。これは、赤痢(せきり)の温床だ)

坂上の脳裏に、艦長時代に叩き込まれた「閉鎖空間における感染症対策マニュアル」が警報を鳴らす。

敵の銃弾より先に、この拠点は「病気」で全滅する。

その時だった。

「たるんどるッ!!」

甲高い、ヒステリックな怒鳴り声が響いた。

「貴様ら! それでも皇軍兵士か! 暑さに負けるとは、気合が足りん!」

拠点の広場で、一人の陸軍大尉が、すでに疲労困憊(こんぱい)の兵士たちに、無意味な銃剣術の訓練を強要していた。

(……出た)

坂上の目が、冷たくその男を捉えた。

浅川精工の「魂」。帝都日報の「気合」。

それらと同じ「非合理性(バグ)」の匂いが、あの男から充満していた。

大尉は、広場の端に立つ坂上に気づくと、訓練を中断し、尊大に歩み寄ってきた。

「なんだ、貴様は」

「帝都日報より特派員として派遣された、坂上真一だ」

「……ああ、貴様か」

大尉――竹下(たけした)と名乗った――は、坂上を頭の先からつま先まで舐めるように見ると、嘲(あざ)けるように笑った。

「川上中佐閣下から『面白い記者先生が来る』とは伺っていたぞ。『スパイ』の容疑あり、だとな」

あからさまな敵意。川上の暗殺指令が、すでに現場に届いている証拠だ。

「物見遊山(ものみゆさん)のつもりなら、せいぜい銃弾に当たらんことだな。ここは東京の会見室とは違う。足手まといになるなよ、記者先生」

竹下大尉は、言いたいことだけ言うと、再び兵士たちへの「気合注入」に戻っていった。

坂上は、何も言い返さなかった。

(……こいつが、この拠点の『バグ』の発生源(ソース)か)

彼は、割り当てられた薄汚い天幕に入ると、カバンを放り投げた。

そして、「記者」として、一冊のノートを開いた。

彼は、記事など一行も書かなかった。

ただ、殴り書きで、この「欠陥住宅」の脆弱性を書き連ねていった。

『防御レイアウト:再構築必須』

『衛生管理:致命的欠陥(赤痢の危険性・大)』

『指揮系統:機能不全(精神論による汚染)』

『脆弱性:最高レベル』

ガリッ、と。

彼は、東京で買い込んだ最後の黒飴を噛み砕いた。

(……まずは、どこから「修正(デバッグ)」するべきか)

不味いコーヒーすら手に入らないこの最前線で、坂上の「本当の戦い」が始まろうとしていた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

OLサラリーマン

廣瀬純七
ファンタジー
女性社員と体が入れ替わるサラリーマンの話

日露戦争の真実

蔵屋
歴史・時代
 私の先祖は日露戦争の奉天の戦いで若くして戦死しました。 日本政府の定めた徴兵制で戦地に行ったのでした。  日露戦争が始まったのは明治37年(1904)2月6日でした。  帝政ロシアは清国の領土だった中国東北部を事実上占領下に置き、さらに朝鮮半島、日本海に勢力を伸ばそうとしていました。  日本はこれに対抗し開戦に至ったのです。 ほぼ同時に、日本連合艦隊はロシア軍の拠点港である旅順に向かい、ロシア軍の旅順艦隊の殲滅を目指すことになりました。  ロシア軍はヨーロッパに配備していたバルチック艦隊を日本に派遣するべく準備を開始したのです。  深い入り江に守られた旅順沿岸に設置された強力な砲台のため日本の連合艦隊は、陸軍に陸上からの旅順艦隊攻撃を要請したのでした。  この物語の始まりです。 『神知りて 人の幸せ 祈るのみ 神の伝えし 愛善の道』 この短歌は私が今年元旦に詠んだ歌である。 作家 蔵屋日唱

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記

糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。 それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。 かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。 ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。 ※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

処理中です...