『「貴様の命令では犬死にだ」 50歳のイージス艦長、昭和(1935)に転生。非効率な精神論を殴り飛ばし、日本を魔改造する』

月神世一

文字の大きさ
12 / 80

EP 12

しおりを挟む
合流と赤痢
坂上が「欠陥住宅」の監査(かんさ)を始めてから、二日が経過した。
彼は、竹下大尉の「精神論」による訓練を遠巻きに眺め、兵士たちの疲弊度を計測し、この拠点の「脆弱性(ぜいじゃくせい)マップ」を脳内で完成させつつあった。
兵士たちからは「川上閣下に睨まれたスパイ記者」として、あからさまに距離を置かれていた。
(……時間の問題だ)
坂上は、例の「井戸」と「便所」の位置関係を睨みながら、黒飴を噛み砕いた。
(気温、湿度、風向き。全ての条件(パラメータ)が揃っている。いつ『バグ』が発生してもおかしくない)
その時だった。
拠点の入り口が、再び騒がしくなった。
「おい、またトラックだ」
「今度は補給か?」
黄土色の埃(ほこり)の中から現れたトラックの荷台から、兵士たちに混じって、一人の人影が降り立った。
それは、この埃まみれの戦場には、あまりにも場違いな存在だった。
(……!)
坂上の目が、初めて「監査」以外の色を帯びた。
スーツ姿に身を包んだ、早乙女薫だった。
彼女は、東京の陸軍省と同じ服装で来てしまったようだった。
降り立った瞬間、肺に入ってきた土埃に激しく咳き込み、スカートが風で捲(めく)られるのを必死で押さえている。彼女の目には、この拠点の「非衛生」と「野蛮さ」に対する、率直な怯(おび)えが浮かんでいた。
「な、なんだ! 女だと!?」
竹下大尉が、目を丸くして彼女の元へ駆け寄った。
「貴様、何を……ここは慰問団の来るところではないぞ!」
「り、陸軍省 嘱託タイピスト、早乙女薫と申します!」
薫は、憲兵隊から受け取った辞令を、震える手で差し出した。
「本日付けで、当拠点への『文書整理』の任を拝命いたしました!」
「……文書整理? この、最前線でか?」
竹下大尉は、辞令をひったくると、そこに押された「参謀本部(川上)」の印を見て、顔をしかめた。
「……チッ。川上閣下も、訳の分からんことを……。おい! 誰か、そこの空き天幕に案内しろ! いいか、足手まといになるなよ!」
大尉が去った後、薫は、ようやく坂上の姿を見つけた。
彼は、井戸のそばに、まるで地縛霊のように無言で立っていた。
薫は、意を決して彼の元へ歩み寄った。
「……坂上さん」
「……」
坂上は、彼女ではなく、彼女が立っている地面(便所からの風下)を一瞥(いちべつ)しただけだった。
「監視しに来ました。……いえ、貴方が『事故』で死なないように、東京(ほんしょう)の目として、見届けに来ました」
薫は、精一杯の虚勢を張った。
坂上は、ゆっくりと彼女に向き直った。
その目は、東京で見た「狂人」とも「合理主義者」とも違っていた。
それは、致命的な「バグ」を前に、打つ手がないシステムエンジニアの、冷え切った「疲労」の目だった。
「……無駄なリソースの浪費だ」
坂上が、この二日間で初めて、まともな「会話」を発した。
「タイピスト(君)をここに送る輸送コスト。君がここで消費する食料と水。その全てが、この拠点の兵站(へいたん)を圧迫する。非効率の極みだ」
「なっ……私は、貴方を守るために……!」
「俺を守る? 感情論(エモーション)による非合理な判断だ。君は戦場の『常識』を知らない。すぐに東京へ帰れ」
薫が、その冷酷な言葉に反論しようとした、まさにその瞬間だった。
「う……うぐぅっ!」
激しい呻(うめ)き声が響いた。
炊事場の近くにいた一人の兵士が、腹を押さえてその場に崩れ落ちた。
「おい! どうした、小川!」
「腹が……腹が、焼けるように……!」
小川と呼ばれた兵士は、激しい下痢と嘔吐(おうと)に見舞われ、脂汗を流している。
「衛生兵! 衛生兵を呼べ!」
周囲が騒然となる。
だが、それは始まりに過ぎなかった。
「こっちもだ! 田中が倒れた!」
「ダメだ、水……水をくれ……」
別の天幕から、這(は)うようにして出てきた兵士が、そのまま地面に突っ伏した。
拠点は、一瞬でパニックに陥った。
「て、敵襲か!? いや、違う!」
「何だ、何が起こった!」
薫が、目の前の惨状に、恐怖で立ち尽くす。
坂上だけが、動かなかった。
彼は、崩れ落ちる兵士たちを冷静に見つめ、一言、吐き捨てた。
「……始まった」
彼は、パニックの中心へ歩み出ると、経験のありそうな曹長(そうちょう)を掴まえた。
「曹長。あれは暑気あたり(日射病)ではない。赤痢(せきり)だ。伝染病だ」
「せ、赤痢だと!?」
曹長が青ざめる。
「そして……」
坂上は、全ての兵士が飲んでいる「水源」――あの井戸を指さした。
「あれが、汚染源(ソース)だ。この拠点は、敵に襲われる前に、内側から全滅する」
その時、竹下大尉が血相を変えて飛び出してきた。
「騒ぐな! 貴様ら! 小川! 田中! 立て! 立てんか!」
大尉は、苦しむ兵士の頬を張った。
「腹痛ごときで倒れるとは! 貴様らの『気合』が足りんからだッ!」
坂上は、その「精神論」を吐き出す竹下大尉の前に、ゆっくりと立ちはだかった。
「違うな」
坂上の、氷点下の声が響いた。
「貴官の『衛生管理』が、致命的に非効率(ゼロ)だからだ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

OLサラリーマン

廣瀬純七
ファンタジー
女性社員と体が入れ替わるサラリーマンの話

日露戦争の真実

蔵屋
歴史・時代
 私の先祖は日露戦争の奉天の戦いで若くして戦死しました。 日本政府の定めた徴兵制で戦地に行ったのでした。  日露戦争が始まったのは明治37年(1904)2月6日でした。  帝政ロシアは清国の領土だった中国東北部を事実上占領下に置き、さらに朝鮮半島、日本海に勢力を伸ばそうとしていました。  日本はこれに対抗し開戦に至ったのです。 ほぼ同時に、日本連合艦隊はロシア軍の拠点港である旅順に向かい、ロシア軍の旅順艦隊の殲滅を目指すことになりました。  ロシア軍はヨーロッパに配備していたバルチック艦隊を日本に派遣するべく準備を開始したのです。  深い入り江に守られた旅順沿岸に設置された強力な砲台のため日本の連合艦隊は、陸軍に陸上からの旅順艦隊攻撃を要請したのでした。  この物語の始まりです。 『神知りて 人の幸せ 祈るのみ 神の伝えし 愛善の道』 この短歌は私が今年元旦に詠んだ歌である。 作家 蔵屋日唱

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記

糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。 それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。 かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。 ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。 ※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

処理中です...