『「貴様の命令では犬死にだ」 50歳のイージス艦長、昭和(1935)に転生。非効率な精神論を殴り飛ばし、日本を魔改造する』

月神世一

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EP 12

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合流と赤痢
坂上が「欠陥住宅」の監査(かんさ)を始めてから、二日が経過した。
彼は、竹下大尉の「精神論」による訓練を遠巻きに眺め、兵士たちの疲弊度を計測し、この拠点の「脆弱性(ぜいじゃくせい)マップ」を脳内で完成させつつあった。
兵士たちからは「川上閣下に睨まれたスパイ記者」として、あからさまに距離を置かれていた。
(……時間の問題だ)
坂上は、例の「井戸」と「便所」の位置関係を睨みながら、黒飴を噛み砕いた。
(気温、湿度、風向き。全ての条件(パラメータ)が揃っている。いつ『バグ』が発生してもおかしくない)
その時だった。
拠点の入り口が、再び騒がしくなった。
「おい、またトラックだ」
「今度は補給か?」
黄土色の埃(ほこり)の中から現れたトラックの荷台から、兵士たちに混じって、一人の人影が降り立った。
それは、この埃まみれの戦場には、あまりにも場違いな存在だった。
(……!)
坂上の目が、初めて「監査」以外の色を帯びた。
スーツ姿に身を包んだ、早乙女薫だった。
彼女は、東京の陸軍省と同じ服装で来てしまったようだった。
降り立った瞬間、肺に入ってきた土埃に激しく咳き込み、スカートが風で捲(めく)られるのを必死で押さえている。彼女の目には、この拠点の「非衛生」と「野蛮さ」に対する、率直な怯(おび)えが浮かんでいた。
「な、なんだ! 女だと!?」
竹下大尉が、目を丸くして彼女の元へ駆け寄った。
「貴様、何を……ここは慰問団の来るところではないぞ!」
「り、陸軍省 嘱託タイピスト、早乙女薫と申します!」
薫は、憲兵隊から受け取った辞令を、震える手で差し出した。
「本日付けで、当拠点への『文書整理』の任を拝命いたしました!」
「……文書整理? この、最前線でか?」
竹下大尉は、辞令をひったくると、そこに押された「参謀本部(川上)」の印を見て、顔をしかめた。
「……チッ。川上閣下も、訳の分からんことを……。おい! 誰か、そこの空き天幕に案内しろ! いいか、足手まといになるなよ!」
大尉が去った後、薫は、ようやく坂上の姿を見つけた。
彼は、井戸のそばに、まるで地縛霊のように無言で立っていた。
薫は、意を決して彼の元へ歩み寄った。
「……坂上さん」
「……」
坂上は、彼女ではなく、彼女が立っている地面(便所からの風下)を一瞥(いちべつ)しただけだった。
「監視しに来ました。……いえ、貴方が『事故』で死なないように、東京(ほんしょう)の目として、見届けに来ました」
薫は、精一杯の虚勢を張った。
坂上は、ゆっくりと彼女に向き直った。
その目は、東京で見た「狂人」とも「合理主義者」とも違っていた。
それは、致命的な「バグ」を前に、打つ手がないシステムエンジニアの、冷え切った「疲労」の目だった。
「……無駄なリソースの浪費だ」
坂上が、この二日間で初めて、まともな「会話」を発した。
「タイピスト(君)をここに送る輸送コスト。君がここで消費する食料と水。その全てが、この拠点の兵站(へいたん)を圧迫する。非効率の極みだ」
「なっ……私は、貴方を守るために……!」
「俺を守る? 感情論(エモーション)による非合理な判断だ。君は戦場の『常識』を知らない。すぐに東京へ帰れ」
薫が、その冷酷な言葉に反論しようとした、まさにその瞬間だった。
「う……うぐぅっ!」
激しい呻(うめ)き声が響いた。
炊事場の近くにいた一人の兵士が、腹を押さえてその場に崩れ落ちた。
「おい! どうした、小川!」
「腹が……腹が、焼けるように……!」
小川と呼ばれた兵士は、激しい下痢と嘔吐(おうと)に見舞われ、脂汗を流している。
「衛生兵! 衛生兵を呼べ!」
周囲が騒然となる。
だが、それは始まりに過ぎなかった。
「こっちもだ! 田中が倒れた!」
「ダメだ、水……水をくれ……」
別の天幕から、這(は)うようにして出てきた兵士が、そのまま地面に突っ伏した。
拠点は、一瞬でパニックに陥った。
「て、敵襲か!? いや、違う!」
「何だ、何が起こった!」
薫が、目の前の惨状に、恐怖で立ち尽くす。
坂上だけが、動かなかった。
彼は、崩れ落ちる兵士たちを冷静に見つめ、一言、吐き捨てた。
「……始まった」
彼は、パニックの中心へ歩み出ると、経験のありそうな曹長(そうちょう)を掴まえた。
「曹長。あれは暑気あたり(日射病)ではない。赤痢(せきり)だ。伝染病だ」
「せ、赤痢だと!?」
曹長が青ざめる。
「そして……」
坂上は、全ての兵士が飲んでいる「水源」――あの井戸を指さした。
「あれが、汚染源(ソース)だ。この拠点は、敵に襲われる前に、内側から全滅する」
その時、竹下大尉が血相を変えて飛び出してきた。
「騒ぐな! 貴様ら! 小川! 田中! 立て! 立てんか!」
大尉は、苦しむ兵士の頬を張った。
「腹痛ごときで倒れるとは! 貴様らの『気合』が足りんからだッ!」
坂上は、その「精神論」を吐き出す竹下大尉の前に、ゆっくりと立ちはだかった。
「違うな」
坂上の、氷点下の声が響いた。
「貴官の『衛生管理』が、致命的に非効率(ゼロ)だからだ」
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