『「貴様の命令では犬死にだ」 50歳のイージス艦長、昭和(1935)に転生。非効率な精神論を殴り飛ばし、日本を魔改造する』

月神世一

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EP 13

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艦長の「衛生管理」
「……なんだと、貴様ッ!」
竹下大尉が、血相を変えて軍刀の柄に手をかけた。
一介の記者が、皇軍の指揮官(自分)の「指導」を「非効率(ゼロ)」と断じた。これは反乱だ。
だが、坂上はもはや大尉(この非効率なノイズ源)を見ていなかった。
彼の目は、パニックに陥っている衛生兵と、現場を取り仕切っている古参の曹長(そうちょう)を捉えていた。
「衛生兵! 貴様、何をしている!」
坂上の、50歳のイージス艦長としての「号令」が響き渡る。
「は、はい! た、ただいま消毒を……」
「無駄だ!」
坂上は、崩れ落ちた兵士の汚物(おうとぶつ)の近くを、冷静に指さした。
「感染源(ソース)は井戸水だ! 飲んだ者から発症する。それを消毒しても意味がない!」
「曹長!」
坂上は、呆然とする曹長に詰め寄った。
「貴官の部下だ。このまま『気合』とやらで、全員を病死させる気か!」
「そ、そんなことは……! だが、どうすれば……」
「今から俺が言うことを、一言一句、違(たが)わずに実行しろ。これは『命令』だ」
「き、貴様、たかが記者が……!」
竹下大尉が割り込もうとする。
「黙れ、非効率が!」
坂上は、大尉を初めて、心の底からの軽蔑(けいべつ)を込めて睨みつけた。
「貴様のその『精神論』が、この拠点を全滅させるんだ!」
「……っ!」
大尉は、その殺気にも似た気迫に、一瞬たじろいだ。
坂上は、二度と大尉を見なかった。彼は曹長と衛生兵に、矢継ぎ早に指示を飛ばす。
「第一! 隔離区画(アイソレーション・エリア)を設置! 発症者を全員、あの(風下の)天幕に移動させろ! 接触を禁ずる!」
「だ、だが、人手が……」
「第二! 井戸の使用を即時禁止! 全ての飲料水は、10分間『煮沸(しゃふつ)』した後に使用! 徹底させろ!」
「第三! 便所(ラトリン)を今すぐ移設! この井戸から100メートル以上離れた、完全な風下だ! 今すぐ掘れ!」
曹長と衛生兵は、そのあまりに的確で、有無を言わさぬ「指揮」に、ただ圧倒されていた。
これは、記者の言葉ではない。
感染症の制圧(コントロール)を知り尽くした、指揮官の言葉だった。
「第四!」
坂上は、苦しむ兵士を指さす。
「あれは脱水症状で死ぬ。煮沸した湯に、塩と、あるなら砂糖をひとつまみ入れろ。それを飲めるだけ飲ませろ! これは『治療』だ!」
(……21世紀の経口補水液(ORS)の原型だ。これなら、この時代のリソースでも作れる)
「さあ、動け! 早くしろ!」
坂上が一喝すると、曹長は、麻痺(まひ)から覚めたように叫んだ。
「……わ、分かった! 全員、聞け! あの記者の言う通りにしろ! 井戸に近づくな! 湯を沸かせ! 病人をあっちの天幕へ運べ!」
兵士たちが、ようやく「パニック」から「組織的な行動」へと移っていく。
竹下大尉は、自分の指揮権が、一瞬にして、素性不明の記者に奪われた現実を前に、怒りでワナワナと震えていた。
「……お、おのれ……。反乱だ……。これは、軍規違反だぞ……!」
その時、この「新しい指揮官」は、恐怖で立ち尽くしていた「リソース」に気づいた。
早乙女薫だ。
「貴様!」
坂上が、薫を睨みつけた。
「……は、はい!」
薫は、思わず兵士のように背筋を伸ばした。
「突っ立っているな。非効率だ。貴様、タイピストだろう」
坂上は、自分の天幕から紙とインクを掴んで戻ってくると、薫の胸に叩きつけた。
「今から俺が言うことを、一字一句、正確に書き留めろ。そして、この拠点の全ての壁に貼り出せ」
「……え?」
「『艦内(ベース)衛生管理マニュアル』だ! 書け!」
坂上は、よどみなく「マニュアル」を口述し始めた。
「第一条。全ての飲料水は、10分間の煮沸を必須とする」
「第二条。食事の前には、必ず石鹸(せっけん)による手洗い、あるいはアルコール(あるなら)による消毒を……」
薫は、我に返った。
彼女は、この男が「狂人」でも「スパイ」でもなく、この地獄を「システム」で制圧しようとしている「本物の指揮官」なのだと、肌で理解した。
彼女は、慌てて近くの木箱を机代わりに、坂上の「命令」を、この時代で最も速いタイピング(あるいは速記)で書き留め始めた。
カチ、カチ、カチ……。
竹下大尉の無力な怒号を背景に、土埃の舞う最前線で、坂上の「命令(ロジック)」と、薫の「記録(タイプ)」だけが、この「欠陥住宅」の『バグ』を修正(デバッグ)し始めていた。
兵士たちは、もはや大尉ではなく、血まみれでもないのに、誰よりも「戦場」を支配している坂上を見ていた。
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