『「貴様の命令では犬死にだ」 50歳のイージス艦長、昭和(1935)に転生。非効率な精神論を殴り飛ばし、日本を魔改造する』

月神世一

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EP 14

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最初の銃声(問題発生)
竹下大尉の無力な怒りをよそに、拠点は坂上真一という「異物」によって、強制的に「魔改造」されていった。
数日で、拠点の空気は一変した。
あれほど充満していた汚物の悪臭は消え、代わりに湯を沸かす薪(まき)の匂いと、新しく掘られた便所の土の匂いが支配した。
「マニュアル」は絶対だった。
早乙女薫が不眠不休で書き写し、貼り出した「坂上式・衛生管理マニュアル」は、兵士たちにとって「精神論」よりもはるかに信頼できる「指針」となった。
 * 『飲料水は、必ず「煮沸済」の札が掛かった水筒から飲むこと』
 * 『食事の前は、必ず石灰水で手を消毒すること』
 * 『隔離区画への立ち入りは、衛生兵と当番兵以外、厳禁とする』
曹長(そうちょう)が、坂上に深々と頭を下げた。
「坂上記者殿……いや、坂上先生。おかげさまで、新たな発症者はゼロになりました。倒れた者たちも、先生の『塩湯(しおゆ)』(経口補水液)で、峠を越しました」
兵士たちの、坂上を見る目が変わっていた。
「スパイ記者」への侮蔑(ぶべつ)は消え、そこには「命の恩人」を見る、素朴な尊敬の念が浮かんでいた。
彼らは、この記者が「気合」ではなく「システム」で病気をねじ伏せた事実を、目の当たりにしたのだ。
一方、指揮官である竹下大尉は、天幕に引きこもっていた。
彼の「精神力」は、赤痢菌(せきりきん)という目に見えない「データ」の前に、完膚(かんぷ)なきまでに敗北した。
彼は、自分の指揮権を奪った坂上への殺意と、その坂上に従う部下たちへの苛立ちで、酒を煽(あお)ることしかできなかった。
薫は、この小さな「勝利」に興奮していた。
彼女は、埃(ほこり)で汚れた顔のまま、坂上に駆け寄った。
「坂上さん! やりましたね! みんな……」
「まだだ」
坂上は、冷ややかに彼女の言葉を遮った。
「最大の『バグ』が、まだ残っている」
「え?」
「あの指揮官(竹下大尉)だ。あいつが機能不全(フリーズ)している今、この拠点は『指揮官不在』の、最も危険な状態にある」
坂上は、不気味なほど静かな、拠点の外の荒野を睨んだ。
「病気(内なる敵)は抑えた。だが、外の敵(ゲリラ)は待ってくれない」
その言葉が、予言であったかのように。
キィンッ!
乾いた、甲高い金属音。
続いて、パンッ!という、単発の鋭い銃声が遅れて響いた。
「……!」
間髪入れず、拠点の南側から、ダダダダッ!と、ゲリラによる機関銃の掃射が始まった。
「敵襲ーッ! 敵襲だァ!」
さっきまで「合理的」に動いていた拠点が、一瞬で「戦場」のパニックに叩き込まれる。
哨兵(しょうへい)が、見張り台から転がり落ちた。
兵士たちが、慌てて土嚢(どのう)の陰に隠れ、やみくもに応戦を始める。
「落ち着け!」
曹長が叫ぶ。
「うおおおっ!」
その時、天幕から竹下大尉が、酒臭い息を吐きながら、軍刀を振りかざして飛び出してきた。
「待ち構えていたぞ、ゲリラめ! 皇軍の『気合』を見せてやれ!」
彼は、衛生管理での屈辱を、この「本業(せんとう)」で取り返そうと、目を血走らせていた。
「撃て! 撃ちまくれ!」
大尉の号令で、兵士たちの射撃が激しくなる。
薫は、その場に身を伏せ、耳を塞ぐことしかできなかった。
坂上だけが、冷静に、土嚢の陰から敵の射撃位置と、こちらの「無駄弾」の数をカウントしていた。
(……非効率だ。敵は少数。陽動と嫌がらせだ。こんなに応戦すれば、弾薬(リソース)が尽きるだけだ)
10分後。
嵐のように響いていた銃声が、ピタリと止んだ。
ゲリラは、目的を果たしたかのように、潮が引くように消えていた。
「……逃げたか!」
竹下大尉が、勝ち誇ったように叫ぶ。
「見たか! これが皇軍の……」
「負傷者! 負傷者が出ました!」
大尉の勝利宣言を、兵士の悲鳴が遮った。
土嚢の陰から、二人の兵士が引きずられてきた。
薫が、恐る恐る顔を上げる。
一人は、佐藤一等兵。腕を撃たれ、歯を食いしばってうめき声を上げている。
もう一人は、田中一等兵。太腿(ふともも)を撃たれ、傷口から鮮血が噴き出し、彼はパニックを起こして泣き叫んでいた。
「い、痛い! 死ぬ! 助けてくれえ!」
「馬鹿者! 泣くな!」
衛生兵が駆け寄る。
そこへ、竹下大尉が、意気揚々と歩み寄ってきた。
「指揮官」としての威厳を取り戻す、絶好の機会(チャンス)だった。
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