『「貴様の命令では犬死にだ」 50歳のイージス艦長、昭和(1935)に転生。非効率な精神論を殴り飛ばし、日本を魔改造する』

月神世一

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EP 15

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『気合が足りん!』
竹下大尉は、二人の負傷兵の前に仁王立ちになった。
彼の顔には、赤痢騒動で坂上に奪われた「指揮官」としての威厳を取り戻した、歪んだ高揚感が浮かんでいた。
「衛生兵! 何をもたもたしている!」
「は、はい!」
若い衛生兵が、血の海と化している田中一等兵(太腿)に駆け寄ろうとする。田中の顔は青白く、叫び声はもはや「ひっ…ひっ…」という喘(あえ)ぎに変わっていた。
「待て」
竹下大尉が、その衛生兵の行く手を制した。
「……え?」
衛生兵が、血まみれの田中に視線を送ったまま、困惑して大尉を見上げた。
竹下大尉は、満足げに腕を組み、もう一人の負傷兵――腕を撃たれ、土嚢に寄りかかって脂汗を流しながらも、必死に痛みを堪(こら)えている佐藤一等兵――を顎(あご)で示した。
「貴様、目が見えんのか」
大尉は、佐藤を指さす。
「佐藤を見ろ。腕を撃たれながら、一言も泣き言を言わん。あれぞ、皇軍兵士の鑑(かがみ)だ」
彼は、次に、血だまりの中で小刻みに震える田中を、汚物でも見るかのように一瞥(いちべつ)した。
「……それに比べて、田中(あれ)は何だ」
「ひ……たすけ……」
「黙れッ!」
大尉が、田中の怯(おび)えきった顔を軍靴の先で軽く蹴(け)った。
「その程度の傷で! 皇軍兵士の恥だ! 貴様は『気合』が足りんのだ!」
(……! なんてことを……!)
物陰で見ていた早乙女薫は、息を呑んだ。
彼女は、この狂気の光景を目の当たりにしていた。
非合理だ。
あれは「気合」の問題ではない。明らかに、田中の傷の方が佐藤より何倍も重い。血の量が、素人目にも違う。
坂上は、まだ動かなかった。
彼は、腕を組んだまま、この「非効率なシステム(竹下大尉)」が、どのような「致命的なエラー」を吐き出すのかを、冷徹に観察し続けていた。
そして、竹下大尉は、最悪の「エラー」を実行した。
彼は、戸惑う衛生兵に、厳然と命じた。
「衛生兵。聞け」
「は……はい!」
「田中は後回しだ。あの男に必要なのは治療ではない、『精神の注入』だ」
「し、しかし大尉閣下! 田中は出血が……!」
「うるさい!」
竹下大尉が一喝する。
「佐藤から診ろ。勇敢なる兵士から救うのが、指揮官の務めだ。泣きわめく臆病者(おくびょうもの)は、その後でいい。……分かったか!」
それは、命令だった。
曹長(そうちょう)も、赤痢を治した「坂上の合理性」を知っていながら、戦闘指揮における「大尉の命令」には逆らえない。彼は、悔しそうに顔を歪めるだけだった。
「……ですが!」
衛生兵は、目の前で失われていく命(田中)と、指揮官の「非合理な命令」の間で、顔面蒼白(そうはく)になって立ち尽くした。
「返事をしろッ!」
「……は、はいッ!」
衛生兵は、無念に唇を噛み締め、噴き出す血の海から目をそむけると、踵(きびす)を返し、緊急度の低い佐藤(腕の負傷)の元へと駆け寄っていった。
「ぐ……あ……」
田中の喘ぎが、急激に弱くなっていく。
大腿(だいたい)動脈からの出血は、数分で人間を死に至らしめる。
早乙女薫は、目の前で「精神論」という名の殺人が、平然と行われようとしている事実に、絶望で膝が崩れそうになった。
(……ダメだ。死ぬ。あの兵隊さん、死んじゃう)
竹下大尉は、自分の「秩序」が回復されたことに満足し、フン、と鼻を鳴らした。
その、全てが手遅れになろうとした、瞬間だった。
「――そこを、どけ」
地を這(は)うような、氷点下の声が響いた。
坂上真一が、腕組みを解き、血だまりの中へ、一歩、足を踏み出していた。
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