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EP 16
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『貴様の精神論が彼を殺す』
「……なんだと、貴様ッ!」
竹下大尉が、軍刀の柄を握りしめた。
一介の記者が、戦闘指揮中の自分に「どけ」と命じた。
これは赤痢騒動の時とは訳が違う。明らかな、銃殺に値する反乱(はんらん)だった。
「この非国民めが! 貴様、軍法会議に……」
「黙れ。非効率が」
坂上の、氷点下の声が、大尉のヒステリックな怒声(どせい)を切り裂いた。
坂上は、もはや大尉(この非効率なノイズ源)を見ていなかった。
彼は、血の海に膝(ひざ)をつくと、震える田中一等兵の太腿(ふともも)の傷口を一瞥(いちべつ)した。
(……大腿(だいたい)動脈損傷。残された時間は3分以内)
坂上は、その場に立ち尽くす衛生兵の腕を掴んだ。
「貴様! 状況を判断しろ!」
「は、はい!」
「あの兵士(佐藤)は腕だ! 骨は折れていない! 緊急度は『黄(イエロー)』! 後回しだ!」
「……え?」
「この兵士(田中)は『赤(レッド)』! 最優先処置対象だ! 貴様は、あの『精神論バカ』の命令に従い、この兵士を見殺しにする気か!」
「そ、そんな……! ですが、命令は……」
衛生兵が、指揮官(大尉)と、目の前の「命(データ)」の間で、パニックを起こす。
坂上は、この「非効率な議論」を打ち切った。
彼は、近くで顔面蒼白(そうはく)になっていた古参の曹長(そうちょう)に、艦長(コマンダー)の声で命じた。
「曹長! 貴官の手ぬぐいをよこせ! それと、銃剣の『鞘(さや)』か、丈夫な木の枝を拾ってこい! 30秒以内だ! 早くしろ!」
「は……はいッ!」
赤痢を制圧した「指揮官」の命令。
曹長は、竹下大尉の存在を忘れ、反射的に行動した。
「て、てめえ……! 人の部下を……!」
竹下大尉が、ついに軍刀を引き抜き、坂上の背中に切っ先を向けた。
その時、坂上は、血まみれの田中の太腿に曹長から受け取った手ぬぐいを固く巻き付けながら、ゆっくりと顔を上げた。
血しぶきが、その冷徹な監査官(かんさかん)の頬に飛んでいた。
「……軍法会議か。好きにしろ」
坂上は、竹下大尉の目を、初めて「殺意」にも似た「軽蔑(けいべつ)」で射抜いた。
「だが、その前に、貴様のその『非合理』な判断が招いた『結果』を、その目に焼き付けろ」
「な……!」
「この兵士は、『気合』が足りないのではない」
坂上は、手ぬぐいの結び目に銃剣の鞘(さや)を差し込み、それをテコの原理で、ギリギリと捻(ねじ)り上げた。
「ぐっ……がああああああっ!!」
田中が、意識を取り戻すほどの激痛に絶叫した。
「喚(わめ)くな! 死ぬよりマシだ!」
坂上が一喝する。
手ぬぐいが皮膚に食い込み、筋肉が圧迫される。
すると、あれほど噴き出していた太腿からの動脈血が、まるで蛇口を閉めたかのように、ピタリと止まった。
「……血が」
「……止まった」
曹長と衛生兵が、信じられないものを見る目で、呟(つぶや)いた。
さっきまで死の灰色が顔に浮かんでいた田中の呼吸が、荒いながらも、確かに続いている。
「……これが『事実(データ)』だ」
坂上は、血に濡れた手で、立ち上がった。
そして、軍刀を抜いたまま硬直している竹下大尉に、冷たく宣告した。
「この兵士に足りなかったのは『気合』ではない。
ただ『血液(リソース)』だ」
「そして、貴様のその『精神論』が、今、彼を殺すところだった」
「……あ」
「……ああ」
竹下大尉の手から、軍刀が、カラン、と音を立てて乾いた地面に落ちた。
彼は、自分の「精神論」が、目の前の「現実」と「合理」によって、完膚なきまでに粉砕された音を聞いた。
物陰で見ていた早乙女薫は、震えていた。
恐怖ではない。
目の前の、血まみれの「記者」が、この国の「病(やまい)」そのものである「非合理な権力(大尉)」を、ただ「人命を救う」という一点の合理性だけで、ねじ伏せた瞬間に。
(……この人なら)
(この人なら、本当に、この国を変えられるかもしれない)
坂上は、もはや大尉には目もくれず、呆然(ぼうぜん)とする衛生兵に命じた。
「何をしている。止血を確認。圧迫開始時刻を記録しろ。30分に一度、数分緩(ゆる)めて組織の壊死(えし)を防げ」
「は、はい! はいッ!」
衛生兵は、涙を浮かべながら、まるで教官に命じられたように、田中の処置にあたった。
「それから」
坂上は、腕を押さえて耐えている佐藤一等兵を指さした。
「貴様の『任務』は、あちらの『黄(イエロー)』だ。行け」
坂上真一は、この日、この瞬間。
「記者」としてではなく、この拠点の「事実上の指揮官(コマンダー)」として、現場の兵士たちに認識された。
「……なんだと、貴様ッ!」
竹下大尉が、軍刀の柄を握りしめた。
一介の記者が、戦闘指揮中の自分に「どけ」と命じた。
これは赤痢騒動の時とは訳が違う。明らかな、銃殺に値する反乱(はんらん)だった。
「この非国民めが! 貴様、軍法会議に……」
「黙れ。非効率が」
坂上の、氷点下の声が、大尉のヒステリックな怒声(どせい)を切り裂いた。
坂上は、もはや大尉(この非効率なノイズ源)を見ていなかった。
彼は、血の海に膝(ひざ)をつくと、震える田中一等兵の太腿(ふともも)の傷口を一瞥(いちべつ)した。
(……大腿(だいたい)動脈損傷。残された時間は3分以内)
坂上は、その場に立ち尽くす衛生兵の腕を掴んだ。
「貴様! 状況を判断しろ!」
「は、はい!」
「あの兵士(佐藤)は腕だ! 骨は折れていない! 緊急度は『黄(イエロー)』! 後回しだ!」
「……え?」
「この兵士(田中)は『赤(レッド)』! 最優先処置対象だ! 貴様は、あの『精神論バカ』の命令に従い、この兵士を見殺しにする気か!」
「そ、そんな……! ですが、命令は……」
衛生兵が、指揮官(大尉)と、目の前の「命(データ)」の間で、パニックを起こす。
坂上は、この「非効率な議論」を打ち切った。
彼は、近くで顔面蒼白(そうはく)になっていた古参の曹長(そうちょう)に、艦長(コマンダー)の声で命じた。
「曹長! 貴官の手ぬぐいをよこせ! それと、銃剣の『鞘(さや)』か、丈夫な木の枝を拾ってこい! 30秒以内だ! 早くしろ!」
「は……はいッ!」
赤痢を制圧した「指揮官」の命令。
曹長は、竹下大尉の存在を忘れ、反射的に行動した。
「て、てめえ……! 人の部下を……!」
竹下大尉が、ついに軍刀を引き抜き、坂上の背中に切っ先を向けた。
その時、坂上は、血まみれの田中の太腿に曹長から受け取った手ぬぐいを固く巻き付けながら、ゆっくりと顔を上げた。
血しぶきが、その冷徹な監査官(かんさかん)の頬に飛んでいた。
「……軍法会議か。好きにしろ」
坂上は、竹下大尉の目を、初めて「殺意」にも似た「軽蔑(けいべつ)」で射抜いた。
「だが、その前に、貴様のその『非合理』な判断が招いた『結果』を、その目に焼き付けろ」
「な……!」
「この兵士は、『気合』が足りないのではない」
坂上は、手ぬぐいの結び目に銃剣の鞘(さや)を差し込み、それをテコの原理で、ギリギリと捻(ねじ)り上げた。
「ぐっ……がああああああっ!!」
田中が、意識を取り戻すほどの激痛に絶叫した。
「喚(わめ)くな! 死ぬよりマシだ!」
坂上が一喝する。
手ぬぐいが皮膚に食い込み、筋肉が圧迫される。
すると、あれほど噴き出していた太腿からの動脈血が、まるで蛇口を閉めたかのように、ピタリと止まった。
「……血が」
「……止まった」
曹長と衛生兵が、信じられないものを見る目で、呟(つぶや)いた。
さっきまで死の灰色が顔に浮かんでいた田中の呼吸が、荒いながらも、確かに続いている。
「……これが『事実(データ)』だ」
坂上は、血に濡れた手で、立ち上がった。
そして、軍刀を抜いたまま硬直している竹下大尉に、冷たく宣告した。
「この兵士に足りなかったのは『気合』ではない。
ただ『血液(リソース)』だ」
「そして、貴様のその『精神論』が、今、彼を殺すところだった」
「……あ」
「……ああ」
竹下大尉の手から、軍刀が、カラン、と音を立てて乾いた地面に落ちた。
彼は、自分の「精神論」が、目の前の「現実」と「合理」によって、完膚なきまでに粉砕された音を聞いた。
物陰で見ていた早乙女薫は、震えていた。
恐怖ではない。
目の前の、血まみれの「記者」が、この国の「病(やまい)」そのものである「非合理な権力(大尉)」を、ただ「人命を救う」という一点の合理性だけで、ねじ伏せた瞬間に。
(……この人なら)
(この人なら、本当に、この国を変えられるかもしれない)
坂上は、もはや大尉には目もくれず、呆然(ぼうぜん)とする衛生兵に命じた。
「何をしている。止血を確認。圧迫開始時刻を記録しろ。30分に一度、数分緩(ゆる)めて組織の壊死(えし)を防げ」
「は、はい! はいッ!」
衛生兵は、涙を浮かべながら、まるで教官に命じられたように、田中の処置にあたった。
「それから」
坂上は、腕を押さえて耐えている佐藤一等兵を指さした。
「貴様の『任務』は、あちらの『黄(イエロー)』だ。行け」
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