『「貴様の命令では犬死にだ」 50歳のイージス艦長、昭和(1935)に転生。非効率な精神論を殴り飛ばし、日本を魔改造する』

月神世一

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EP 17

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狙撃手(スナイパー)の意図
翌日。
拠点の空気は、昨日までの「パニック」と「狂気」が嘘のように静まり返っていた。
それは、坂上真一という「合理性」がもたらした、規律ある静けさだった。
兵士たちは、もはや竹下大尉の顔色を窺(うかが)うことなく、坂上と曹長(そうちょう)が再編成した「衛生管理マニュアル」と「警戒シフト」に従って、淡々と動いていた。
負傷した田中一等兵は、坂上の止血法(ターニケット)と衛生兵の懸命な処置により、危険な状態を脱していた。
「坂上先生」
古参の曹長が、坂上に軍人の敬礼(けいれい)をした。彼はもはや、坂上を「記者」として扱っていなかった。
「田中は峠を越しました。佐藤も、腕の傷の処置を終え、軽作業なら可能です。……全て、貴官のおかげです」
「礼は不要だ。合理的な処置をしたまでだ」
坂上は、黒飴(くろあめ)の最後の一袋を開けながら、この拠点の「脆弱性(ぜいじゃくせい)マップ」の、次の「バグ」を睨(にら)んでいた。
「曹長。問題は次だ。この拠点の防御レイアウトが、依然として非効率のままだ」
彼は、入り口の土嚢(どのう)を指さした。
「あの配置では、昨日のようなゲリラの襲撃(ヒットアンドアウェイ)にすら対応できない。射線(しゃせん)が……」
早乙女薫は、その光景を、息を詰めて見つめていた。
(……指揮権が、完全に移っている)
この拠点の「事実上の指揮官」は、もはや竹下大尉ではない。この、血まみれでもないのに、誰よりも冷徹な「監査官」だった。
竹下大尉は、昨日の「論破」以来、酒を煽(あお)って天幕から出てこないという。
坂上が、曹長に「土嚢の積み直し」を命じようとした、まさにその瞬間だった。
キィンッ!
乾いた、甲高い金属音。
それは、昨日までの、多数の小銃が乱れ飛ぶ音とは、明らかに異質だった。
一拍遅れて、パンッ!と、単発の鋭い銃声が、乾いた空気を切り裂いて届いた。
「……!」
坂上の反応は、誰よりも早かった。
50歳のイージス艦長の脳が、瞬時に音の遅れ(約1.5秒)から距離(500メートル前後)を算出する。
「スナイパー(狙撃手)だ! 伏せろ!」
坂上は、最も近くにいた薫の頭を押さえつけ、地面に引き倒した。
「敵襲! 敵襲!」
「どこだ!? どこからだ!」
曹長の号令で、兵士たちが一斉に土嚢の陰に隠れる。
だが、パニックが走った。
「誰か撃たれたか!?」
「負傷者はいないぞ!」
昨日のゲリラとは違う。
第二射が、来ない。
不気味な静寂が、拠点を支配した。
「……何だ? 今のは……」
曹長が、恐る恐る土嚢から顔を出す。
「坂上先生、威嚇(いかく)でしょうか?」
兵士たちが、銃声がしたと思われる遠くの稜線(りょうせん)に向かって、やみくもに小銃を撃ち始めた。
「撃ち方やめ!」
坂上の、艦長としての「号令」が響き渡る。
「無駄弾だ! 敵の思う壺だ!」
「し、しかし!」
「敵は、どこに着弾させた?」
坂上は、地面に伏せたまま、冷静に「音」ではなく「着弾点」を探していた。
視線の先。
兵士でも、天幕でもない。
坂上が、赤痢(せきり)対策の「生命線」として設置させた、あの場所。
兵士たちが、今この瞬間も、その「合理的」なシステムに依存している、あの場所。
「……!」
坂上は、ゆっくりと立ち上がった。
彼が指さす先――それは、薫が「衛生管理マニュアル」を貼り付けた、「煮沸済(しゃふつずみ) 飲料水」と書かれた、巨大なドラム缶だった。
ドラム缶のど真ん中に、小さな、しかし致命的な「穴」が空き、そこから、この拠点の「命」である清潔な水が、勢いよく噴き出していた。
「……あ」
薫が、声を失った。
「……水タンク?」
曹長も、その「意図」が理解できず、呆然(ぼうぜん)とする。
兵士たちは、まだ気づかない。
「なぜ、あんなところに……」
「外したのか?」
「いや」
坂上は、その穴を、そして遠くの稜線(りょうせん)を、冷え切った目で睨みつけた。
「外してはいない。あれが、最初から『標的(ターゲット)』だ」
「……え?」
「非効率な勘違いをするな」
坂上は、この拠点の兵士全員に、そして薫に、この新しい「敵」の恐ろしさを叩きつけた。
「敵は、我々『兵士』を狙っていない」
「じゃあ、何を……」と、薫が震える声で尋ねた。
「兵站(ロジスティクス)だ」
坂上は、吐き捨てるように言った。
「あの狙撃手は、この拠点の『命綱(ライフライン)』だけを、正確に狙っている。
我々(兵士)を一人ずつ殺すより、はるかに効率的に、この拠点を全滅させる方法だ」
坂上は、21世紀のイージス艦長として、その「非効率」な敵の「効率的な戦術」に、初めて本気の怒りを覚えていた。
「……いいだろう。その『戦術』、受けて立つ」
薫と曹長(そうちょう)は、坂上の戦術眼に慄然(りつぜん)とした。
竹下大尉が「気合」で戦おうとしていた敵は、坂上と同じ「合理性」と「兵站」で、この拠点を殺しに来ていた。
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