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EP 18
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非合理な突撃命令
「……み、水が!」
「止めろ! 穴を塞(ふさ)げ!」
数人の兵士が、無防備に水タンクへ駆け寄ろうとする。
「伏せろ! 遮蔽(しゃへい)物から出るな!」
坂上が、曹長(そうちょう)よりも速く号令をかけた。
「あの狙撃手(スナイパー)は、修理(リペア)に出てくる兵士を『狩る』つもりだ。あれは罠(トラップ)だ!」
その言葉を証明するかのように、パンッ!と第二射が響いた。
今度の銃弾は、修理に走ろうとした兵士の足元、数センチの地面を抉(えぐ)った。
「ひいっ!」
兵士たちは、慌(あわ)てて土嚢(どのう)の陰に転がり込む。
「……くそっ」
曹長が、悔しそうに歯噛(はが)みした。
「坂上先生の言う通りだ。我々は、完全に『釣られて』いる」
パンッ!
第三射。
今度の着弾点は、炊事場の近くに積まれていた「食料庫(乾物入れ)」の木箱だった。木箱が砕け、豆が散らばる。
パンッ!
第四射。
兵士たちが隠れる土嚢の、すぐ横に置かれていた「予備弾薬箱」の蓋(ふた)が、甲高い音を立てて弾け飛んだ。
「……!」
拠点内の兵士全員が、その恐ろしいまでの「正確さ」に息を呑(の)んだ。
負傷者は、まだ一人も出ていない。
だが、この拠点の「機能」が、水、食料、弾薬という順番で、一つずつ確実に「破壊」されていく。
それは、昨日までの「気合」で突撃してくるゲリラとは、全く異質の、冷徹な「戦術」だった。
薫(かおる)は、震えながら坂上の隣に伏せていた。
(……怖い。あの敵は、坂上さんと同じくらい『合理的』だ)
坂上は、冷静に弾着までの時間を計りながら、敵の位置を特定していく。
(……稜線(りょうせん)の南東、あの岩陰か。距離600。風は微弱。厄介(やっかい)な敵だ)
「曹長。敵は、我々が飢(う)えと渇(かわ)きで、この土嚢から這(は)い出すのを待っている。持久戦(じきゅうせん)だ」
「で、ですが、水が! あのままでは、病み上がりの連中が……!」
「慌(あわ)てるな。非効率だ。まずは……」
坂上が、曹長に「対抗策(カウンター・スナイプ)」の第一歩(陽動と観測)を命じようとした、その時だった。
「うるさあああいッ!!」
酒臭い息と共に、天幕から竹下大尉が、軍刀を振り回しながら飛び出してきた。
彼の目は、アルコールと屈辱(くつじゅ)で血走っていた。
「いつまで隠れている! 貴様ら!」
大尉は、土嚢の陰に隠れる部下たちを怒鳴りつけた。
「敵はたった一人だ! たった一人のネズミに、皇軍一個小隊が、このまま嬲(なぶ)り殺されるのを待つというのか!」
「た、大尉閣下! お下がりください! 危険です!」
曹長が叫ぶ。
「下がるな!」
竹下大尉は、拠点の中心で軍刀を天に突き刺した。
「坂上! 貴様のせいだ!」
「……!」
「貴様が『衛生』だの『合理』だの、小賢(こざか)しい理屈をこね回すから、兵士たちの『魂』が抜けてしまったのだ!」
(……ダメだ。この男、完全に『バグ』っている)
坂上が、冷ややかに呟(つぶや)く。
竹下大尉は、兵士たちを鼓舞(こぶ)するように、狂ったように叫んだ。
「聞け! 敵は一人! こちらは数十人だ!」
「あの稜線に向かって、全員で突撃(とつげき)する! 精神力で、あのネズミを八つ裂きにしてやれ!」
「……なっ!?」
曹長と兵士たちが、我が耳を疑った。
「だ、大尉閣下! 無謀(むぼう)です!」
曹長が、必死で食い下がる。
「どこに潜(ひそ)んでいるかも分からん狙撃手(スナイパー)相手に、この開けた場所を突撃すれば……! それこそ、敵の思う壺(つぼ)です! 標的(まと)を差し出すようなものですぞ!」
「黙れッ!」
竹下大尉が、曹長の頬を張り飛ばした。
「臆病者(おくびょうもの)めが! 貴様もあの記者に汚染(おせん)されたか!」
「小賢(こざか)しい戦術など、我が皇軍の『突撃』の前には無力だ! それを証明してやる!」
大尉は、軍刀を抜き放ち、兵士たちに命じた。
「総員、着剣(ちゃっけん)! 目標、南の稜線! 俺に続け!」
「……!」
兵士たちが、絶望的な顔で、顔を見合わせる。
それは「命令」だった。
赤痢(せきり)より、ゲリラより、あの遠くの狙撃手より、今、目の前の指揮官の「狂気」が、何よりも恐ろしかった。
「行けっ!」
数人の兵士が、死を覚悟して、土嚢から腰を上げようとする。
薫が「やめて!」と、悲鳴を上げかけた。
その、全てが「非合理」な破滅に向かおうとした瞬間。
「――待て」
坂上真一が、ゆっくりと土嚢の陰から立ち上がり、突撃しようとする兵士たちの前に、立ちはだかった。
「……み、水が!」
「止めろ! 穴を塞(ふさ)げ!」
数人の兵士が、無防備に水タンクへ駆け寄ろうとする。
「伏せろ! 遮蔽(しゃへい)物から出るな!」
坂上が、曹長(そうちょう)よりも速く号令をかけた。
「あの狙撃手(スナイパー)は、修理(リペア)に出てくる兵士を『狩る』つもりだ。あれは罠(トラップ)だ!」
その言葉を証明するかのように、パンッ!と第二射が響いた。
今度の銃弾は、修理に走ろうとした兵士の足元、数センチの地面を抉(えぐ)った。
「ひいっ!」
兵士たちは、慌(あわ)てて土嚢(どのう)の陰に転がり込む。
「……くそっ」
曹長が、悔しそうに歯噛(はが)みした。
「坂上先生の言う通りだ。我々は、完全に『釣られて』いる」
パンッ!
第三射。
今度の着弾点は、炊事場の近くに積まれていた「食料庫(乾物入れ)」の木箱だった。木箱が砕け、豆が散らばる。
パンッ!
第四射。
兵士たちが隠れる土嚢の、すぐ横に置かれていた「予備弾薬箱」の蓋(ふた)が、甲高い音を立てて弾け飛んだ。
「……!」
拠点内の兵士全員が、その恐ろしいまでの「正確さ」に息を呑(の)んだ。
負傷者は、まだ一人も出ていない。
だが、この拠点の「機能」が、水、食料、弾薬という順番で、一つずつ確実に「破壊」されていく。
それは、昨日までの「気合」で突撃してくるゲリラとは、全く異質の、冷徹な「戦術」だった。
薫(かおる)は、震えながら坂上の隣に伏せていた。
(……怖い。あの敵は、坂上さんと同じくらい『合理的』だ)
坂上は、冷静に弾着までの時間を計りながら、敵の位置を特定していく。
(……稜線(りょうせん)の南東、あの岩陰か。距離600。風は微弱。厄介(やっかい)な敵だ)
「曹長。敵は、我々が飢(う)えと渇(かわ)きで、この土嚢から這(は)い出すのを待っている。持久戦(じきゅうせん)だ」
「で、ですが、水が! あのままでは、病み上がりの連中が……!」
「慌(あわ)てるな。非効率だ。まずは……」
坂上が、曹長に「対抗策(カウンター・スナイプ)」の第一歩(陽動と観測)を命じようとした、その時だった。
「うるさあああいッ!!」
酒臭い息と共に、天幕から竹下大尉が、軍刀を振り回しながら飛び出してきた。
彼の目は、アルコールと屈辱(くつじゅ)で血走っていた。
「いつまで隠れている! 貴様ら!」
大尉は、土嚢の陰に隠れる部下たちを怒鳴りつけた。
「敵はたった一人だ! たった一人のネズミに、皇軍一個小隊が、このまま嬲(なぶ)り殺されるのを待つというのか!」
「た、大尉閣下! お下がりください! 危険です!」
曹長が叫ぶ。
「下がるな!」
竹下大尉は、拠点の中心で軍刀を天に突き刺した。
「坂上! 貴様のせいだ!」
「……!」
「貴様が『衛生』だの『合理』だの、小賢(こざか)しい理屈をこね回すから、兵士たちの『魂』が抜けてしまったのだ!」
(……ダメだ。この男、完全に『バグ』っている)
坂上が、冷ややかに呟(つぶや)く。
竹下大尉は、兵士たちを鼓舞(こぶ)するように、狂ったように叫んだ。
「聞け! 敵は一人! こちらは数十人だ!」
「あの稜線に向かって、全員で突撃(とつげき)する! 精神力で、あのネズミを八つ裂きにしてやれ!」
「……なっ!?」
曹長と兵士たちが、我が耳を疑った。
「だ、大尉閣下! 無謀(むぼう)です!」
曹長が、必死で食い下がる。
「どこに潜(ひそ)んでいるかも分からん狙撃手(スナイパー)相手に、この開けた場所を突撃すれば……! それこそ、敵の思う壺(つぼ)です! 標的(まと)を差し出すようなものですぞ!」
「黙れッ!」
竹下大尉が、曹長の頬を張り飛ばした。
「臆病者(おくびょうもの)めが! 貴様もあの記者に汚染(おせん)されたか!」
「小賢(こざか)しい戦術など、我が皇軍の『突撃』の前には無力だ! それを証明してやる!」
大尉は、軍刀を抜き放ち、兵士たちに命じた。
「総員、着剣(ちゃっけん)! 目標、南の稜線! 俺に続け!」
「……!」
兵士たちが、絶望的な顔で、顔を見合わせる。
それは「命令」だった。
赤痢(せきり)より、ゲリラより、あの遠くの狙撃手より、今、目の前の指揮官の「狂気」が、何よりも恐ろしかった。
「行けっ!」
数人の兵士が、死を覚悟して、土嚢から腰を上げようとする。
薫が「やめて!」と、悲鳴を上げかけた。
その、全てが「非合理」な破滅に向かおうとした瞬間。
「――待て」
坂上真一が、ゆっくりと土嚢の陰から立ち上がり、突撃しようとする兵士たちの前に、立ちはだかった。
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