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EP 19
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『貴様の命令では犬死にだ』(第2章クライマックス)
「――待て」
坂上真一が、ゆっくりと土嚢(どのう)の陰から立ち上がり、突撃(とつげき)しようとする兵士たちの前に、立ちはだかった。
その背中には、一切の迷いも恐怖もなかった。
「……さかがみ」
竹下大尉の、血走った目が、ゆっくりと坂上に焦点を結んだ。
「……貴様、また俺の邪魔をするか」
「どけ」
大尉が、軍刀の切っ先を、今度こそ正確に坂上の喉元(のどもと)に向けた。
「そこをどかなければ、今度こそ軍規(ぐんき)により貴様を『処分』する。指揮官への反逆(はんぎゃく)は、即時銃殺だぞ」
パンッ!
狙撃手(スナイパー)からの威嚇(いかく)射撃が、坂上の足元、数メートルの地面を抉(えぐ)った。
だが、坂上は、一歩も動かなかった。
彼は、狂気に満ちた竹下大尉を、まるで壊れた機械(システムエラー)でも見るかのように、冷ややかに見つめ返した。
「……処分? 好きにしろ」
坂上は、静かに言った。
「だが、その前に、貴官のその『非合理』な命令が何を意味するか、兵士全員に説明する必要がある」
「……何だと?」
坂上は、大尉ではなく、彼(かれ)の後ろで絶望的な顔をしている兵士たち――特に、古参の曹長(そうちょう)に向かって、声を張り上げた。
それは、もはや「記者」の声ではなかった。
何百人もの命を預かる、イージス艦長の「指揮」の声だった。
「聞け! 諸君!」
「敵は、距離600。遮蔽物(しゃへいぶつ)に隠れた狙撃手、ただ一人だ!」
「対する我々は、この開けた場所(キリングゾーン)を、数十人で、ただ真っ直ぐに突撃しようとしている!」
彼は、竹下大尉の軍刀を指さした。
「貴官らの指揮官は、それを『精神力で突破しろ』と命じた!」
「だが、その結果、何が起きるか!」
坂上は、断言した。
「先頭の5名は、100メートル進む前に狙撃される」
「次の10名は、恐怖で足が止まったところを、落ち着いて狙撃される」
「残りは、パニックに陥(おちい)り、逃げ帰ろうとした背中を撃たれて、全滅する」
「……!」
兵士たちの顔が、恐怖で引きつった。
それは「精神論」ではなく、彼らが今、まさに実行させられようとしていた「未来(げんじつ)」だった。
「これが『戦術』か?」
坂上は、竹下大尉に視線を戻した。
「違うな」
坂上は、一歩、狂気の指揮官に踏み込んだ。
そして、この昭和(しょうわ)の「非合理」そのものに向かって、陸軍省会見で叩(たた)きつけた「判決」を、今、この最前線で、再び宣告した。
「『貴様の命令では、犬死にだ』」
「…………ッ!」
竹下大尉の顔から、血の気が引いた。
東京で川上鷹司(かわかみ たかじ)中佐を激怒させた、あの禁忌(きんき)の言葉。
「い、犬死に……だと……?」
「そうだ」
坂上は、兵士たちに「選択」を迫(せま)った。
「貴様らは、この『非効率な自殺』に付き合うのか?」
「それとも、俺の『合理的』な指示に従い、生き残るか?」
「き、貴様ら! 惑(まど)わされるな!」
竹下大尉が、絶叫した。
「こいつはスパイだ! 敵だ! 俺の命令に従え! 撃て! そこの曹長! あの男を撃て!」
大尉は、古参の曹長に、坂上を射殺(しゃさつ)するよう命じた。
曹長は、震える手で、持っていた小銃(しょうじゅう)を持ち上げた。
彼の銃口は、狂ったように叫ぶ竹下大尉と、冷徹(れいてつ)に自分を見つめる坂上真一の間で、小刻みに揺れた。
「非合理」な「命令」か。
「合理的」な「生存」か。
数秒の、永遠にも思える静寂。
パンッ!
狙撃手が、焦(じ)れたように、坂上の頭上すれすれを撃ち抜いた。
その銃声が、引き金になった。
曹長は、決意した。
彼は、その銃口を、坂上ではな
く――竹下大尉の、足元(あしもと)に向けた。
「……曹長! 貴様……!」
竹下大尉が、裏切りに目を見開く。
「……もう、たくさんです」
曹長は、震える声で言った。
「大尉閣下。あんたの『精神論』は、赤痢(せきり)にも、あの狙撃手にも、通用(つうよう)しない」
「俺たちは……俺の部下たちは……!」
曹長は、坂上に向き直った。
「坂上先生! ……ご指示を!」
「……!」
それは、現場(げんば)による、指揮権の「強奪(ごうだつ)」の瞬間だった。
「非合理」な「階級(かいきゅう)」が、「合理的」な「実力(じつりょく)」に敗北した瞬間だった。
「よろしい」
坂上は、頷(うなず)いた。
彼は、もはや軍刀を握りしめたまま硬直(こうちょく)している竹下大尉を「存在しないもの」として無視した。
「全兵士に告ぐ」
坂上は、この拠点の「真(しん)の指揮官」として、最初の「合理的」な命令を下した。
「今より、対狙撃(たいそげき)作戦を開始する」
「――待て」
坂上真一が、ゆっくりと土嚢(どのう)の陰から立ち上がり、突撃(とつげき)しようとする兵士たちの前に、立ちはだかった。
その背中には、一切の迷いも恐怖もなかった。
「……さかがみ」
竹下大尉の、血走った目が、ゆっくりと坂上に焦点を結んだ。
「……貴様、また俺の邪魔をするか」
「どけ」
大尉が、軍刀の切っ先を、今度こそ正確に坂上の喉元(のどもと)に向けた。
「そこをどかなければ、今度こそ軍規(ぐんき)により貴様を『処分』する。指揮官への反逆(はんぎゃく)は、即時銃殺だぞ」
パンッ!
狙撃手(スナイパー)からの威嚇(いかく)射撃が、坂上の足元、数メートルの地面を抉(えぐ)った。
だが、坂上は、一歩も動かなかった。
彼は、狂気に満ちた竹下大尉を、まるで壊れた機械(システムエラー)でも見るかのように、冷ややかに見つめ返した。
「……処分? 好きにしろ」
坂上は、静かに言った。
「だが、その前に、貴官のその『非合理』な命令が何を意味するか、兵士全員に説明する必要がある」
「……何だと?」
坂上は、大尉ではなく、彼(かれ)の後ろで絶望的な顔をしている兵士たち――特に、古参の曹長(そうちょう)に向かって、声を張り上げた。
それは、もはや「記者」の声ではなかった。
何百人もの命を預かる、イージス艦長の「指揮」の声だった。
「聞け! 諸君!」
「敵は、距離600。遮蔽物(しゃへいぶつ)に隠れた狙撃手、ただ一人だ!」
「対する我々は、この開けた場所(キリングゾーン)を、数十人で、ただ真っ直ぐに突撃しようとしている!」
彼は、竹下大尉の軍刀を指さした。
「貴官らの指揮官は、それを『精神力で突破しろ』と命じた!」
「だが、その結果、何が起きるか!」
坂上は、断言した。
「先頭の5名は、100メートル進む前に狙撃される」
「次の10名は、恐怖で足が止まったところを、落ち着いて狙撃される」
「残りは、パニックに陥(おちい)り、逃げ帰ろうとした背中を撃たれて、全滅する」
「……!」
兵士たちの顔が、恐怖で引きつった。
それは「精神論」ではなく、彼らが今、まさに実行させられようとしていた「未来(げんじつ)」だった。
「これが『戦術』か?」
坂上は、竹下大尉に視線を戻した。
「違うな」
坂上は、一歩、狂気の指揮官に踏み込んだ。
そして、この昭和(しょうわ)の「非合理」そのものに向かって、陸軍省会見で叩(たた)きつけた「判決」を、今、この最前線で、再び宣告した。
「『貴様の命令では、犬死にだ』」
「…………ッ!」
竹下大尉の顔から、血の気が引いた。
東京で川上鷹司(かわかみ たかじ)中佐を激怒させた、あの禁忌(きんき)の言葉。
「い、犬死に……だと……?」
「そうだ」
坂上は、兵士たちに「選択」を迫(せま)った。
「貴様らは、この『非効率な自殺』に付き合うのか?」
「それとも、俺の『合理的』な指示に従い、生き残るか?」
「き、貴様ら! 惑(まど)わされるな!」
竹下大尉が、絶叫した。
「こいつはスパイだ! 敵だ! 俺の命令に従え! 撃て! そこの曹長! あの男を撃て!」
大尉は、古参の曹長に、坂上を射殺(しゃさつ)するよう命じた。
曹長は、震える手で、持っていた小銃(しょうじゅう)を持ち上げた。
彼の銃口は、狂ったように叫ぶ竹下大尉と、冷徹(れいてつ)に自分を見つめる坂上真一の間で、小刻みに揺れた。
「非合理」な「命令」か。
「合理的」な「生存」か。
数秒の、永遠にも思える静寂。
パンッ!
狙撃手が、焦(じ)れたように、坂上の頭上すれすれを撃ち抜いた。
その銃声が、引き金になった。
曹長は、決意した。
彼は、その銃口を、坂上ではな
く――竹下大尉の、足元(あしもと)に向けた。
「……曹長! 貴様……!」
竹下大尉が、裏切りに目を見開く。
「……もう、たくさんです」
曹長は、震える声で言った。
「大尉閣下。あんたの『精神論』は、赤痢(せきり)にも、あの狙撃手にも、通用(つうよう)しない」
「俺たちは……俺の部下たちは……!」
曹長は、坂上に向き直った。
「坂上先生! ……ご指示を!」
「……!」
それは、現場(げんば)による、指揮権の「強奪(ごうだつ)」の瞬間だった。
「非合理」な「階級(かいきゅう)」が、「合理的」な「実力(じつりょく)」に敗北した瞬間だった。
「よろしい」
坂上は、頷(うなず)いた。
彼は、もはや軍刀を握りしめたまま硬直(こうちょく)している竹下大尉を「存在しないもの」として無視した。
「全兵士に告ぐ」
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