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第二章 軍法
EP 2
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川上による「合理的」な罰
川上鷹司は、目の前の「怪物」を、どう処分すべきか瞬時に計算していた。
(……軍法会議にかけるか?)
いや、ダメだ。
この男、坂上真一は、その「合理主義」とやらで、赤痢を制圧し、狙撃手(スナイパー)を排除し、結果として一個小隊の「損失をゼロ」にした。
軍法会議の場で、その「事実(データ)」を突きつけられたら、竹下大尉の「精神論」は、より惨めな形で粉砕される。
それは、陸軍の「威信」に関わる。
(では、「事故」に見せかけて消すか?)
それも、違う。
この男の「危険性」を、自分だけが理解している。
ここで「非公」に消しては、また同じ「バグ」がどこかで発生するかもしれん。
(ならば……)
川上は、坂上の、あの冷え切った目を思い出した。
(……こいつが、最も「嫌がる」罰を与える)
死か?
自由か?
どちらも、この男には「罰」にならん。
川上は、三日間の「尋問記録」を、まるで無価値な紙屑のように、テーブルの端に押しやった。
「……貴様の理屈は、分かった」
川上は、静かに言った。
坂上の眉が、わずかに動いた。
「……データ(事実)を、承認するという意味か」
「勘違いするな」
川上は、テーブルに両手をつき、坂上の顔を、蛇のような目で覗き込んだ。
「軍法会議は、開かれん」
(……!)
坂上の思考が、一瞬停止した。
(非効率だ。
なぜだ? 指揮権の強奪。反逆罪。「カード」は向こうが揃えている。
それを、なぜ放棄する?
……罠(トラップ)だ)
「……合理的な判断とは思えん」
坂上が、冷静さを装って返した。
「そうだろうな」
川上は、初めて、嘲笑とも呼べない、冷たい笑いを浮かべた。
「貴様の『物差し)』では、計れんだろう」
「公式の理由は、『証拠不十分』だ。
竹下大尉は、北支での失態と『横領』の廉で、現在、満州の別部隊に転属となった。
……貴様を『裁く』ための、重要な証人が、消えた」
「……」
(……薫の渡した『裏帳簿』か。
川上は、竹下の『横領』を公にするより、坂上の『反逆』を不問にし、両方を『処理』する道を選んだ。
……なるほど。組織防衛としては、合理的だ)
坂上は、一瞬で状況を理解した。
「よって、坂上真一」
川上は、尋問室の扉に向かって、ゆっくりと歩きだした。
「貴様は、本日付けで、釈放だ」
「……釈放?」
(……まだだ。まだ、何かある)
坂上は、動じなかった。
「釈放し、このまま『自由』にする、と。
それこそ、貴官にとって、最も『非効率』な判断に思えるが」
川上の足が、扉の前で止まった。
彼は、ゆっくりと振り返った。
「……さすがに、話が早いな。『怪物』」
川上は、言った。
「貴様のような男を、このまま『自由』にするほど、俺も非合理的ではない」
「かと言って、『事故』に見せかけて『消す』のも、つまらん」
「……貴様のような『合理主義者』に、最もふさわしい『罰』を与えねば、俺の気が済まん」
「……罰だと?」
「そうだ」
川上は、この三日間で、ようやく「答え」を見つけた、という顔をしていた。
「貴様が、最も嫌い、最も軽蔑する『場所』。
……貴様は、『死ぬ』のではない。
『生きて、働いてもらう』」
川上は、坂上が「記者」だということを、思いだしていた。
「帝都日報には、話をつけてある」
「……!」
「貴様のその『優秀な頭脳』とやらを、この帝都で、存分に腐らせてもらう」
「行け。釈放だ」
川上は、憲兵に扉を開けさせた。
「……そして、自分の『価値』が、この社会からどう『査定』されたか。
明日、貴様の『職場』で、その目で確認するがいい」
ガチャン、と。
鉄の扉が閉まる。
坂上は、地下室に一人残された。
三日ぶりに、外の光の下へ出られる。
だが、それは「勝利」ではなかった。
(……『職場』だと?)
川上が仕掛けた、次の「非効率」な「檻」。
その全貌が、坂上にはまだ、見えていなかった。
川上鷹司は、目の前の「怪物」を、どう処分すべきか瞬時に計算していた。
(……軍法会議にかけるか?)
いや、ダメだ。
この男、坂上真一は、その「合理主義」とやらで、赤痢を制圧し、狙撃手(スナイパー)を排除し、結果として一個小隊の「損失をゼロ」にした。
軍法会議の場で、その「事実(データ)」を突きつけられたら、竹下大尉の「精神論」は、より惨めな形で粉砕される。
それは、陸軍の「威信」に関わる。
(では、「事故」に見せかけて消すか?)
それも、違う。
この男の「危険性」を、自分だけが理解している。
ここで「非公」に消しては、また同じ「バグ」がどこかで発生するかもしれん。
(ならば……)
川上は、坂上の、あの冷え切った目を思い出した。
(……こいつが、最も「嫌がる」罰を与える)
死か?
自由か?
どちらも、この男には「罰」にならん。
川上は、三日間の「尋問記録」を、まるで無価値な紙屑のように、テーブルの端に押しやった。
「……貴様の理屈は、分かった」
川上は、静かに言った。
坂上の眉が、わずかに動いた。
「……データ(事実)を、承認するという意味か」
「勘違いするな」
川上は、テーブルに両手をつき、坂上の顔を、蛇のような目で覗き込んだ。
「軍法会議は、開かれん」
(……!)
坂上の思考が、一瞬停止した。
(非効率だ。
なぜだ? 指揮権の強奪。反逆罪。「カード」は向こうが揃えている。
それを、なぜ放棄する?
……罠(トラップ)だ)
「……合理的な判断とは思えん」
坂上が、冷静さを装って返した。
「そうだろうな」
川上は、初めて、嘲笑とも呼べない、冷たい笑いを浮かべた。
「貴様の『物差し)』では、計れんだろう」
「公式の理由は、『証拠不十分』だ。
竹下大尉は、北支での失態と『横領』の廉で、現在、満州の別部隊に転属となった。
……貴様を『裁く』ための、重要な証人が、消えた」
「……」
(……薫の渡した『裏帳簿』か。
川上は、竹下の『横領』を公にするより、坂上の『反逆』を不問にし、両方を『処理』する道を選んだ。
……なるほど。組織防衛としては、合理的だ)
坂上は、一瞬で状況を理解した。
「よって、坂上真一」
川上は、尋問室の扉に向かって、ゆっくりと歩きだした。
「貴様は、本日付けで、釈放だ」
「……釈放?」
(……まだだ。まだ、何かある)
坂上は、動じなかった。
「釈放し、このまま『自由』にする、と。
それこそ、貴官にとって、最も『非効率』な判断に思えるが」
川上の足が、扉の前で止まった。
彼は、ゆっくりと振り返った。
「……さすがに、話が早いな。『怪物』」
川上は、言った。
「貴様のような男を、このまま『自由』にするほど、俺も非合理的ではない」
「かと言って、『事故』に見せかけて『消す』のも、つまらん」
「……貴様のような『合理主義者』に、最もふさわしい『罰』を与えねば、俺の気が済まん」
「……罰だと?」
「そうだ」
川上は、この三日間で、ようやく「答え」を見つけた、という顔をしていた。
「貴様が、最も嫌い、最も軽蔑する『場所』。
……貴様は、『死ぬ』のではない。
『生きて、働いてもらう』」
川上は、坂上が「記者」だということを、思いだしていた。
「帝都日報には、話をつけてある」
「……!」
「貴様のその『優秀な頭脳』とやらを、この帝都で、存分に腐らせてもらう」
「行け。釈放だ」
川上は、憲兵に扉を開けさせた。
「……そして、自分の『価値』が、この社会からどう『査定』されたか。
明日、貴様の『職場』で、その目で確認するがいい」
ガチャン、と。
鉄の扉が閉まる。
坂上は、地下室に一人残された。
三日ぶりに、外の光の下へ出られる。
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その全貌が、坂上にはまだ、見えていなかった。
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