『「貴様の命令では犬死にだ」 50歳のイージス艦長、昭和(1935)に転生。非効率な精神論を殴り飛ばし、日本を魔改造する』

月神世一

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第二章 軍法

EP 1

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東京の「檻」
1935年、秋。
坂上真一が、軍用トラックで東京に「送還」されてから三日。
彼がいたのは、帝都日報の編集局でも、あの埃っぽい安アパートでもなかった。
霞が関、憲兵隊本部。
湿ったカビの匂いと、古い紙が腐敗したような独特の埃っぽさが漂う、窓のない地下の尋問室。
裸電球が、テーブルに座る坂上の無表情な顔と、彼を尋問する憲兵の顔を、不気味に照らしていた。
ここが、今の彼の「職場」であり、「檻」だった。
「……それで、背後には誰がいる?」
目の前の憲兵曹長が、この三日間で、恐らく20回は繰り返したであろう質問を、再び口にした。
「アカの扇動か? それともソ連の指示か?」
(……非効率だ)
坂上は、心の中だけで、冷ややかにため息をついた。
(尋問プロセスが、根本的に非合理的だ。同じ質問を繰り返しても、新しいデータは得られない。相手(リソース)が疲弊するだけだ)
彼は、この「檻」のシステムを分析していた。
ここは、北支の拠点以上に、劣悪な「閉鎖空間」だった。
換気は最悪。照明は暗く、提供される食事(麦飯と塩辛い沢庵)は、兵站維持の観点から最低レベルだ。
そして何より、不味いコーヒーすら手に入らない。
「答えんか、坂上!」
「質問の意図が不明だ」
坂上は、50歳のイージス艦長が、無能な部下を詰る時の、あの温度のない声で答えた。
「背後に組織はない。思想もない」
「ふざけるな! 貴様は、北支で竹下大尉の指揮権を強奪した! 兵士を扇動し、『犬死にだ』と皇軍を侮辱した! これは、明らかな反逆だぞ!」
「事実誤認だ」
坂上は、淡々と「バグ」を修正した。
「第一。兵士を扇動したのではない。彼らが、非合理な『精神論』による全滅より、合理的な『戦術』による生存を、自ら選択しただけだ」
「第二。指揮権を強奪したのではない。指揮官が機能不全(フリーズ)に陥ったため、現場の曹長が、より効率的な指示系統を『合理的』に承認したに過ぎない」
「……なっ!」
憲兵は、この男が何を言っているのか、理解が追いつかなかった。
反省も、恐怖も、思想もない。
ただ、冷たい「理屈」だけが、返ってくる。
ガチャン、と。
その時、重い鉄の扉が開く音がした。
「……ご苦労」
その声に、憲兵曹長が、椅子から転げ落ちそうになりながら直立不動の姿勢をとった。
「た、大佐閣下! ご苦労であります!」
(……いや、中佐か)
坂上は、音だけで階級と状況を判断していた。
「下がっていい。ここからは俺がやる」
「はっ!」
憲兵が慌てて退室していく。
一人で部屋に入ってきた男。
地下室の淀んだ空気が、その男が持ち込んだ「殺気」にも似た冷気で、引き締まった。
陸軍参謀本部、川上鷹司中佐だった。
川上は、テーブルを挟んで、坂上の真正面に立った。
あの会見室での「屈辱」の時と同じ、傲岸な、しかし今回は氷のように冷たい視線だった。
「……坂上真一。ようやく会えたな」
川上の声には、奇妙なほどの静けさがあった。
「北支では、ずいぶんと『合理的』にやらかしたそうじゃないか」
「事実に基づき、兵士の『犬死に』を回避したまでです」
坂上は、拘束されているにもかかわらず、その態度を一切崩さなかった。
「……その『犬死に』という言葉だ」
川上は、テーブルに、あの竹下大尉からの「上申書」を叩きつけた。
「貴様は、この国の軍人の『死』を、『犬死に』と呼ぶのか」
「非効率な指揮によって失われる命は、全て『犬死に』だ。俺は、そう定義している」
「……!」
川上は、確信した。
目の前の男は、アカではない。
アカなら、もっと「情熱」がある。
狂人でもない。狂人なら、もっと支離滅裂だ。
この男は、違う。
彼の中には、思想も、情熱も、恐怖もない。
ただ、冷え切った「合理」という名の「物差し」だけがあり、
その「物差し」で、この国の「魂」そのものである「精神論」を、躊躇いもなく「非効率」と切り捨てている。
(……これは)
川上は、初めて、得体の知れない「恐怖」に近い感情を抱いた。
(……アカよりも危険だ。
こいつは、この国の『OS』そのものに感染する『バグ』だ)
(……『合理主義』という名の、『怪物』だ)
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