『「貴様の命令では犬死にだ」 50歳のイージス艦長、昭和(1935)に転生。非効率な精神論を殴り飛ばし、日本を魔改造する』

月神世一

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第二章 軍法

EP 11

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『数字』の爆弾、完成
翌朝。
帝都日報、地下二階、資料室。
坂上真一の精神は、50歳のイージス艦長(コマンダー)として、完全に「覚醒」していた。
昨夜、薫が届けた「燃料(雑炊)」は、彼の「非効率」な栄養状態を劇的に改善し、脳の処理速度を最大まで引き上げていた。
そして、あのオニオンスキンの紙に書かれた「数字(データ)」――それは、この「紙の墓場」を「最強の武器庫」に変える、最後の「点火キー」だった。
(……川上の、最大の失策だ)
坂上は、埃まみれの作業着のまま、紙の山に埋もれた自分の「デスク」(という名の、古新聞を積み上げた台)にいた。
彼は、もはや「整理作業」などしていない。
彼は、「爆弾」を製造していた。
手元には、昨夜のオニオンスキンの紙が広げられている。
【独逸・SKF社製 BB(ボールベアリング): ××トン(海軍航空本部向け・非公式発注分含む)】
その数字を基準点(ゼロ)として、坂上の万年筆は、資料室から抜き出してきた膨大な「過去のデータ」の冊子の上を、猛烈な勢いで滑り始めた。
「……航空機用エンジンの、最大生産可能数は、この『ベアリング輸入量』に規定される」
彼の脳が、21世紀の知識(システムダイナミクス)で、昭和の数字(データ)を再構築していく。
「生産可能エンジン数が、年間『Y』。
対して、昭和七年の『鉄鋼生産統計』から導き出される、機体の生産可能数は、『Z』。
……すでに、ここで『1.5』のズレ(ボトルネック)が発生している」
「非効率だ。リソースの配分が、最初から間違っている」
彼のペンは止まらない。
【大正八年 石油輸入統計】
【昭和五年 船舶保有トン数一覧】
「……全エネルギーの九割を、米国からの輸入タンカーに依存。
この『海上輸送路(シーレーン)』を、21世紀の『対潜戦術(潜水艦による通商破壊)』で攻撃した場合の、損失率は……」
坂上は、そこに「20%」という、この時代の海軍が(対潜ソナーの欠如故に)想定すらしていないであろう、致命的な「数字」を書き込んだ。
ギィ……と、資料室の扉が、わずかに開いた。
監視の特高が、中の様子を窺っている。
特高の目に映ったのは、あの「狂人記者」が、埃だらけの山の中で、頭を抱えて、ただ無意味な「紙の整理」に疲弊している、哀れな姿だけだった。
(……フン。飼い殺しが、お似合いだ)
特高は、興味を失い、扉を閉めた。
その「完璧なカモフラージュ」の下で、坂上は、最後の計算を終えていた。
彼は、一枚の、まっ新な紙を取り出した。
そして、その「結論」を、万年筆で、一文字ずつ、刻み込んだ。
【対米戦シミュレーション:最終報告】
 * 前提:日米開戦を「1941年」と仮定
 * 第一予測:海上輸送路の損失率20%により、石油備蓄、1943年末に枯渇開始
 * 第二予測:ボールベアリング輸入途絶により、高性能エンジンの生産能力、1944年初頭に機能不全
 * 第三予測:鉄鋼及びアルミニウム生産能力の限界値到達
そして、最後の一行。
 * 結論:
   1944年、春。
   日本の工業生産力は、組織的戦闘の継続が不可能なレベル(前年比10%以下)にまで低下し、
   組織的『敗北』に至る
「…………」
坂上は、その「死刑宣告書」を、静かに見つめていた。
それは、彼の「21世紀の知識」が、この「昭和のデータ(事実)」と、完全に一致した瞬間だった。
彼は、この数枚の「爆弾」を、埃だらけの棚にあった、一番退屈そうな『明治三十年 蚕糸業 統計報告書』という、分厚い本の表紙裏に、慎重に隠した。
(……爆弾は、完成した)
(あとは、起爆スイッチを押す、あの『共犯者』の準備を待つだけだ)
坂上は、音を立てずに立ち上がると、何事もなかったかのように、埃っぽい「過去の紙の山」の整理作業に、戻っていった。
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