『「貴様の命令では犬死にだ」 50歳のイージス艦長、昭和(1935)に転生。非効率な精神論を殴り飛ばし、日本を魔改造する』

月神世一

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第二章 軍法

EP 12

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計画の成就に向けて 薫の決断
ターゲット、山本五十六(もう一人の主人公)
数日が経った。
陸軍省のタイピスト室は、変わらず機械的な打鍵音に満ちていた。
だが、早乙女薫の心は、この「日常」から、遠く離れていた。
(……坂上さんは、待っている)
彼女は、あの「爆弾」を完成させるための「部品(データ)」を渡した。
次は、彼女が、その「爆弾」を仕掛ける「場所」と「時間」を、確保する番だった。
ターゲットは、海軍次官・山本五十六。
(……どうやって?)
彼女は、陸軍の末端の嘱託タイピスト。
山本は、霞が関の雲の上の存在。
父のコネである大蔵省の菊池は、「二度と来るな」と釘を刺した。
菊池自身が、特高の監視対象になっている。
(……別のルートを探すしかない)
その日、薫は再び「腹痛」を理由に早退すると、父の、もう一人の学友だった、大学の老教授の私邸を訪ねていた。
「……薫君。気持ちは、痛いほど分かる」
老教授は、彼女の話を遮るように、疲れ切った顔で言った。
「だが、無理だ。……今、君が接触した菊池君の周辺を、特高が嗅ぎ回っているのを、知っているかね?」
「……!」
薫は、息を呑んだ。
「君のお父上が追われた時よりも、『空気』は、悪くなっている」
老教授は、窓の外――通りを、勇ましい軍歌と共に行進していく、在郷軍人会のデモ隊――を、憎々しげに一瞥した。
「見たまえ。あれが『正義』だ。
あの『熱狂』の前では、菊池君の『数字』も、君の『合理』も、意味をなさん」
「……」
「私に、君を助ける力はない。すまないが、帰ってくれ。……君も、もう、二度と来ない方がいい」
薫は、冷たい絶望と共に、老教授の家を後にした。
「父のコネ」というルートは、完全に断たれた。
彼女が、とぼとぼと大通りに出ると、先ほどの「熱狂」のデモ隊が、国旗の波を作って通り過ぎていった。
「皇軍万歳!」「鬼畜米英!」
だが、その「熱狂」のすぐ脇で。
彼女は、まったく別の「行列」を目にした。
米屋の前に、黙って並ぶ、疲れた顔の主婦たちの行列だった。
「砂糖が入らない」「米も配給が減らされる」。
ラジオが作る「熱狂」と、坂上に届けた雑炊の「現実(生活苦)」が、そこで、歪にいびつに交差していた。
(……この「矛盾」を、あの人だけが、「数字」で証明しようとしている)
(私が、諦めるわけには、いかない)
薫は、陸軍省に戻った。
もう、誰にも頼れない。
自分の「力」で、やるしかない。
彼女は、自分のデスクで、タイピストとしての「武器」――陸軍内部の膨大な「スケジュール(予定表)」――に、目を通し始めた。
(山本次官が、陸軍省に来る予定は……ない)
(海軍省に、私が乗り込む? 門前払いだ)
(……どこか。
どこかで、彼が、あの「鉄壁の要塞」から、外に出る瞬間は……)
彼女は、何十枚もの、退屈な「会議日程表」を、狂ったようにめくっていった。
そして。
彼女の指が、一枚の紙の上で、止まった。
【陸海軍 共同 予算折衝 会議】
 * 日時: 昭和十年 十一月 十五日 午前十時
 * 場所: 帝国ホテル 「桜ノ間」
 * 出席者: (陸軍側) 川上鷹司 中佐 ……他
 * (海軍側) 山本五十六 次官 ……他
「…………!」
薫は、息を呑んだ。
これだ。
山本五十六が、海軍省という「要塞」から、外に出る。
場所は、帝国ホテル。
軍事施設ではない。警備は厳しいだろうが、「民間」の場所だ。
……そして、最悪なことに、宿敵である川上も、同席する。
(……時間がない)
(この会議が始まる「前」)
(彼が、車を降りて、会議室に「入る」まで)
(……その「数分」に、賭ける!)
薫は、もはや「タイピスト」ではなかった。
彼女は、坂上に「起爆の時間」を伝えるため、陸軍省の電話交換室へと、静かに席を立った。
彼女は、交換手に、帝都日報の代表番号を告げた。
「……帝都日報の、資料室をお願いします」
「……え? 資料室に、ご用ですか?」
「はい。『古い新聞の写真』の、在庫確認を、至急で」
薫は、受話器を握りしめ、あの、眠そうな老社員が出ることを祈った。
(……坂上さん。受け取って)
「……はい、資料室……古株だが……」
「もしもし! 私、雑誌社の者ですが!」
薫は、声を、甲高く、非効率なほど慌てた「女の事務員」に変えた。
「至急! 至急の写真が必要なんです!」
「……はあ」
「『帝国ホテル』の、『正面玄関』の写真!
来週の、『金曜日(十一月十五日)』の、『午前十時』までに、必ず要るんです!
……必ず、その時間までに、お願いします!」
薫は、一方的に、それだけを叫ぶと、電話を叩き切った。
(……伝わって)
彼女は、震える手を、固く握りしめた。
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