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第二章 軍法
EP 17
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帝国ホテル、午前九時四十五分
帝国ホテル、正面ロビー。
そこは、坂上のいた「紙の墓場」とは対極の、眩い光と、磨き込まれた大理石、そして「権力」の匂いが充満する、別の世界だった。
早乙女薫は、その空間の片隅で、場違いな置物のように立ち尽くしていた。
胸に付けた偽造の「東邦経済雑誌」の記者バッジが、まるで焼け火箸のように、彼女の胸をチリチリと焦がす。
(……来た)
彼女の視線の先。
本物の、大手新聞社の記者たちが、この陸海軍の予算折衝という「大ネタ」を待ち構え、品のない雑談を交わしている。
そして、その記者たちを、獲物を定める鷹のように、ロビーの柱の陰から「監視」する、スーツ姿の男たち。
(……特高と、憲兵隊……!)
薫は、息を呑んだ。
警備のレベルが、想像を遥かに超えていた。
ただの会議ではない。これは、陸海軍の「戦争」の、前哨戦だ。
(……坂上さん。
こんな所に、どうやって……。
あの「紙の墓場」から、どうやって……)
彼女の任務は、坂上が辿り着いた時、彼が山本五十六に接触できる、その「一瞬」を、確実に作り出すこと。
だが、この鉄壁の布陣を前に、彼女の足は、恐怖で床に縫い付けられそうだった。
午前九時五十分
ロビーの空気が、一瞬で引き締まった。
正面の回転扉に、黒塗りの陸軍の車が、滑り込んだ。
扉が開き、軍靴の音と共に、一人の男が、傲然とロビーに足を踏み入れた。
「……!」
薫は、息を止めた。
川上鷹司中佐。
軍服は、寸分の隙もなく磨き上げられ、彼の全身からは「精神論」の権化のような、威圧的なオーラが放たれていた。
彼は、集まった記者たちを、まるでゴミでも見るかのように一瞥すると、会議室「桜ノ間」へと、側近だけを連れて歩き始めた。
その、直後。
まるで、川上の「威圧」を嫌うかのように、間を置いて、二台目の車が到着した。
海軍の車だ。
回転扉から現れた男に、記者たちのフラッシュが一斉に焚かれた。
山本五十六。
川上とは、対極だった。
彼は、まるで大学教授のような、静かな、しかし、底の知れない「合理性」を湛えた目で、ロビーをスキャンするように見渡した。
彼は、この「お祭り騒ぎ」を、心底うんざりしている、という顔だった。
「……山本次官!」
「予算について一言!」
記者たちが、殺到しようとする。
だが、海軍の側近と、ホテルの警備員が、分厚い「壁」を作り、山本を「桜ノ間」へと誘導していく。
(……動いた!)
薫の心臓が、跳ね上がった。
山本の一団が、今、彼女の隠れている柱の、すぐ横を通り過ぎようとしている。
(……今しかない!)
(……でも、坂上さんは、どこ!?)
薫が、決死の覚悟で、一歩を踏み出そうとした、その時。
ウウウウウーーーーッ!!
外で、けたたましい「サイレン」の音が鳴り響いた!
一台ではない。複数の、特高警察のトラックが、帝国ホテルの正面玄関に、急ブレーキをかけて停止した!
「何事だ!?」
「テロか!?」
ロビーは、一瞬でパニックに陥った。
記者たちも、陸海軍の警備も、その「外」からの、予期せぬ「脅威」に、全ての意識を奪われた。
川上が、苛立たしげに「何をしている!」と叫ぶ。
山本が、「……」と、面白くないものを見る目で、玄関を睨む。
(……! 坂上さん!)
薫は、悟った。
(……捕まった!?
いや、違う!
……あれは、坂上さんを追ってきた「警報」だ!)
坂上は、もう、この「中」にいる!
そして、彼の「脱獄」が、今、バレたのだ!
特高が、ロビーになだれ込んでくる、その直前。
坂上の「合理性」が、最大の「非合理(=パニック)」を、引き起こした。
「……!」
薫は、山本の「壁」が、一瞬だけ、外の騒ぎに気を取られて、崩れたのを、見逃さなかった。
(……今!!)
帝国ホテル、正面ロビー。
そこは、坂上のいた「紙の墓場」とは対極の、眩い光と、磨き込まれた大理石、そして「権力」の匂いが充満する、別の世界だった。
早乙女薫は、その空間の片隅で、場違いな置物のように立ち尽くしていた。
胸に付けた偽造の「東邦経済雑誌」の記者バッジが、まるで焼け火箸のように、彼女の胸をチリチリと焦がす。
(……来た)
彼女の視線の先。
本物の、大手新聞社の記者たちが、この陸海軍の予算折衝という「大ネタ」を待ち構え、品のない雑談を交わしている。
そして、その記者たちを、獲物を定める鷹のように、ロビーの柱の陰から「監視」する、スーツ姿の男たち。
(……特高と、憲兵隊……!)
薫は、息を呑んだ。
警備のレベルが、想像を遥かに超えていた。
ただの会議ではない。これは、陸海軍の「戦争」の、前哨戦だ。
(……坂上さん。
こんな所に、どうやって……。
あの「紙の墓場」から、どうやって……)
彼女の任務は、坂上が辿り着いた時、彼が山本五十六に接触できる、その「一瞬」を、確実に作り出すこと。
だが、この鉄壁の布陣を前に、彼女の足は、恐怖で床に縫い付けられそうだった。
午前九時五十分
ロビーの空気が、一瞬で引き締まった。
正面の回転扉に、黒塗りの陸軍の車が、滑り込んだ。
扉が開き、軍靴の音と共に、一人の男が、傲然とロビーに足を踏み入れた。
「……!」
薫は、息を止めた。
川上鷹司中佐。
軍服は、寸分の隙もなく磨き上げられ、彼の全身からは「精神論」の権化のような、威圧的なオーラが放たれていた。
彼は、集まった記者たちを、まるでゴミでも見るかのように一瞥すると、会議室「桜ノ間」へと、側近だけを連れて歩き始めた。
その、直後。
まるで、川上の「威圧」を嫌うかのように、間を置いて、二台目の車が到着した。
海軍の車だ。
回転扉から現れた男に、記者たちのフラッシュが一斉に焚かれた。
山本五十六。
川上とは、対極だった。
彼は、まるで大学教授のような、静かな、しかし、底の知れない「合理性」を湛えた目で、ロビーをスキャンするように見渡した。
彼は、この「お祭り騒ぎ」を、心底うんざりしている、という顔だった。
「……山本次官!」
「予算について一言!」
記者たちが、殺到しようとする。
だが、海軍の側近と、ホテルの警備員が、分厚い「壁」を作り、山本を「桜ノ間」へと誘導していく。
(……動いた!)
薫の心臓が、跳ね上がった。
山本の一団が、今、彼女の隠れている柱の、すぐ横を通り過ぎようとしている。
(……今しかない!)
(……でも、坂上さんは、どこ!?)
薫が、決死の覚悟で、一歩を踏み出そうとした、その時。
ウウウウウーーーーッ!!
外で、けたたましい「サイレン」の音が鳴り響いた!
一台ではない。複数の、特高警察のトラックが、帝国ホテルの正面玄関に、急ブレーキをかけて停止した!
「何事だ!?」
「テロか!?」
ロビーは、一瞬でパニックに陥った。
記者たちも、陸海軍の警備も、その「外」からの、予期せぬ「脅威」に、全ての意識を奪われた。
川上が、苛立たしげに「何をしている!」と叫ぶ。
山本が、「……」と、面白くないものを見る目で、玄関を睨む。
(……! 坂上さん!)
薫は、悟った。
(……捕まった!?
いや、違う!
……あれは、坂上さんを追ってきた「警報」だ!)
坂上は、もう、この「中」にいる!
そして、彼の「脱獄」が、今、バレたのだ!
特高が、ロビーになだれ込んでくる、その直前。
坂上の「合理性」が、最大の「非合理(=パニック)」を、引き起こした。
「……!」
薫は、山本の「壁」が、一瞬だけ、外の騒ぎに気を取られて、崩れたのを、見逃さなかった。
(……今!!)
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