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第二章 軍法
EP 18
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海軍省への「強行突破」
午前九時五十一分。
帝国ホテル、正面ロビー。
特高警察のサイレンが、豪華なシャンデリアの光を、醜いパニックで赤く染めた。
「何事だッ!」
「ホテルを封鎖しろ! 全員、動くな!」
特高の部隊が、怒号と共にロビーになだれ込んでくる。
記者たちは、陸海軍の「衝突」ではなく、警察の「介入」という、想定外の「大ネタ」に、興奮してフラッシュを焚いた。
陸海軍の警備兵たちは、反射的に、自分たちの上官――川上と山本――を守るため、その「外部からの脅威(特高)」に対し、人の壁を作った。
「馬鹿な!」
川上鷹司は、自分が主宰する会議の「格」を、無能な警察組織に汚されたことに、激しい怒りを覚えた。
「私の会議を、妨害する気か!」
一方、山本五十六は、動じなかった。
彼は、この「非効率な騒ぎ」に、心底うんざりした目で、特高の指揮官が誰かを探していた。
早乙女薫だけが、真実を理解していた。
(……! 坂上さん!)
(彼の「脱獄」が、バレた!)
(……そして、この「騒ぎ」こそが、彼が突く、最大の「バグ」!)
薫は見た。
山本を守る海軍の側近たちが、全員、敵である「特高」がなだれ込んでくる「正面玄関」に、意識を集中しているのを。
山本の「背後(=ロビーの内側)」が、一瞬、完全に「無防備」になった。
(……今!)
薫が、決死の覚悟で一歩を踏み出し、「山本閣下!」と叫ぼうとした、まさにその瞬間。
「――山本次官」
声は、彼女ではなかった。
ロビーの喧騒を、スーッと貫くような、冷たく、静かな声だった。
「!」
山本五十六が、驚きに目を見開いて、振り返った。
側近たちの「壁」を、まるで幽霊のようにすり抜け、一人の男が、彼の、一メートル以内に立っていた。
それは、「記者」でも「逃亡者」でもない。
銭湯で「調達」した、地味だが、きちんとプレスされたスーツに身を包んだ、
「一介の、ビジネスマン」の姿をした、
坂上真一だった。
彼は、特高から逃げも隠れもしていなかった。
彼は、騒ぎが起こる「前」から、このロビーに「潜入」し、この「カオス(混沌)」の瞬間を、待っていたのだ。
「……君は、誰だ」
山本が、この異常事態に、声を低くする。
坂上は、何も答えなかった。
彼は、ただ、あの『明治三十年 蚕糸業 統計報告書』――油紙に包まれた、分厚い「爆弾」――を、山本の胸に、強く押し付けた。
山本は、反射的に、その「重い本」を受け取ってしまった。
「未来の『損失率』です」
坂上は、山本の目だけを見て、言った。
「貴官が、この国を『非合理』な戦争に突入させる前に、読むべき『コスト(代償)』だ」
その、瞬間だった。
「――坂上ッ!!」
川上鷹司が、その「声」に、そして、その「顔」に、気づいた。
自分が「飼い殺し」にしたはずの「怪物」が、今、宿敵である山本と、密談している。
川上の顔が、怒りと屈辱で、真っ赤に染まった。
同時に、特高の指揮官も、ロビーの中に紛れ込んでいた「本物のターゲット」を、ついに発見した。
「そこだ! 坂上真一だ! 捕えろォ!」
特高の警官たちが、記者たちを押し退け、山本ごと、坂上に殺到した。
海軍の側近たちも、慌てて「次官から離れろ!」と、坂上につかみかかる。
だが、坂上は、一切抵抗しなかった。
彼の「作戦」は、完了した。
彼は、数人の特高に腕をひねり上げられ、大理石の床に、乱暴に押し付けられた。
記者たちのフラッシュが、その「逮捕の瞬間」を、狂ったように焼き付ける。
「……!」
川上は、床に押さえつけられた坂上を見下ろし、勝利のはずの表情を、歪めていた。
早乙女薫は、柱の陰で、震えながら、その全てを見届けた。
坂上は、捕まった。
作戦は、失敗したかに見えた。
だが。
彼女の視線は、その「カオス(混沌)」の中心に、一人、静かに立ち尽くす男――山本五十六――に、釘付けになっていた。
山本は、押し付けられた、あの、埃っぽい『蚕糸業 統計報告書』を、
決して、手から離さなかった。
彼は、特高に連行されていく坂上の、無抵抗な背中と、
手の中の「爆弾」を、
深い、深い、値踏みするような目で、
ただ、見つめていた。
午前九時五十一分。
帝国ホテル、正面ロビー。
特高警察のサイレンが、豪華なシャンデリアの光を、醜いパニックで赤く染めた。
「何事だッ!」
「ホテルを封鎖しろ! 全員、動くな!」
特高の部隊が、怒号と共にロビーになだれ込んでくる。
記者たちは、陸海軍の「衝突」ではなく、警察の「介入」という、想定外の「大ネタ」に、興奮してフラッシュを焚いた。
陸海軍の警備兵たちは、反射的に、自分たちの上官――川上と山本――を守るため、その「外部からの脅威(特高)」に対し、人の壁を作った。
「馬鹿な!」
川上鷹司は、自分が主宰する会議の「格」を、無能な警察組織に汚されたことに、激しい怒りを覚えた。
「私の会議を、妨害する気か!」
一方、山本五十六は、動じなかった。
彼は、この「非効率な騒ぎ」に、心底うんざりした目で、特高の指揮官が誰かを探していた。
早乙女薫だけが、真実を理解していた。
(……! 坂上さん!)
(彼の「脱獄」が、バレた!)
(……そして、この「騒ぎ」こそが、彼が突く、最大の「バグ」!)
薫は見た。
山本を守る海軍の側近たちが、全員、敵である「特高」がなだれ込んでくる「正面玄関」に、意識を集中しているのを。
山本の「背後(=ロビーの内側)」が、一瞬、完全に「無防備」になった。
(……今!)
薫が、決死の覚悟で一歩を踏み出し、「山本閣下!」と叫ぼうとした、まさにその瞬間。
「――山本次官」
声は、彼女ではなかった。
ロビーの喧騒を、スーッと貫くような、冷たく、静かな声だった。
「!」
山本五十六が、驚きに目を見開いて、振り返った。
側近たちの「壁」を、まるで幽霊のようにすり抜け、一人の男が、彼の、一メートル以内に立っていた。
それは、「記者」でも「逃亡者」でもない。
銭湯で「調達」した、地味だが、きちんとプレスされたスーツに身を包んだ、
「一介の、ビジネスマン」の姿をした、
坂上真一だった。
彼は、特高から逃げも隠れもしていなかった。
彼は、騒ぎが起こる「前」から、このロビーに「潜入」し、この「カオス(混沌)」の瞬間を、待っていたのだ。
「……君は、誰だ」
山本が、この異常事態に、声を低くする。
坂上は、何も答えなかった。
彼は、ただ、あの『明治三十年 蚕糸業 統計報告書』――油紙に包まれた、分厚い「爆弾」――を、山本の胸に、強く押し付けた。
山本は、反射的に、その「重い本」を受け取ってしまった。
「未来の『損失率』です」
坂上は、山本の目だけを見て、言った。
「貴官が、この国を『非合理』な戦争に突入させる前に、読むべき『コスト(代償)』だ」
その、瞬間だった。
「――坂上ッ!!」
川上鷹司が、その「声」に、そして、その「顔」に、気づいた。
自分が「飼い殺し」にしたはずの「怪物」が、今、宿敵である山本と、密談している。
川上の顔が、怒りと屈辱で、真っ赤に染まった。
同時に、特高の指揮官も、ロビーの中に紛れ込んでいた「本物のターゲット」を、ついに発見した。
「そこだ! 坂上真一だ! 捕えろォ!」
特高の警官たちが、記者たちを押し退け、山本ごと、坂上に殺到した。
海軍の側近たちも、慌てて「次官から離れろ!」と、坂上につかみかかる。
だが、坂上は、一切抵抗しなかった。
彼の「作戦」は、完了した。
彼は、数人の特高に腕をひねり上げられ、大理石の床に、乱暴に押し付けられた。
記者たちのフラッシュが、その「逮捕の瞬間」を、狂ったように焼き付ける。
「……!」
川上は、床に押さえつけられた坂上を見下ろし、勝利のはずの表情を、歪めていた。
早乙女薫は、柱の陰で、震えながら、その全てを見届けた。
坂上は、捕まった。
作戦は、失敗したかに見えた。
だが。
彼女の視線は、その「カオス(混沌)」の中心に、一人、静かに立ち尽くす男――山本五十六――に、釘付けになっていた。
山本は、押し付けられた、あの、埃っぽい『蚕糸業 統計報告書』を、
決して、手から離さなかった。
彼は、特高に連行されていく坂上の、無抵抗な背中と、
手の中の「爆弾」を、
深い、深い、値踏みするような目で、
ただ、見つめていた。
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