『「貴様の命令では犬死にだ」 50歳のイージス艦長、昭和(1935)に転生。非効率な精神論を殴り飛ばし、日本を魔改造する』

月神世一

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第二章 軍法

EP 24

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監査官と監査官
海軍省、次官室。
その部屋は、陸軍の川上が纏う「精神論」の熱気とは、対極にあった。
整然と積まれた書類。磨き込まれたマホガニーのデスク。
部屋に漂うのは、高級な葉巻の微かな香りと、海図のインクの匂い。
「合理的」だが、冷たい「組織」の匂いだった。
扉が、音もなく閉められた。
護衛の将校は、廊下に残り、部屋の中には、坂上真一と、
――山本五十六――
二人だけになった。
山本は、デスクにはいなかった。
彼は、次官室の巨大な窓のそばに立ち、霞が関の、灰色の空を眺めていた。
坂上に、背を向けたままだった。
静寂が、支配した。
それは、「尋問」の静寂ではなく、「査定」の静寂だった。
坂上は、動じなかった。
彼は、この「次官室」という新たな「戦場」のシステムを、冷静に「監査」していた。
やがて、山本が、窓の外を見たまま、静かに口を開いた。
「……『明治三十年 蚕糸業 統計報告書』。
……実に、興味深い『表紙』だった」
彼は、ゆっくりと振り返った。
その目は、北支の竹下大尉のような「狂気」も、川上中佐のような「憎悪」も、宿してはいなかった。
そこには、坂上と「同じ種類」の、
冷徹な、「監査官」の目があった。
「……質問は、一つだ」
山本は、机の上に置かれた、あの「爆弾(レポート)」を、指で、トン、と叩いた。
「……坂上真一。
……貴様は、何者だ?」
坂上は、この「最高指揮官」の「監査」に、一ミリも怯まなかった。
「……『資源』です」
「……ほう?」
「貴官が、内務大臣を動かし、陸軍憲兵隊と特高警察の両方を敵に回してでも、
『確保』する『価値がある』と、
……そう、『合理的』に判断した、
『情報資源』です」
山本の口元に、この数日間で初めて、
人間的な「笑み」――
薄く、冷たい、カミソリのような「笑み」――
が、浮かんだ。
「……面白い。
では、聞こう、『資源』君。
君の、帝国ホテルでの『プレゼンテーション』は、
お世辞にも『効率的』とは言えなかった。
国家の全ての『監視システム』を敵に回すとは。
……非合理の極み、ではなかったかね?」
山本の「テスト」だった。
この男が、ただの「データ屋」か、「戦略家」かを見極める、最後の「監査」だった。
「……誤りです」
坂上は、即座に否定した。
「あれは、
特高と陸軍の『非効率』な『監視』を逆用し、
貴官という『唯一の合理的な監査官』に、
『直接』データをデリバリーするための、
……唯一にして、
『最高に効率的な』、
『強行突破』でした」
「……!」
「貴官の『正規ルート』は、
『政治』と『空気』という、
……この国で、最も『非合理』な『バグ』に、
汚染されている。
……違いますか?」
「…………」
山本は、もはや「笑って」はいなかった。
彼は、自分の「懐」の一番深い場所にまで、
この男が、一瞬で踏み込んできたことに、
戦慄に近い「昂揚」を、覚えていた。
(……この男)
(……『狂人』でも『スパイ』でもない)
(……この男は)
(……俺だ)
(……『もし、俺が、全ての『しがらみ(政治)』を捨てることができたなら』
……という、『IF』の、俺だ)
山本は、自分のデスクに戻り、椅子に深く腰掛けた。
「……認めよう」
「君の『監査』は、合格だ」
彼は、机の上の、あの「爆弾(レポート)」を、指で、トン、と叩いた。
「この『未来の報告書』も、
……海軍が極秘に試算したデータと、
……恐ろしいほど、一致した」
「……」
「だが、坂上君」
山本の目が、厳しくなった。
「君は、今、この国で、最も『非効率』な存在だ。
……陸軍は、君を『殺したい』。
……特高は、君を『埋めたい』。
……君には、戸籍も、職業も、味方も、
……何一つ、ない」
山本は、机の引き出しから、一枚の、
新しい「辞令」を、取り出した。
それは、坂上が「逮捕」される前から、
既に、用意されていたものだった。
「……俺以外は、な」
山本は、その「辞令」を、
坂上の前に、滑らせた。
「海軍が、君の『身柄』を、買い取った。
……『海軍軍属 特別任用令』だ」
そこに書かれていた、
坂上の、新しい「身分」は、
【海軍省 次官室付き
……『特命技術顧問』】
「……階級なし。権限なし。
……そして、当面、『給与』なし」
山本は、試すように、言った。
「……結構です」
坂上は、即答した。
「私の『給与』は、
……この国の『非合理』を『修正』できる、
……『権限(アクセスけん)』と、『資源(リソース)』です」
「……よかろう」
山本は、満足げに頷いた。
「では、『顧問』。
……君への、最初の『命令』だ」
彼は、デスクの上の、
もう一つの、
埃をかぶったファイルを、
坂上の前に、押しやった。
「……これを、『兵器』にしろ」
坂上の目が、そのファイルの表紙に書かれた、
懐かしい「名前」を、捉えた。
【八木・宇田アンテナニ関スル技術報告書】
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