『「貴様の命令では犬死にだ」 50歳のイージス艦長、昭和(1935)に転生。非効率な精神論を殴り飛ばし、日本を魔改造する』

月神世一

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第二章 軍法

EP 23

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駒の転送(トランスファー)
特高警察本部、地下独房。
冷たいコンクリートの静寂を、硬い軍靴の音が破った。
ガシャン、と。
坂上真一の独房の鉄扉が、外部から開けられた。
光が、埃の立たない、消毒液臭い闇に差し込む。
「坂上真一」
声の主は、海軍将校だった。彼の手には、正式な「身柄引受書」が握られている。
「立て。移動する」
坂上は、瞑想にも似た「待機モード」を解除し、音もなく立ち上がった。
彼が独房から出ると、そこには特高の課長・後藤が、まるで厄介払いができたかのように、しかし、この「駒」の行末を恐れるかのように、複雑な表情で立っていた。
「……海軍さん。こいつは、ただの『狂人』か、『大物』か。私には、もう分からん」
後藤は、引継ぎの書類に、乱暴に判を押した。
「……だが、二度と、ここには戻すな。陸軍との板挟みは、もう御免だ」
海軍将校は、その愚痴を無視した。
彼は、坂上に、一枚の油紙の包みを投げてよこした。
「……着替えろ。次官閣下に、その『囚人服』で拝謁する気か」
包みの中身は、あの日、銭湯で「調達」した、あの地味なスーツだった。
洗濯され、きちんとプレスまでかけられている。
(……合理的な処遇だ。
「囚人」ではなく、「資源(リソース)」として扱う、というメッセージか)
坂上は、無言で、その「彼の『合理性』の象徴」であるスーツに着替えた。
特高の「囚人」から、海軍の「資産(アセット)」へと、「変身(トランスフォーメーション)」が完了した。
「行くぞ」
海軍省の黒塗りの車が、霞が関を疾走する。
坂上は、後部座席で、海軍将校と並んで座っていた。
車内に、会話はない。
(……非効率な監視だ)
坂上は、窓の外を流れる「日常」――路面電車を待つ人々、新聞を売る少年――を眺めていた。
自分が「飼い殺し」にされ、「脱獄」し、「逮捕」された、あの数日間と、何も変わらない。
この国は、自分という「バグ」が一人いようがいまいが、
あの『シミュレーション』が導き出した「破滅」に向かって、
ただ、「非合理」に、進み続けている。
車が、重厚な煉瓦造りの建物の前で、滑るように停止した。
【海軍省】
陸軍省の、あの「精神論」を体現したような、威圧的な建物とは、違う。
そこは、英国の「合理性」と「技術」の匂いがする、
冷たい、鉄と計算の「要塞」だった。
「……降りろ」
海軍将校に促され、坂上は、その「要塞」に、足を踏み入れた。
長く、薄暗い廊下。
すれ違う海軍の軍人たちが、
「民間人(坂上)」と「護衛(将校)」という、
奇妙な組み合わせに、
訝しげな視線を投げかけた。
(……空気が、陸軍とは違う)
(「気合」の匂いではない。「鉄」と、「潮」と、「機械油」の匂いだ)
(……合理的だが、
……別の種類の「非合理(=組織防衛)」が、
この奥に、巣食っている)
坂上の「監査」は、すでに始まっていた。
やがて、将校の足が、一番奥の、
重厚な、樫の木の扉の前で、止まった。
【次官室】
将校は、扉を、三度、硬い音でノックした。
「……閣下」
「……『例の物件』、お連れいたしました」
(……『物件』)
坂上は、その「合理的」な呼び名に、
自分の「査定」が、
「人間」ではなく、「兵器」か「資源(リソース)」であることを、
改めて、確認した。
「…………入れ」
扉の奥から、
低く、静かだが、
あのロビーの喧騒を支配した、
あの「指揮官」の声が、響いた。
将校が、扉を開ける。
「……失礼します」
坂上真一は、
彼の「合理性」が、
この国の「非合理」に、
初めて「ジャッジ」される、
その「監査室」へと、
一歩、足を踏み入れた。
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