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第二章 軍法
EP 27
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掃き溜めの研究室
車が到着したのは、海軍省の煌びやかな庁舎……ではなかった。
海軍省から車で十分ほど離れた、築地の一角。
潮の匂いと、魚河岸の喧騒が混じる場所にある、赤レンガ造りの古びた倉庫だった。
「……ここですか?」
薫が、呆然と見上げる。
窓ガラスは割れ、ツタが絡まり、入り口の看板は錆びついて読めない。
「海軍技術研究所、分室……通称『掃き溜め』だ」
案内した海軍将校が、バツが悪そうに言った。
「次官からは『場所は何でもいいから、即座に用意しろ』と言われまして。空いていたのは、ここしか……」
「上等だ」
坂上は、スタスタと中へ入っていった。
中は、外見以上に酷かった。
埃の積もった床。雨漏りのシミがある天井。
そして、部屋の中央には、海軍の各所から集められたと思われる「ガラクタ」が、山のように積まれていた。
真空管の残骸。
切れた銅線。
使い古されたオシロスコープ。
実験に失敗して廃棄されたと思われる、謎の金属塊。
「……ひどい」
薫が絶句する。
「これが、海軍の『技術顧問』の職場ですか?」
「山本五十六との契約通りだ」
坂上は、そのガラクタの山を、宝の山でも見るような目で眺めた。
「『廃棄される予定の、非効率なリソースを全てよこせ』。俺はそう要求した」
彼は、山の中から一本の、奇妙な形をしたアンテナのような金属棒を引っ張り出した。
「……あった」
「それは?」
「八木・宇田アンテナの試作品だ。数年前に作られ、『役に立たん』と捨てられたものだ」
坂上は、その錆びたアンテナを愛おしそうに撫でた。
「薫君。掃除だ」
坂上は、スーツの上着を脱ぎ捨てた。
「まずは、この部屋を『CIC(戦闘指揮所)』として機能するように再構築する。
環境整備は、作業効率の基本だ」
「……はい!」
薫もまた、ワンピースの袖をまくり上げた。
陸軍省の清潔だが冷たいオフィスより、この埃だらけの倉庫の方が、遥かに「息ができる」場所だった。
二人は、黙々と掃除を始めた。
坂上が重い機材を運び、薫が床を掃き、窓を拭く。
「そこ、配置が非効率だ。机は中央にまとめろ」
「はいはい。……坂上さんこそ、そのスーツ、汚れますよ」
「構わん。どうせ拾ったものだ」
夕方になる頃には、倉庫は見違えるように整頓されていた。
中央には、ガラクタを組み合わせて作った巨大な作業台。
壁には、坂上がチョークで書き殴った、複雑な回路図と数式。
そして、部屋の隅には、薫が調達してきた七輪と、湯を沸かすヤカン。
「……よし」
坂上は、泥水のようなコーヒー(やはり海軍でも、コーヒーの味は改善されていなかった)を一口啜り、満足げに頷いた。
「ここからだ」
彼は、作業台の上の「八木アンテナ」を指差した。
「この『ゴミ』を使って、世界最強の『目』を作る」
その時、倉庫の錆びた扉が、ギィと音を立てて開いた。
「……ここかね? 物好きな『買い手』がついたというのは」
入ってきたのは、白衣を着た、二人の男だった。
一人は、ボサボサ髪の初老の男。もう一人は、神経質そうな眼鏡の男。
彼らの手には、風呂敷に包まれた、分厚い設計図と文献が抱えられていた。
坂上は、彼らを見て、ニヤリと笑った。
「待っていたぞ」
車が到着したのは、海軍省の煌びやかな庁舎……ではなかった。
海軍省から車で十分ほど離れた、築地の一角。
潮の匂いと、魚河岸の喧騒が混じる場所にある、赤レンガ造りの古びた倉庫だった。
「……ここですか?」
薫が、呆然と見上げる。
窓ガラスは割れ、ツタが絡まり、入り口の看板は錆びついて読めない。
「海軍技術研究所、分室……通称『掃き溜め』だ」
案内した海軍将校が、バツが悪そうに言った。
「次官からは『場所は何でもいいから、即座に用意しろ』と言われまして。空いていたのは、ここしか……」
「上等だ」
坂上は、スタスタと中へ入っていった。
中は、外見以上に酷かった。
埃の積もった床。雨漏りのシミがある天井。
そして、部屋の中央には、海軍の各所から集められたと思われる「ガラクタ」が、山のように積まれていた。
真空管の残骸。
切れた銅線。
使い古されたオシロスコープ。
実験に失敗して廃棄されたと思われる、謎の金属塊。
「……ひどい」
薫が絶句する。
「これが、海軍の『技術顧問』の職場ですか?」
「山本五十六との契約通りだ」
坂上は、そのガラクタの山を、宝の山でも見るような目で眺めた。
「『廃棄される予定の、非効率なリソースを全てよこせ』。俺はそう要求した」
彼は、山の中から一本の、奇妙な形をしたアンテナのような金属棒を引っ張り出した。
「……あった」
「それは?」
「八木・宇田アンテナの試作品だ。数年前に作られ、『役に立たん』と捨てられたものだ」
坂上は、その錆びたアンテナを愛おしそうに撫でた。
「薫君。掃除だ」
坂上は、スーツの上着を脱ぎ捨てた。
「まずは、この部屋を『CIC(戦闘指揮所)』として機能するように再構築する。
環境整備は、作業効率の基本だ」
「……はい!」
薫もまた、ワンピースの袖をまくり上げた。
陸軍省の清潔だが冷たいオフィスより、この埃だらけの倉庫の方が、遥かに「息ができる」場所だった。
二人は、黙々と掃除を始めた。
坂上が重い機材を運び、薫が床を掃き、窓を拭く。
「そこ、配置が非効率だ。机は中央にまとめろ」
「はいはい。……坂上さんこそ、そのスーツ、汚れますよ」
「構わん。どうせ拾ったものだ」
夕方になる頃には、倉庫は見違えるように整頓されていた。
中央には、ガラクタを組み合わせて作った巨大な作業台。
壁には、坂上がチョークで書き殴った、複雑な回路図と数式。
そして、部屋の隅には、薫が調達してきた七輪と、湯を沸かすヤカン。
「……よし」
坂上は、泥水のようなコーヒー(やはり海軍でも、コーヒーの味は改善されていなかった)を一口啜り、満足げに頷いた。
「ここからだ」
彼は、作業台の上の「八木アンテナ」を指差した。
「この『ゴミ』を使って、世界最強の『目』を作る」
その時、倉庫の錆びた扉が、ギィと音を立てて開いた。
「……ここかね? 物好きな『買い手』がついたというのは」
入ってきたのは、白衣を着た、二人の男だった。
一人は、ボサボサ髪の初老の男。もう一人は、神経質そうな眼鏡の男。
彼らの手には、風呂敷に包まれた、分厚い設計図と文献が抱えられていた。
坂上は、彼らを見て、ニヤリと笑った。
「待っていたぞ」
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