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第二章 軍法
EP 28
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捨てられた天才たち
現れた二人の男は、この倉庫の空気と同じ、「世間から見放された」匂いを纏っていた。
「八木秀次(やぎ ひでつぐ)博士。そして、宇田新太郎(うだ しんたろう)博士ですね」
坂上が名前を呼ぶと、初老の男――八木博士が、怪訝そうな顔をした。
「いかにも。……君かね? 海軍の予算で、我々の『ガラクタ』を拾いたいという奇特な顧問殿は」
八木の声には、諦めと自嘲が混じっていた。
「言っておくが、このアンテナ技術は、日本では誰にも見向きもされんよ。学会でも『実用性がない』と笑い者だ。君も、騙された口かね?」
「騙されてなどいない」
坂上は、作業台の上の錆びたアンテナを指し示した。
「俺が評価したのは、学界の評判ではない。この技術の『スペック(性能)』だ」
坂上は、壁の黒板に書き殴った数式を叩いた。
「指向性アンテナによる、超短波の送受信。
これを使えば、雲の向こう、闇の向こうにある『金属の塊(航空機や艦船)』を、反射波によって特定できる」
「……!」
宇田博士が、眼鏡の奥の目を見開いた。
「君……なぜ、それを? それはまだ、理論上の……」
「理論ではない。実装(インプリメンテーション)の問題だ」
坂上は断言した。
「あんたたちの技術が認められないのは、理論が間違っているからじゃない。
この国の軍部が、『目に見えないもの』を信じようとしない『精神論』の塊だからだ」
「……」
八木と宇田は、顔を見合わせた。
彼らはこれまで、何度となく軍や企業に売り込み、その度に「電波で飛行機が見えるわけがない」「そんな装置を積むなら大砲を積む」と追い返されてきたのだ。
「俺は、あんたたちの技術を『兵器』にする」
坂上は、二人の天才に、悪魔的な提案をした。
「予算はない。材料は、この山のようなゴミだけだ。
期間は、三ヶ月。
……それでもやるか?」
八木博士が、しばらく坂上を睨みつけていたが、やがて、フッと笑った。
その笑顔は、研究者の純粋な情熱を取り戻したものだった。
「……三ヶ月だと? 馬鹿を言うな」
八木は、風呂敷を解き、膨大な設計図を机に広げた。
「この『ゴミの山』を使えば……一ヶ月で基礎実験まではいける」
「交渉成立だ」
坂上は、ガラクタの山から、高電圧発生装置の一部と思われるコイルを放り投げた。
「始めよう。世界をひっくり返す、『電波探信儀(レーダー)』の開発だ」
薫は、その光景を見て、胸が熱くなるのを感じた。
捨てられた倉庫。
捨てられた素材。
捨てられた学者たち。
そして、組織から捨てられた記者。
ここは「掃き溜め」だ。
けれど、今、日本で一番熱い「最前線」は、間違いなくここだった。
「薫君!」
坂上が叫ぶ。
「記録だ! 実験データ、資材リスト、全ての数値を記録しろ!
それと、このクソ不味いコーヒーを何とかしろ!」
「はい!」
薫は、嬉々としてタイプライター(これも廃棄品を修理したものだ)に向かった。
カチ、カチ、カチ……。
その軽快な音は、新しい戦いの始まりを告げる号砲のようだった。
しかし、彼らはまだ知らなかった。
この「技術開発」の前に立ちはだかる壁が、単なる「予算不足」などではないことを。
日本の工業力そのものの限界――「素材(マテリアル)の壁」が、すぐに彼らを絶望させることになることを。
現れた二人の男は、この倉庫の空気と同じ、「世間から見放された」匂いを纏っていた。
「八木秀次(やぎ ひでつぐ)博士。そして、宇田新太郎(うだ しんたろう)博士ですね」
坂上が名前を呼ぶと、初老の男――八木博士が、怪訝そうな顔をした。
「いかにも。……君かね? 海軍の予算で、我々の『ガラクタ』を拾いたいという奇特な顧問殿は」
八木の声には、諦めと自嘲が混じっていた。
「言っておくが、このアンテナ技術は、日本では誰にも見向きもされんよ。学会でも『実用性がない』と笑い者だ。君も、騙された口かね?」
「騙されてなどいない」
坂上は、作業台の上の錆びたアンテナを指し示した。
「俺が評価したのは、学界の評判ではない。この技術の『スペック(性能)』だ」
坂上は、壁の黒板に書き殴った数式を叩いた。
「指向性アンテナによる、超短波の送受信。
これを使えば、雲の向こう、闇の向こうにある『金属の塊(航空機や艦船)』を、反射波によって特定できる」
「……!」
宇田博士が、眼鏡の奥の目を見開いた。
「君……なぜ、それを? それはまだ、理論上の……」
「理論ではない。実装(インプリメンテーション)の問題だ」
坂上は断言した。
「あんたたちの技術が認められないのは、理論が間違っているからじゃない。
この国の軍部が、『目に見えないもの』を信じようとしない『精神論』の塊だからだ」
「……」
八木と宇田は、顔を見合わせた。
彼らはこれまで、何度となく軍や企業に売り込み、その度に「電波で飛行機が見えるわけがない」「そんな装置を積むなら大砲を積む」と追い返されてきたのだ。
「俺は、あんたたちの技術を『兵器』にする」
坂上は、二人の天才に、悪魔的な提案をした。
「予算はない。材料は、この山のようなゴミだけだ。
期間は、三ヶ月。
……それでもやるか?」
八木博士が、しばらく坂上を睨みつけていたが、やがて、フッと笑った。
その笑顔は、研究者の純粋な情熱を取り戻したものだった。
「……三ヶ月だと? 馬鹿を言うな」
八木は、風呂敷を解き、膨大な設計図を机に広げた。
「この『ゴミの山』を使えば……一ヶ月で基礎実験まではいける」
「交渉成立だ」
坂上は、ガラクタの山から、高電圧発生装置の一部と思われるコイルを放り投げた。
「始めよう。世界をひっくり返す、『電波探信儀(レーダー)』の開発だ」
薫は、その光景を見て、胸が熱くなるのを感じた。
捨てられた倉庫。
捨てられた素材。
捨てられた学者たち。
そして、組織から捨てられた記者。
ここは「掃き溜め」だ。
けれど、今、日本で一番熱い「最前線」は、間違いなくここだった。
「薫君!」
坂上が叫ぶ。
「記録だ! 実験データ、資材リスト、全ての数値を記録しろ!
それと、このクソ不味いコーヒーを何とかしろ!」
「はい!」
薫は、嬉々としてタイプライター(これも廃棄品を修理したものだ)に向かった。
カチ、カチ、カチ……。
その軽快な音は、新しい戦いの始まりを告げる号砲のようだった。
しかし、彼らはまだ知らなかった。
この「技術開発」の前に立ちはだかる壁が、単なる「予算不足」などではないことを。
日本の工業力そのものの限界――「素材(マテリアル)の壁」が、すぐに彼らを絶望させることになることを。
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