『「貴様の命令では犬死にだ」 50歳のイージス艦長、昭和(1935)に転生。非効率な精神論を殴り飛ばし、日本を魔改造する』

月神世一

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第二章 軍法

EP 31

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第一の鼓動(ファースト・パルス)
​三日後。
「掃き溜め」研究所の空気は、張り詰めていた。
​作業台の中央には、神田の老人から調達した「特製真空管」が、二十本、整然と並べられ、回路に組み込まれていた。
それは、海軍の正規工廠で作られたものより、遥かにガラスが美しく、内部の電極が精密に組まれていた。
​「……電圧、安定しています」
宇田博士が、震える声で計器を読み上げる。
「陽極電流、正常。発振、開始します」
​ブォォォン……という低い唸り音と共に、冷却ファンが回り、真空管が赤熱し始める。
だが、今度は爆発しなかった。
美しいオレンジ色の光が、安定して灯り続ける。
​「……送信機、作動」
八木博士が、スイッチを入れる。
屋根の上のアンテナから、目に見えない超短波のパルスが、東京の空へと放たれた。
​「受信機、同調」
坂上は、オシロスコープ(ブラウン管)の画面を覗き込んだ。
緑色の光の線が、横一直線に走っている。
​「……何も映らんぞ」
見学に来ていた海軍の護衛将校が、退屈そうに言った。
「やはり、ただの玩具(おもちゃ)か……」
​「黙って見ていろ」
坂上が一喝した。
彼は、アンテナの方向を、東京湾の方角へとゆっくり回転させた。
「薫君。時刻と方位を記録しろ」
「は、はい!」
​アンテナが、南南東を向いた時だった。
​ピクッ。
オシロスコープの緑の線の一部が、山のように盛り上がった。
​「……!」
全員が、息を呑んだ。
その「山(波形)」は、ノイズのように消えることなく、確かにそこに存在し続けた。
​「……距離、およそ15キロ」
坂上が、冷静にデータを読み取る。
「品川沖に停泊中の、大型貨物船と思われる」
​「……み、見えた」
八木博士が、子供のようにブラウン管に顔を近づけた。
「見えたぞ! 電波が、帰ってきた!」
​「こ、これですか? この線が?」
将校が、信じられないものを見る目で画面を指差す。
「霧も出ているのに……肉眼では何も見えないのに、そこに『船』がいると?」
​「そうだ」
坂上は、黒飴の包み紙を剥いた。
「これが『レーダー』だ。
今、我々は、日本で初めて、霧の向こうの敵を『可視化』した」
​倉庫の中が、歓声に包まれた。
宇田博士は眼鏡を外して涙を拭い、八木博士は坂上の肩をバンバンと叩いた。
薫も、タイプライターの前で、涙ぐみながら拍手をした。
​だが、坂上だけは、冷静だった。
(……まだだ。これは静止目標だ。
動く目標、それも高速で移動する航空機を捉えられなければ、意味がない)
​そして、何より。
(……この技術を、あの石頭の『艦隊派』どもに認めさせ、実戦配備まで持っていかねばならん)
​技術の壁(ハードウェア)は越えた。
次に待っているのは、さらに分厚い、組織と政治の壁(ソフトウェア)だ。
​その時、倉庫の入り口に、静かな拍手が響いた。
​「……見事だ」
​山本五十六だった。
彼は、いつの間にか入ってきて、実験の成功を見届けていたのだ。
その顔には、驚きと、そして「冷徹な計算」の色が浮かんでいた。
​「一ヶ月で、ここまでやるとはな。……坂上『顧問』」
山本は、オシロスコープの波形を指差した。
「だが、この『線』だけでは、現場の提督たちは納得せんだろう。
彼らは『自分の目』で見えるものしか信じない人種だ」
​「承知しています」
坂上は、山本に向き直った。
「デモンストレーションが必要です。
それも、彼らの『常識』を、完膚なきまでに破壊するような」
​「……用意してある」
山本は、ニヤリと笑った。
「来週、東京湾で、連合艦隊の演習がある。
戦艦『長門』と、空母部隊による、防空演習だ」
​山本は、坂上に「招待状」とも「挑戦状」とも取れる視線を送った。
​「君のこの『ガラクタ』を、戦艦『長門』に積み込め。
そして、実戦形式で証明してみせろ。
……大林大将率いる『艦隊派』の目の前で、彼らの自慢の『目(見張り員)』よりも早く、敵機を見つけてみせろ」
​「……長門に?」
薫が驚きの声を上げた。
世界最強の戦艦に、この掃き溜めの機械を積む。
それは、あまりにも場違いで、痛快な「殴り込み」だった。
​「望むところです」
坂上は、不敵に笑った。
「その演習……『監査』させていただきます」
​戦場は、倉庫から、海の上へと移る。
相手は、日本海軍の象徴、戦艦「長門」。
そして、その背後にいる「大艦巨砲主義」という巨大な亡霊だ。
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