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第二章 軍法
EP 32
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巨人と屑拾い
昭和10年、晩秋。横須賀鎮守府。
鉛色の空の下、その「巨人」は、圧倒的な質量で海を圧(へ)していた。
戦艦「長門」。
連合艦隊旗艦。40センチ主砲8門を擁する、世界最強クラスの浮城。
その甲板に、あまりにも場違いな一団が、タラップを登っていた。
「……でかいな」
坂上真一は、見上げても頂上が見えない艦橋(パゴダ・マスト)を、冷ややかに値踏みした。
(全長200メートル超。乗員1300名。
だが、その防空能力は、現時点では「ザル」だ。対空機銃の配置が甘い。射撃管制装置(FCS)も旧式だ)
彼の後ろには、重い機材を背負った八木博士と宇田博士、そして、海軍の制服(女性事務官用)に身を包んだ早乙女薫が続いていた。
彼らの姿は、磨き上げられた軍艦の美学を汚す「屑拾い(スカベンジャー)」のように見えた。
「おい、そこの民間人! 塗装に傷をつけるな!」
甲板士官が怒鳴る。
「なんだその汚い箱は! 漬物石か!」
宇田博士が、大事な真空管が入った木箱を抱きしめて縮こまる。
「……非効率な挨拶だ」
坂上が、士官の前に立ちはだかった。
「我々は山本次官の特命で乗艦した。この機材は、貴官の命より高い。丁重に扱え」
「なっ、貴様……!」
「やめさせろ」
艦橋の上から、重々しい声が降ってきた。
手すりに寄りかかり、葉巻を燻らせている初老の提督。
金モールをふんだんにあしらった軍装。その腹は、長門の装甲のように突き出ている。
大林徳太郎(おおばやし とくたろう)大将。
艦隊派の重鎮であり、この演習の総指揮官だ。
「……貴様か。山本が拾ってきた『ゴミあさり』の顧問というのは」
大林は、坂上たちを虫ケラのように見下ろした。
「ワシの可愛い長門に、妙な『アンテナ』とやらを付けたいそうだな」
「『妙なアンテナ』ではありません」
坂上は、甲板から提督を見上げ、言い放った。
「この艦(フネ)が、時代遅れの鉄屑にならないための『延命装置』です」
甲板が、凍り付いた。
水兵たちが、息を呑む。
天下の連合艦隊旗艦を、「鉄屑」呼ばわり。
大林の顔が、瞬間湯沸かし器のように真っ赤になった。
「……貴様ッ! 今、なんと……!」
「事実です」
坂上は、一歩も引かなかった。
「航空機の時代が来れば、この巨体はただの『的(まと)』だ。
見えなければ、防げない。防げなければ、沈む。
……簡単な計算(ロジック)です」
「……ふん」
大林は、怒りを無理やり飲み込み、歪んだ笑みを浮かべた。
「よかろう。その減らず口、今夜の演習でどうなるか見ものだ。
もし、貴様の『玩具』が役に立たなければ……その時は、そのガラクタごと、海に叩き込んでやる」
「望むところです」
坂上は、踵(きびす)を返した。
「薫君、博士。行くぞ。
艦橋のトップ(最上部)に、アンテナを設置する。
……風が強いぞ。飛ばされるなよ」
第53話:鉄の城の「異物」
長門の艦橋最上部、測的所。
そこは、吹きっさらしの風が吹き荒れる、過酷な場所だった。
「ひ、ひどい揺れです……!」
宇田博士が、強風に煽られながら、アンテナの支柱をボルトで固定する。
海面からの高さは40メートル近い。落ちれば即死だ。
「坂上君! 電源ケーブルが足りん!」
八木博士が叫ぶ。
「艦内の電圧が不安定だ! これでは真空管が飛ぶぞ!」
戦艦の電力供給は、主砲旋回や探照灯(サーチライト)が優先される。
坂上たちが割り当てられたのは、末端の、電圧変動の激しい回線だけだった。
これも、大林ら「現場」による、陰湿なサボタージュ(妨害)だった。
「……想定内だ」
坂上は、懐から、神田の闇市で調達しておいた「電圧安定器(スタビライザー)」の部品を取り出した。
「薫君! 半田ごて! ここで直結する!」
「はい!」
薫は、強風でスカートを押さえながら、焼けたコテを坂上に手渡す。
「おい、何をしている!」
見張り員が怒鳴り込んでくる。
「ここは神聖なる艦橋だ! 勝手な工事をするな!」
「黙っていろ!」
坂上が一喝した。
「今、この艦の『視神経』を接続している! 邪魔をすれば、貴様の目をくり抜くぞ!」
その鬼気迫る形相に、見張り員がたじろぐ。
坂上は、50歳のイージス艦長の「現場指揮能力」をフル稼働させていた。
限られた時間。
限られたリソース。
敵対的な環境。
その全てをねじ伏せ、彼は、この鉄の巨人に、無理やり「21世紀の目」を移植していく。
「……接続、完了」
夕闇が迫る頃、奇妙な形のアンテナが、長門の艦橋トップにそびえ立った。
そして、艦橋の一角に強引に設置されたブラウン管(オシロスコープ)に、緑色の光が灯った。
「……動いた」
八木博士が、油まみれの手で汗を拭う。
「まだだ」
坂上は、水平線の彼方を睨んだ。
「これからが本番だ。
……今夜の演習シナリオは、『夜間航空攻撃』。
昭和10年、晩秋。横須賀鎮守府。
鉛色の空の下、その「巨人」は、圧倒的な質量で海を圧(へ)していた。
戦艦「長門」。
連合艦隊旗艦。40センチ主砲8門を擁する、世界最強クラスの浮城。
その甲板に、あまりにも場違いな一団が、タラップを登っていた。
「……でかいな」
坂上真一は、見上げても頂上が見えない艦橋(パゴダ・マスト)を、冷ややかに値踏みした。
(全長200メートル超。乗員1300名。
だが、その防空能力は、現時点では「ザル」だ。対空機銃の配置が甘い。射撃管制装置(FCS)も旧式だ)
彼の後ろには、重い機材を背負った八木博士と宇田博士、そして、海軍の制服(女性事務官用)に身を包んだ早乙女薫が続いていた。
彼らの姿は、磨き上げられた軍艦の美学を汚す「屑拾い(スカベンジャー)」のように見えた。
「おい、そこの民間人! 塗装に傷をつけるな!」
甲板士官が怒鳴る。
「なんだその汚い箱は! 漬物石か!」
宇田博士が、大事な真空管が入った木箱を抱きしめて縮こまる。
「……非効率な挨拶だ」
坂上が、士官の前に立ちはだかった。
「我々は山本次官の特命で乗艦した。この機材は、貴官の命より高い。丁重に扱え」
「なっ、貴様……!」
「やめさせろ」
艦橋の上から、重々しい声が降ってきた。
手すりに寄りかかり、葉巻を燻らせている初老の提督。
金モールをふんだんにあしらった軍装。その腹は、長門の装甲のように突き出ている。
大林徳太郎(おおばやし とくたろう)大将。
艦隊派の重鎮であり、この演習の総指揮官だ。
「……貴様か。山本が拾ってきた『ゴミあさり』の顧問というのは」
大林は、坂上たちを虫ケラのように見下ろした。
「ワシの可愛い長門に、妙な『アンテナ』とやらを付けたいそうだな」
「『妙なアンテナ』ではありません」
坂上は、甲板から提督を見上げ、言い放った。
「この艦(フネ)が、時代遅れの鉄屑にならないための『延命装置』です」
甲板が、凍り付いた。
水兵たちが、息を呑む。
天下の連合艦隊旗艦を、「鉄屑」呼ばわり。
大林の顔が、瞬間湯沸かし器のように真っ赤になった。
「……貴様ッ! 今、なんと……!」
「事実です」
坂上は、一歩も引かなかった。
「航空機の時代が来れば、この巨体はただの『的(まと)』だ。
見えなければ、防げない。防げなければ、沈む。
……簡単な計算(ロジック)です」
「……ふん」
大林は、怒りを無理やり飲み込み、歪んだ笑みを浮かべた。
「よかろう。その減らず口、今夜の演習でどうなるか見ものだ。
もし、貴様の『玩具』が役に立たなければ……その時は、そのガラクタごと、海に叩き込んでやる」
「望むところです」
坂上は、踵(きびす)を返した。
「薫君、博士。行くぞ。
艦橋のトップ(最上部)に、アンテナを設置する。
……風が強いぞ。飛ばされるなよ」
第53話:鉄の城の「異物」
長門の艦橋最上部、測的所。
そこは、吹きっさらしの風が吹き荒れる、過酷な場所だった。
「ひ、ひどい揺れです……!」
宇田博士が、強風に煽られながら、アンテナの支柱をボルトで固定する。
海面からの高さは40メートル近い。落ちれば即死だ。
「坂上君! 電源ケーブルが足りん!」
八木博士が叫ぶ。
「艦内の電圧が不安定だ! これでは真空管が飛ぶぞ!」
戦艦の電力供給は、主砲旋回や探照灯(サーチライト)が優先される。
坂上たちが割り当てられたのは、末端の、電圧変動の激しい回線だけだった。
これも、大林ら「現場」による、陰湿なサボタージュ(妨害)だった。
「……想定内だ」
坂上は、懐から、神田の闇市で調達しておいた「電圧安定器(スタビライザー)」の部品を取り出した。
「薫君! 半田ごて! ここで直結する!」
「はい!」
薫は、強風でスカートを押さえながら、焼けたコテを坂上に手渡す。
「おい、何をしている!」
見張り員が怒鳴り込んでくる。
「ここは神聖なる艦橋だ! 勝手な工事をするな!」
「黙っていろ!」
坂上が一喝した。
「今、この艦の『視神経』を接続している! 邪魔をすれば、貴様の目をくり抜くぞ!」
その鬼気迫る形相に、見張り員がたじろぐ。
坂上は、50歳のイージス艦長の「現場指揮能力」をフル稼働させていた。
限られた時間。
限られたリソース。
敵対的な環境。
その全てをねじ伏せ、彼は、この鉄の巨人に、無理やり「21世紀の目」を移植していく。
「……接続、完了」
夕闇が迫る頃、奇妙な形のアンテナが、長門の艦橋トップにそびえ立った。
そして、艦橋の一角に強引に設置されたブラウン管(オシロスコープ)に、緑色の光が灯った。
「……動いた」
八木博士が、油まみれの手で汗を拭う。
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