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第二章 軍法
EP 33
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闇を視るもの
夜。東京湾。
月明かりはない。完全な闇。
戦艦「長門」は、灯火管制を敷き、黒い塊となって洋上を進んでいた。
艦橋には、大林大将をはじめ、幕僚たちが緊張した面持ちで並んでいる。
彼らは、巨大な双眼鏡を覗き込み、闇の彼方を凝視していた。
「……見えんな」
参謀がつぶやく。
「予定時刻は過ぎていますが……」
「雲が厚い。エンジンの音も聞こえん」
見張り員たちは、極限まで神経を研ぎ澄ませている。
彼らは、夜間視力の訓練を受けた「人間の目」のエリートだ。彼らが見えなければ、誰も見えない。それが、これまでの「常識」だった。
その艦橋の隅、邪魔者扱いされた一角で。
坂上真一は、緑色に光る小さな画面(スコープ)を見つめていた。
ヘッドセットを付けた宇田博士が、アンテナを旋回させる。
「……ノイズ、多いな」
海面反射(シークラッター)が激しい。
真空管の熱が、狭い艦橋に篭(こも)る。
「おい、屑拾い」
大林が、嘲るように声をかけた。
「貴様の『魔法の箱』には、何か映っとるのかね?
お化けでも見えとるんじゃないか?」
幕僚たちが、追従笑いを浮かべる。
坂上は、無視した。
彼は、ノイズの波の中に、規則的な「明滅(パルス)」を探していた。
(……来る。必ず来る。山本五十六は、手加減しない)
ピクッ。
緑色の線が、一瞬、跳ねた。
「……接触(コンタクト)」
坂上の声が、静かに響いた。
「方位(ベアリング)、2-1-0。距離、40キロ。
……多数(マルチプル)。編隊を組んでいる」
「……はあ?」
大林が、呆れた声を出した。
「40キロだと? 馬鹿を言え。
そんな遠くの、しかも夜間の航空機が見えるわけがない。
見張り員! 何か見えるか!」
「いえ! 視界、良好ならず! 何も見えません!」
見張り員が叫び返す。
「ほら見ろ」
大林は、勝ち誇ったように言った。
「機械の誤作動だ。やはりガラクタは……」
「……距離、35キロ」
坂上は、大林の雑音を完全に遮断し、カウントダウンを続けた。
「速度、140ノット。接近中。
……数は、12機以上」
薫が、その数値を必死にメモする。
彼女の手は震えていた。もし、これが誤報なら、坂上は本当に海に叩き込まれる。
「……距離、30キロ」
「いい加減にしろ!」
大林が激昂した。
「貴様、適当な数字を並べて、我々を惑わす気か!
これは演習だぞ! 貴様の妄想に付き合っている暇は……」
「……距離、20キロ」
坂上は、ブラウン管から目を離さず、冷ややかに言った。
「あと5分で、頭上を取られますよ。
……対空戦闘用意(アンチ・エア・ウォーフェア)、なぜ下令しないのですか?
非効率な『死』を待ちたいのですか?」
「き、貴様……ッ!」
その時だった。
「……音(おと)!」
見張り員の一人が、叫んだ。
「微かですが……エンジン音が聞こえます! 方位、南南西!」
「……なに?」
大林が、双眼鏡を構え直す。
「南南西……方位210だと?」
それは、坂上が数分前に告げた方位と、完全に一致していた。
夜。東京湾。
月明かりはない。完全な闇。
戦艦「長門」は、灯火管制を敷き、黒い塊となって洋上を進んでいた。
艦橋には、大林大将をはじめ、幕僚たちが緊張した面持ちで並んでいる。
彼らは、巨大な双眼鏡を覗き込み、闇の彼方を凝視していた。
「……見えんな」
参謀がつぶやく。
「予定時刻は過ぎていますが……」
「雲が厚い。エンジンの音も聞こえん」
見張り員たちは、極限まで神経を研ぎ澄ませている。
彼らは、夜間視力の訓練を受けた「人間の目」のエリートだ。彼らが見えなければ、誰も見えない。それが、これまでの「常識」だった。
その艦橋の隅、邪魔者扱いされた一角で。
坂上真一は、緑色に光る小さな画面(スコープ)を見つめていた。
ヘッドセットを付けた宇田博士が、アンテナを旋回させる。
「……ノイズ、多いな」
海面反射(シークラッター)が激しい。
真空管の熱が、狭い艦橋に篭(こも)る。
「おい、屑拾い」
大林が、嘲るように声をかけた。
「貴様の『魔法の箱』には、何か映っとるのかね?
お化けでも見えとるんじゃないか?」
幕僚たちが、追従笑いを浮かべる。
坂上は、無視した。
彼は、ノイズの波の中に、規則的な「明滅(パルス)」を探していた。
(……来る。必ず来る。山本五十六は、手加減しない)
ピクッ。
緑色の線が、一瞬、跳ねた。
「……接触(コンタクト)」
坂上の声が、静かに響いた。
「方位(ベアリング)、2-1-0。距離、40キロ。
……多数(マルチプル)。編隊を組んでいる」
「……はあ?」
大林が、呆れた声を出した。
「40キロだと? 馬鹿を言え。
そんな遠くの、しかも夜間の航空機が見えるわけがない。
見張り員! 何か見えるか!」
「いえ! 視界、良好ならず! 何も見えません!」
見張り員が叫び返す。
「ほら見ろ」
大林は、勝ち誇ったように言った。
「機械の誤作動だ。やはりガラクタは……」
「……距離、35キロ」
坂上は、大林の雑音を完全に遮断し、カウントダウンを続けた。
「速度、140ノット。接近中。
……数は、12機以上」
薫が、その数値を必死にメモする。
彼女の手は震えていた。もし、これが誤報なら、坂上は本当に海に叩き込まれる。
「……距離、30キロ」
「いい加減にしろ!」
大林が激昂した。
「貴様、適当な数字を並べて、我々を惑わす気か!
これは演習だぞ! 貴様の妄想に付き合っている暇は……」
「……距離、20キロ」
坂上は、ブラウン管から目を離さず、冷ややかに言った。
「あと5分で、頭上を取られますよ。
……対空戦闘用意(アンチ・エア・ウォーフェア)、なぜ下令しないのですか?
非効率な『死』を待ちたいのですか?」
「き、貴様……ッ!」
その時だった。
「……音(おと)!」
見張り員の一人が、叫んだ。
「微かですが……エンジン音が聞こえます! 方位、南南西!」
「……なに?」
大林が、双眼鏡を構え直す。
「南南西……方位210だと?」
それは、坂上が数分前に告げた方位と、完全に一致していた。
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