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第二章 軍法
EP 34
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魔法ではなく、データだ
「……まさか」
艦橋の空気が、一変した。
「音源、接近! ……近いです!」
「数は!?」
「分かりません! 暗すぎて……!」
人間の耳と目では、そこまでが限界だった。
「そこ」に何かがいる。だが、どれくらいの距離で、何機いるのか、正確な位置が掴めない。
これでは、探照灯(サーチライト)も当てられないし、機銃も撃てない。
「……右舷、探照灯! 照射用意!」
大林が、焦って命令を出す。
「どこだ! どこを照らせばいい!」
闇雲に光を当てても、敵に位置を教えるだけだ。
混乱する艦橋。
その中心で、坂上真一の声だけが、氷のように冷静に響いた。
「……距離、8キロ。仰角(ぎょうかく)、15度」
彼は、大林ではなく、射撃指揮官に向かって言った。
「……探照灯、3番、4番。
方位210、仰角15へ指向せよ。
……私が合図する」
射撃指揮官は、大林の顔を見た。大林は、唇を噛み締め、無言で頷いた。
もはや、この「ガラクタ」に頼る以外、手がない。
探照灯が、暗闇の中で旋回する。
光はまだ出さない。
「……距離、5キロ。
4、3、2……」
坂上は、ブラウン管の輝点(ブリップ)と、敵機の速度を脳内で同期させた。
21世紀のCICで、何千回と繰り返したシミュレーション。
タイミングは、完璧だ。
「……今だ。照射(てーッ)!」
カッ!!
数条の探照灯が、一斉に闇を切り裂いた。
光の柱が、一点に集中する。
その、光の交点。
そこに、浮かび上がったのは。
銀色の翼。
九六式艦上攻撃機。
12機の編隊が、まさに攻撃態勢(雷撃コース)に入ろうとしている姿が、
まるで舞台の主役のように、鮮明に照らし出されていた。
「……!!」
「うおおおっ! 敵だ! 敵機直上!」
「撃てェーッ!」
(演習用の空砲が、一斉に火を吹く)
突然の照射に、攻撃隊のパイロットたちが慌てて回避機動を取るのが見えた。
奇襲は、失敗した。
長門の「完全勝利」だった。
艦橋は、歓声と、興奮の坩堝(るつぼ)と化した。
「当たった! ドンピシャだ!」
「見えたぞ! まるで昼間のようだ!」
大林徳太郎だけが、呆然と、その光景を見上げていた。
自分の自慢の「目(見張り員)」が捉える遥か前に。
エンジン音すら聞こえない距離から。
この男は、「見えて」いた。
「……魔法か」
大林が、呻くように漏らした。
「……貴様、何をした? 何の妖術(ようじゅつ)を使った?」
坂上は、ヘッドセットを外し、ゆっくりと振り返った。
緑色のオシロスコープの光が、彼の顔を下から不気味に照らしていた。
「魔法ではありません」
坂上は、50歳の技術顧問として、この旧世代の提督に宣告した。
「これが『科学』であり、
……これが『データ』です」
「そして、これからの戦争は、
この『データ』を持たぬ者が、一方的に殺される。
……そういう時代です」
大林は、何も言い返せなかった。
彼は、自分の「精神論」が、目の前の「青白い光(レーダー)」の前に、音を立てて崩れ去るのを、認めざるを得なかった。
早乙女薫は、震える手で、その瞬間を記録(タイプ)していた。
【昭和10年、冬。
日本海軍、初の電探射撃演習、成功。
判定:長門の圧勝】
それは、日本海軍が「近代化」へと舵を切った、歴史的な夜だった。
だが、坂上にとっては、まだ「第一歩」に過ぎなかった。
「目」は手に入れた。
次は、「脳(情報処理)」と、「拳(迎撃システム)」だ。
彼は、歓喜に沸く艦橋で、一人、次の「非効率(バグ)」――このレーダー情報を、艦隊全体で共有するシステムの欠如――を、冷ややかに見積もっていた。
「……まさか」
艦橋の空気が、一変した。
「音源、接近! ……近いです!」
「数は!?」
「分かりません! 暗すぎて……!」
人間の耳と目では、そこまでが限界だった。
「そこ」に何かがいる。だが、どれくらいの距離で、何機いるのか、正確な位置が掴めない。
これでは、探照灯(サーチライト)も当てられないし、機銃も撃てない。
「……右舷、探照灯! 照射用意!」
大林が、焦って命令を出す。
「どこだ! どこを照らせばいい!」
闇雲に光を当てても、敵に位置を教えるだけだ。
混乱する艦橋。
その中心で、坂上真一の声だけが、氷のように冷静に響いた。
「……距離、8キロ。仰角(ぎょうかく)、15度」
彼は、大林ではなく、射撃指揮官に向かって言った。
「……探照灯、3番、4番。
方位210、仰角15へ指向せよ。
……私が合図する」
射撃指揮官は、大林の顔を見た。大林は、唇を噛み締め、無言で頷いた。
もはや、この「ガラクタ」に頼る以外、手がない。
探照灯が、暗闇の中で旋回する。
光はまだ出さない。
「……距離、5キロ。
4、3、2……」
坂上は、ブラウン管の輝点(ブリップ)と、敵機の速度を脳内で同期させた。
21世紀のCICで、何千回と繰り返したシミュレーション。
タイミングは、完璧だ。
「……今だ。照射(てーッ)!」
カッ!!
数条の探照灯が、一斉に闇を切り裂いた。
光の柱が、一点に集中する。
その、光の交点。
そこに、浮かび上がったのは。
銀色の翼。
九六式艦上攻撃機。
12機の編隊が、まさに攻撃態勢(雷撃コース)に入ろうとしている姿が、
まるで舞台の主役のように、鮮明に照らし出されていた。
「……!!」
「うおおおっ! 敵だ! 敵機直上!」
「撃てェーッ!」
(演習用の空砲が、一斉に火を吹く)
突然の照射に、攻撃隊のパイロットたちが慌てて回避機動を取るのが見えた。
奇襲は、失敗した。
長門の「完全勝利」だった。
艦橋は、歓声と、興奮の坩堝(るつぼ)と化した。
「当たった! ドンピシャだ!」
「見えたぞ! まるで昼間のようだ!」
大林徳太郎だけが、呆然と、その光景を見上げていた。
自分の自慢の「目(見張り員)」が捉える遥か前に。
エンジン音すら聞こえない距離から。
この男は、「見えて」いた。
「……魔法か」
大林が、呻くように漏らした。
「……貴様、何をした? 何の妖術(ようじゅつ)を使った?」
坂上は、ヘッドセットを外し、ゆっくりと振り返った。
緑色のオシロスコープの光が、彼の顔を下から不気味に照らしていた。
「魔法ではありません」
坂上は、50歳の技術顧問として、この旧世代の提督に宣告した。
「これが『科学』であり、
……これが『データ』です」
「そして、これからの戦争は、
この『データ』を持たぬ者が、一方的に殺される。
……そういう時代です」
大林は、何も言い返せなかった。
彼は、自分の「精神論」が、目の前の「青白い光(レーダー)」の前に、音を立てて崩れ去るのを、認めざるを得なかった。
早乙女薫は、震える手で、その瞬間を記録(タイプ)していた。
【昭和10年、冬。
日本海軍、初の電探射撃演習、成功。
判定:長門の圧勝】
それは、日本海軍が「近代化」へと舵を切った、歴史的な夜だった。
だが、坂上にとっては、まだ「第一歩」に過ぎなかった。
「目」は手に入れた。
次は、「脳(情報処理)」と、「拳(迎撃システム)」だ。
彼は、歓喜に沸く艦橋で、一人、次の「非効率(バグ)」――このレーダー情報を、艦隊全体で共有するシステムの欠如――を、冷ややかに見積もっていた。
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