55 / 80
第二章 軍法
EP 34
しおりを挟む
魔法ではなく、データだ
「……まさか」
艦橋の空気が、一変した。
「音源、接近! ……近いです!」
「数は!?」
「分かりません! 暗すぎて……!」
人間の耳と目では、そこまでが限界だった。
「そこ」に何かがいる。だが、どれくらいの距離で、何機いるのか、正確な位置が掴めない。
これでは、探照灯(サーチライト)も当てられないし、機銃も撃てない。
「……右舷、探照灯! 照射用意!」
大林が、焦って命令を出す。
「どこだ! どこを照らせばいい!」
闇雲に光を当てても、敵に位置を教えるだけだ。
混乱する艦橋。
その中心で、坂上真一の声だけが、氷のように冷静に響いた。
「……距離、8キロ。仰角(ぎょうかく)、15度」
彼は、大林ではなく、射撃指揮官に向かって言った。
「……探照灯、3番、4番。
方位210、仰角15へ指向せよ。
……私が合図する」
射撃指揮官は、大林の顔を見た。大林は、唇を噛み締め、無言で頷いた。
もはや、この「ガラクタ」に頼る以外、手がない。
探照灯が、暗闇の中で旋回する。
光はまだ出さない。
「……距離、5キロ。
4、3、2……」
坂上は、ブラウン管の輝点(ブリップ)と、敵機の速度を脳内で同期させた。
21世紀のCICで、何千回と繰り返したシミュレーション。
タイミングは、完璧だ。
「……今だ。照射(てーッ)!」
カッ!!
数条の探照灯が、一斉に闇を切り裂いた。
光の柱が、一点に集中する。
その、光の交点。
そこに、浮かび上がったのは。
銀色の翼。
九六式艦上攻撃機。
12機の編隊が、まさに攻撃態勢(雷撃コース)に入ろうとしている姿が、
まるで舞台の主役のように、鮮明に照らし出されていた。
「……!!」
「うおおおっ! 敵だ! 敵機直上!」
「撃てェーッ!」
(演習用の空砲が、一斉に火を吹く)
突然の照射に、攻撃隊のパイロットたちが慌てて回避機動を取るのが見えた。
奇襲は、失敗した。
長門の「完全勝利」だった。
艦橋は、歓声と、興奮の坩堝(るつぼ)と化した。
「当たった! ドンピシャだ!」
「見えたぞ! まるで昼間のようだ!」
大林徳太郎だけが、呆然と、その光景を見上げていた。
自分の自慢の「目(見張り員)」が捉える遥か前に。
エンジン音すら聞こえない距離から。
この男は、「見えて」いた。
「……魔法か」
大林が、呻くように漏らした。
「……貴様、何をした? 何の妖術(ようじゅつ)を使った?」
坂上は、ヘッドセットを外し、ゆっくりと振り返った。
緑色のオシロスコープの光が、彼の顔を下から不気味に照らしていた。
「魔法ではありません」
坂上は、50歳の技術顧問として、この旧世代の提督に宣告した。
「これが『科学』であり、
……これが『データ』です」
「そして、これからの戦争は、
この『データ』を持たぬ者が、一方的に殺される。
……そういう時代です」
大林は、何も言い返せなかった。
彼は、自分の「精神論」が、目の前の「青白い光(レーダー)」の前に、音を立てて崩れ去るのを、認めざるを得なかった。
早乙女薫は、震える手で、その瞬間を記録(タイプ)していた。
【昭和10年、冬。
日本海軍、初の電探射撃演習、成功。
判定:長門の圧勝】
それは、日本海軍が「近代化」へと舵を切った、歴史的な夜だった。
だが、坂上にとっては、まだ「第一歩」に過ぎなかった。
「目」は手に入れた。
次は、「脳(情報処理)」と、「拳(迎撃システム)」だ。
彼は、歓喜に沸く艦橋で、一人、次の「非効率(バグ)」――このレーダー情報を、艦隊全体で共有するシステムの欠如――を、冷ややかに見積もっていた。
「……まさか」
艦橋の空気が、一変した。
「音源、接近! ……近いです!」
「数は!?」
「分かりません! 暗すぎて……!」
人間の耳と目では、そこまでが限界だった。
「そこ」に何かがいる。だが、どれくらいの距離で、何機いるのか、正確な位置が掴めない。
これでは、探照灯(サーチライト)も当てられないし、機銃も撃てない。
「……右舷、探照灯! 照射用意!」
大林が、焦って命令を出す。
「どこだ! どこを照らせばいい!」
闇雲に光を当てても、敵に位置を教えるだけだ。
混乱する艦橋。
その中心で、坂上真一の声だけが、氷のように冷静に響いた。
「……距離、8キロ。仰角(ぎょうかく)、15度」
彼は、大林ではなく、射撃指揮官に向かって言った。
「……探照灯、3番、4番。
方位210、仰角15へ指向せよ。
……私が合図する」
射撃指揮官は、大林の顔を見た。大林は、唇を噛み締め、無言で頷いた。
もはや、この「ガラクタ」に頼る以外、手がない。
探照灯が、暗闇の中で旋回する。
光はまだ出さない。
「……距離、5キロ。
4、3、2……」
坂上は、ブラウン管の輝点(ブリップ)と、敵機の速度を脳内で同期させた。
21世紀のCICで、何千回と繰り返したシミュレーション。
タイミングは、完璧だ。
「……今だ。照射(てーッ)!」
カッ!!
数条の探照灯が、一斉に闇を切り裂いた。
光の柱が、一点に集中する。
その、光の交点。
そこに、浮かび上がったのは。
銀色の翼。
九六式艦上攻撃機。
12機の編隊が、まさに攻撃態勢(雷撃コース)に入ろうとしている姿が、
まるで舞台の主役のように、鮮明に照らし出されていた。
「……!!」
「うおおおっ! 敵だ! 敵機直上!」
「撃てェーッ!」
(演習用の空砲が、一斉に火を吹く)
突然の照射に、攻撃隊のパイロットたちが慌てて回避機動を取るのが見えた。
奇襲は、失敗した。
長門の「完全勝利」だった。
艦橋は、歓声と、興奮の坩堝(るつぼ)と化した。
「当たった! ドンピシャだ!」
「見えたぞ! まるで昼間のようだ!」
大林徳太郎だけが、呆然と、その光景を見上げていた。
自分の自慢の「目(見張り員)」が捉える遥か前に。
エンジン音すら聞こえない距離から。
この男は、「見えて」いた。
「……魔法か」
大林が、呻くように漏らした。
「……貴様、何をした? 何の妖術(ようじゅつ)を使った?」
坂上は、ヘッドセットを外し、ゆっくりと振り返った。
緑色のオシロスコープの光が、彼の顔を下から不気味に照らしていた。
「魔法ではありません」
坂上は、50歳の技術顧問として、この旧世代の提督に宣告した。
「これが『科学』であり、
……これが『データ』です」
「そして、これからの戦争は、
この『データ』を持たぬ者が、一方的に殺される。
……そういう時代です」
大林は、何も言い返せなかった。
彼は、自分の「精神論」が、目の前の「青白い光(レーダー)」の前に、音を立てて崩れ去るのを、認めざるを得なかった。
早乙女薫は、震える手で、その瞬間を記録(タイプ)していた。
【昭和10年、冬。
日本海軍、初の電探射撃演習、成功。
判定:長門の圧勝】
それは、日本海軍が「近代化」へと舵を切った、歴史的な夜だった。
だが、坂上にとっては、まだ「第一歩」に過ぎなかった。
「目」は手に入れた。
次は、「脳(情報処理)」と、「拳(迎撃システム)」だ。
彼は、歓喜に沸く艦橋で、一人、次の「非効率(バグ)」――このレーダー情報を、艦隊全体で共有するシステムの欠如――を、冷ややかに見積もっていた。
20
あなたにおすすめの小説
日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
日露戦争の真実
蔵屋
歴史・時代
私の先祖は日露戦争の奉天の戦いで若くして戦死しました。
日本政府の定めた徴兵制で戦地に行ったのでした。
日露戦争が始まったのは明治37年(1904)2月6日でした。
帝政ロシアは清国の領土だった中国東北部を事実上占領下に置き、さらに朝鮮半島、日本海に勢力を伸ばそうとしていました。
日本はこれに対抗し開戦に至ったのです。
ほぼ同時に、日本連合艦隊はロシア軍の拠点港である旅順に向かい、ロシア軍の旅順艦隊の殲滅を目指すことになりました。
ロシア軍はヨーロッパに配備していたバルチック艦隊を日本に派遣するべく準備を開始したのです。
深い入り江に守られた旅順沿岸に設置された強力な砲台のため日本の連合艦隊は、陸軍に陸上からの旅順艦隊攻撃を要請したのでした。
この物語の始まりです。
『神知りて 人の幸せ 祈るのみ
神の伝えし 愛善の道』
この短歌は私が今年元旦に詠んだ歌である。
作家 蔵屋日唱
【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記
糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。
それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。
かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。
ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。
※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。
忘却の艦隊
KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。
大型輸送艦は工作艦を兼ねた。
総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。
残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。
輸送任務の最先任士官は大佐。
新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。
本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。
他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。
公安に近い監査だった。
しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。
そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。
機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。
完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。
意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。
恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。
なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。
しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。
艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。
そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。
果たして彼らは帰還できるのか?
帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる