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第三章 大和
EP 1
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空飛ぶ「火薬庫」
「……正気か?」
坂上の低い声が、次官室の重苦しい空気を震わせた。
「九六式陸攻(りくこう)の翼内タンクは、防弾ゴムなど施されていない。
主翼の全てがガソリンの容器だ。
それを、護衛戦闘機もなしに、敵の迎撃圏内へ突っ込ませるだと?」
川上大佐は、薄ら笑いを浮かべたまま答えた。
「だからこそ、海軍の『練度』が試されるのです。
陸軍は苦戦しております。上陸部隊の頭上を、敵機が飛び交っている。
敵の航空基地を叩けるのは、長い航続距離を持つ海軍の陸攻だけだ」
「航続距離(スペック)だけの張りぼてだ!」
坂上が机を叩いた。
「あれは長距離を飛ぶために、防御を全て捨てた機体だ。
敵の戦闘機に捕まれば、一発で火達磨になる。
……パイロットを、生きたまま焼き殺す気か!」
「言葉が過ぎるぞ、顧問」
川上の目が冷たく細められた。
「これは『統帥権』に関わる問題だ。
海軍が『協力できない』と言うならそれでも構わん。
だがその場合、陸軍は『海軍は臆病風に吹かれて友軍を見殺しにした』と、大本営に報告せざるを得んがな」
「……貴様ッ!」
「……よそう、坂上君」
山本五十六が、沈痛な面持ちで制した。
山本は、理解していた。これが「政治的」な詰みであることを。
ここで海軍が引けば、予算も、発言力も、全て陸軍に奪われる。
組織を守るためには、部下を死地に送るしかない。それが、この国の軍隊の「非合理な構造」だった。
「……川上大佐。要請は受諾する」
山本は、血を吐くような思いで言った。
「海軍航空隊は、渡洋爆撃を敢行する」
「賢明なご判断です」
川上は、恭しく敬礼した。その目には、坂上の「合理性」を政治でねじ伏せた、暗い喜びが宿っていた。
川上が去った後、坂上は壁の地図を睨みつけた。
九州から南京まで、片道約1000キロ。
往復2000キロの死の旅路。
「……止められんぞ、坂上君」
山本が、背中を向けたまま言った。
「現場の司令部も、戦意が高揚しきっている。『海軍の空の力を見せてやる』とな」
「……ならば」
坂上は、感情を押し殺し、黒飴を噛み砕いた。
「せめて、少しでも生存率を上げる『悪あがき』をします。
……気象データと、敵の迎撃パターンの解析を急ぎます」
「……正気か?」
坂上の低い声が、次官室の重苦しい空気を震わせた。
「九六式陸攻(りくこう)の翼内タンクは、防弾ゴムなど施されていない。
主翼の全てがガソリンの容器だ。
それを、護衛戦闘機もなしに、敵の迎撃圏内へ突っ込ませるだと?」
川上大佐は、薄ら笑いを浮かべたまま答えた。
「だからこそ、海軍の『練度』が試されるのです。
陸軍は苦戦しております。上陸部隊の頭上を、敵機が飛び交っている。
敵の航空基地を叩けるのは、長い航続距離を持つ海軍の陸攻だけだ」
「航続距離(スペック)だけの張りぼてだ!」
坂上が机を叩いた。
「あれは長距離を飛ぶために、防御を全て捨てた機体だ。
敵の戦闘機に捕まれば、一発で火達磨になる。
……パイロットを、生きたまま焼き殺す気か!」
「言葉が過ぎるぞ、顧問」
川上の目が冷たく細められた。
「これは『統帥権』に関わる問題だ。
海軍が『協力できない』と言うならそれでも構わん。
だがその場合、陸軍は『海軍は臆病風に吹かれて友軍を見殺しにした』と、大本営に報告せざるを得んがな」
「……貴様ッ!」
「……よそう、坂上君」
山本五十六が、沈痛な面持ちで制した。
山本は、理解していた。これが「政治的」な詰みであることを。
ここで海軍が引けば、予算も、発言力も、全て陸軍に奪われる。
組織を守るためには、部下を死地に送るしかない。それが、この国の軍隊の「非合理な構造」だった。
「……川上大佐。要請は受諾する」
山本は、血を吐くような思いで言った。
「海軍航空隊は、渡洋爆撃を敢行する」
「賢明なご判断です」
川上は、恭しく敬礼した。その目には、坂上の「合理性」を政治でねじ伏せた、暗い喜びが宿っていた。
川上が去った後、坂上は壁の地図を睨みつけた。
九州から南京まで、片道約1000キロ。
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「……止められんぞ、坂上君」
山本が、背中を向けたまま言った。
「現場の司令部も、戦意が高揚しきっている。『海軍の空の力を見せてやる』とな」
「……ならば」
坂上は、感情を押し殺し、黒飴を噛み砕いた。
「せめて、少しでも生存率を上げる『悪あがき』をします。
……気象データと、敵の迎撃パターンの解析を急ぎます」
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