73 / 80
第三章 大和
EP 12
しおりを挟む
最後の蛇口
昭和16年(1941年)、夏。
坂上の予測通り、歴史は最悪のコースを辿った。
日本軍の南部仏印進駐を受け、アメリカはついに「対日石油全面禁輸」を発動した。
日本の「蛇口」は、完全に閉められた。
海軍の石油備蓄は、訓練を切り詰めても、あと二年分しかない。
「……詰んだな」
築地の研究所で、坂上は新しい海図を広げていた。
そこには、ハワイ・オアフ島の詳細な地形図と、真珠湾の水深データが書き込まれていた。
「軍令部はパニックだ」
坂上は、淡々と言った。
「『座して死を待つよりは、打って出るべし』。
ジリ貧になる前に、乾坤一擲(けんこんいってき)の勝負に出る。
……彼らの『非合理』な論理では、開戦はもはや『合理的』な帰結になった」
「……戦争、ですね」
薫が、タイプライターの手を止めた。
「本当に、アメリカと……」
「ああ。だが、勝つための戦争じゃない」
坂上は、海図の上の「真珠湾」に、赤いペンで丸をつけた。
「『負けない』ための、あるいは『マシな講和』に持ち込むための、ギリギリの戦争だ」
その夜。
坂上のもとに、山本五十六からの極秘の呼び出しがあった。
場所は、停泊中の戦艦「長門」の長官公室。
「……坂上君」
山本は、以前よりも白髪が増え、やつれていた。
だが、その目には、悲壮な決意の光があった。
「……私は、決めたよ」
山本は、一枚の作戦草案をテーブルに置いた。
「もはや、開戦は避けられん。
ならば、私が指揮を執る。
……開戦初頭、全航空兵力を結集し、ハワイ真珠湾を叩く」
「……Z作戦、ですね」
坂上は、その草案を手に取った。
「反対はしません。
正面から艦隊決戦を挑めば、物量で押しつぶされます。
勝機があるとしたら、奇襲による『出鼻くじき』だけです」
「だが」
坂上は、ペンを取り出し、山本の作戦案に、容赦なく赤を入れた。
「……目標が、甘い」
「何?」
「貴官の案では、主目標が『戦艦』になっている」
坂上は、真珠湾に停泊する戦艦群(バトルシップ・ロウ)を指差した。
「戦艦など、沈めても意味はない。
アメリカはすぐに引き上げるか、新しいのを作るだけだ。
……叩くべきは、こっちだ」
坂上は、港の奥にある「巨大なタンク群」と、「ドック(修理施設)」、そして「空母」に、二重丸をつけた。
「石油タンクと、修理ドック。
これを破壊すれば、アメリカ艦隊はハワイを基地として使えなくなる。
本土(サンディエゴ)まで下がらざるを得ない。
……その『時間』こそが、日本が生き残るための唯一のリソースだ」
「……兵站(ロジスティクス)攻撃か」
山本が唸った。
「地味だが……確かに、痛いな」
「派手な戦果はいりません」
坂上は言った。
「アメリカの『足』を折ってください。
……そのための『道具』は、私が用意します」
「道具?」
「浅瀬でも使える『特製魚雷』。
そして、水平爆撃の精度を上げる『自動照準器』。
……すべて、この『掃き溜め』で作ってみせます」
昭和16年、冬。
運命の12月8日に向けて、坂上真一の最後の「魔改造」が始まろうとしていた。
昭和16年(1941年)、夏。
坂上の予測通り、歴史は最悪のコースを辿った。
日本軍の南部仏印進駐を受け、アメリカはついに「対日石油全面禁輸」を発動した。
日本の「蛇口」は、完全に閉められた。
海軍の石油備蓄は、訓練を切り詰めても、あと二年分しかない。
「……詰んだな」
築地の研究所で、坂上は新しい海図を広げていた。
そこには、ハワイ・オアフ島の詳細な地形図と、真珠湾の水深データが書き込まれていた。
「軍令部はパニックだ」
坂上は、淡々と言った。
「『座して死を待つよりは、打って出るべし』。
ジリ貧になる前に、乾坤一擲(けんこんいってき)の勝負に出る。
……彼らの『非合理』な論理では、開戦はもはや『合理的』な帰結になった」
「……戦争、ですね」
薫が、タイプライターの手を止めた。
「本当に、アメリカと……」
「ああ。だが、勝つための戦争じゃない」
坂上は、海図の上の「真珠湾」に、赤いペンで丸をつけた。
「『負けない』ための、あるいは『マシな講和』に持ち込むための、ギリギリの戦争だ」
その夜。
坂上のもとに、山本五十六からの極秘の呼び出しがあった。
場所は、停泊中の戦艦「長門」の長官公室。
「……坂上君」
山本は、以前よりも白髪が増え、やつれていた。
だが、その目には、悲壮な決意の光があった。
「……私は、決めたよ」
山本は、一枚の作戦草案をテーブルに置いた。
「もはや、開戦は避けられん。
ならば、私が指揮を執る。
……開戦初頭、全航空兵力を結集し、ハワイ真珠湾を叩く」
「……Z作戦、ですね」
坂上は、その草案を手に取った。
「反対はしません。
正面から艦隊決戦を挑めば、物量で押しつぶされます。
勝機があるとしたら、奇襲による『出鼻くじき』だけです」
「だが」
坂上は、ペンを取り出し、山本の作戦案に、容赦なく赤を入れた。
「……目標が、甘い」
「何?」
「貴官の案では、主目標が『戦艦』になっている」
坂上は、真珠湾に停泊する戦艦群(バトルシップ・ロウ)を指差した。
「戦艦など、沈めても意味はない。
アメリカはすぐに引き上げるか、新しいのを作るだけだ。
……叩くべきは、こっちだ」
坂上は、港の奥にある「巨大なタンク群」と、「ドック(修理施設)」、そして「空母」に、二重丸をつけた。
「石油タンクと、修理ドック。
これを破壊すれば、アメリカ艦隊はハワイを基地として使えなくなる。
本土(サンディエゴ)まで下がらざるを得ない。
……その『時間』こそが、日本が生き残るための唯一のリソースだ」
「……兵站(ロジスティクス)攻撃か」
山本が唸った。
「地味だが……確かに、痛いな」
「派手な戦果はいりません」
坂上は言った。
「アメリカの『足』を折ってください。
……そのための『道具』は、私が用意します」
「道具?」
「浅瀬でも使える『特製魚雷』。
そして、水平爆撃の精度を上げる『自動照準器』。
……すべて、この『掃き溜め』で作ってみせます」
昭和16年、冬。
運命の12月8日に向けて、坂上真一の最後の「魔改造」が始まろうとしていた。
0
あなたにおすすめの小説
日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
日露戦争の真実
蔵屋
歴史・時代
私の先祖は日露戦争の奉天の戦いで若くして戦死しました。
日本政府の定めた徴兵制で戦地に行ったのでした。
日露戦争が始まったのは明治37年(1904)2月6日でした。
帝政ロシアは清国の領土だった中国東北部を事実上占領下に置き、さらに朝鮮半島、日本海に勢力を伸ばそうとしていました。
日本はこれに対抗し開戦に至ったのです。
ほぼ同時に、日本連合艦隊はロシア軍の拠点港である旅順に向かい、ロシア軍の旅順艦隊の殲滅を目指すことになりました。
ロシア軍はヨーロッパに配備していたバルチック艦隊を日本に派遣するべく準備を開始したのです。
深い入り江に守られた旅順沿岸に設置された強力な砲台のため日本の連合艦隊は、陸軍に陸上からの旅順艦隊攻撃を要請したのでした。
この物語の始まりです。
『神知りて 人の幸せ 祈るのみ
神の伝えし 愛善の道』
この短歌は私が今年元旦に詠んだ歌である。
作家 蔵屋日唱
【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記
糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。
それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。
かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。
ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。
※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。
忘却の艦隊
KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。
大型輸送艦は工作艦を兼ねた。
総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。
残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。
輸送任務の最先任士官は大佐。
新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。
本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。
他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。
公安に近い監査だった。
しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。
そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。
機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。
完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。
意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。
恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。
なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。
しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。
艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。
そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。
果たして彼らは帰還できるのか?
帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる