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第三章 大和
EP 11
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敗北の祝杯
昭和15年9月27日。
日独伊三国同盟、調印。
その夜。銀座の街は、提灯行列で埋め尽くされていた。
「万歳!」「日独伊、強いぞ!」「米英撃つべし!」
人々は熱狂していた。
不安な生活、終わりの見えない中国戦線、そういった鬱屈を、この「強力な同盟」という祭り騒ぎで晴らそうとしているかのようだった。
その熱狂の裏通り。
薄暗い安酒場のカウンターに、坂上真一はいた。
「……ふざけるな」
坂上は、安酒(メチル交じりのカストリかもしれない)を、喉に流し込んだ。
焼けるような不味さ。だが、今の彼には、それが相応しかった。
「……坂上さん、飲みすぎです」
隣で、早乙女薫が、心配そうに杯を取り上げようとする。
彼女もまた、この敗北に打ちのめされていたが、坂上の荒れようは、彼女の想像を超えていた。
「放っておけ」
坂上は、突っ伏した。
「……俺は、何も変えられなかった」
「……そんなこと、ありません。
レーダーも、ゼロ戦も……」
「小手先の技術だ!」
坂上は、グラスを叩きつけた。
「いくら技術で『延命』しても、国家の舵取りが『自殺』に向かっていちゃ、何の意味もない!
……俺は、知っているんだ。
この先に何があるか。
空襲。飢餓。原爆。
……あいつらの『万歳』が、数年後、どんな『悲鳴』に変わるか、俺だけが知っているんだ!」
坂上は、涙を流していた。
50歳の男が、人目も憚らず、子供のように泣いていた。
祖父を、国を、未来を救おうとして、その最大の分岐点で、無力に弾き飛ばされた悔しさ。
「……坂上さん」
薫は、そっと彼の手を握った。
その手は、熱く、そして震えていた。
「……私たちが生きている『今』は、まだ途中です」
薫は、自分自身に言い聞かせるように言った。
「最悪の選択だったかもしれない。
でも、まだ『終わり』じゃありません。
……貴方が作ったレーダーは、明日も動きます。
貴方が守ろうとしたパイロットたちは、まだ生きています」
「……薫君」
「泣いてる暇があったら、次を考えましょう」
薫は、ハンカチで坂上の顔を乱暴に拭いた。
「貴方は『合理主義者』でしょう?
『負け』が確定したなら、そこからどうやって『被害を最小限にする(ベターな負け方をする)』か、計算するのが仕事じゃないんですか?」
坂上は、ハッとした顔で薫を見た。
彼女の目には、かつて北支で見せた、あの芯の強さが戻っていた。
「……そうだな」
坂上は、深呼吸をした。
不味い酒の味と、薫の手の温もりが、彼を現実に引き戻した。
「……同盟は結ばれた。これは変えられない定数(パラメータ)だ」
坂上は、頭の中で、シミュレーションを再構築し始めた。
「次に起きるのは、アメリカの経済制裁。石油の全面禁輸だ。
……それが来れば、もう『開戦』は避けられない」
「なら、どうしますか?」
「……準備する」
坂上は、残りの酒を飲み干した。
「開戦劈頭(へきとう)。
最初の一撃で、アメリカの『戦意』と『継戦能力』を、物理的にへし折る。
……山本五十六が考えている『真珠湾』。
あれを、俺が『魔改造』する」
昭和15年9月27日。
日独伊三国同盟、調印。
その夜。銀座の街は、提灯行列で埋め尽くされていた。
「万歳!」「日独伊、強いぞ!」「米英撃つべし!」
人々は熱狂していた。
不安な生活、終わりの見えない中国戦線、そういった鬱屈を、この「強力な同盟」という祭り騒ぎで晴らそうとしているかのようだった。
その熱狂の裏通り。
薄暗い安酒場のカウンターに、坂上真一はいた。
「……ふざけるな」
坂上は、安酒(メチル交じりのカストリかもしれない)を、喉に流し込んだ。
焼けるような不味さ。だが、今の彼には、それが相応しかった。
「……坂上さん、飲みすぎです」
隣で、早乙女薫が、心配そうに杯を取り上げようとする。
彼女もまた、この敗北に打ちのめされていたが、坂上の荒れようは、彼女の想像を超えていた。
「放っておけ」
坂上は、突っ伏した。
「……俺は、何も変えられなかった」
「……そんなこと、ありません。
レーダーも、ゼロ戦も……」
「小手先の技術だ!」
坂上は、グラスを叩きつけた。
「いくら技術で『延命』しても、国家の舵取りが『自殺』に向かっていちゃ、何の意味もない!
……俺は、知っているんだ。
この先に何があるか。
空襲。飢餓。原爆。
……あいつらの『万歳』が、数年後、どんな『悲鳴』に変わるか、俺だけが知っているんだ!」
坂上は、涙を流していた。
50歳の男が、人目も憚らず、子供のように泣いていた。
祖父を、国を、未来を救おうとして、その最大の分岐点で、無力に弾き飛ばされた悔しさ。
「……坂上さん」
薫は、そっと彼の手を握った。
その手は、熱く、そして震えていた。
「……私たちが生きている『今』は、まだ途中です」
薫は、自分自身に言い聞かせるように言った。
「最悪の選択だったかもしれない。
でも、まだ『終わり』じゃありません。
……貴方が作ったレーダーは、明日も動きます。
貴方が守ろうとしたパイロットたちは、まだ生きています」
「……薫君」
「泣いてる暇があったら、次を考えましょう」
薫は、ハンカチで坂上の顔を乱暴に拭いた。
「貴方は『合理主義者』でしょう?
『負け』が確定したなら、そこからどうやって『被害を最小限にする(ベターな負け方をする)』か、計算するのが仕事じゃないんですか?」
坂上は、ハッとした顔で薫を見た。
彼女の目には、かつて北支で見せた、あの芯の強さが戻っていた。
「……そうだな」
坂上は、深呼吸をした。
不味い酒の味と、薫の手の温もりが、彼を現実に引き戻した。
「……同盟は結ばれた。これは変えられない定数(パラメータ)だ」
坂上は、頭の中で、シミュレーションを再構築し始めた。
「次に起きるのは、アメリカの経済制裁。石油の全面禁輸だ。
……それが来れば、もう『開戦』は避けられない」
「なら、どうしますか?」
「……準備する」
坂上は、残りの酒を飲み干した。
「開戦劈頭(へきとう)。
最初の一撃で、アメリカの『戦意』と『継戦能力』を、物理的にへし折る。
……山本五十六が考えている『真珠湾』。
あれを、俺が『魔改造』する」
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