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第三章 大和
EP 10
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論理(ロジック)の敗北
海軍省、大臣室。
そこは、最後の砦(とりで)だった。
海軍大臣・及川古志郎(おいかわ こしろう)、そして連合艦隊司令長官に就任していた山本五十六。
彼らの前で、坂上は熱弁を振るっていた。
「……以上のデータから、ドイツの優位は長くとも二年で崩壊します」
坂上は、黒板にグラフを描き殴った。
「対して、アメリカの工業生産力は、現在でも日独の合計を上回っている。
もしアメリカが本気で戦時体制に入れば、その差は十倍、二十倍に開きます。
……この同盟は、沈みかけた船(ドイツ)に、自ら鎖で繋がれに行くようなものです!」
山本五十六は、深く頷いた。
「……正論だ。坂上君の言う通りだ。
私も、米内さんも、井上(成美)君も、そう主張し続けてきた」
「ならば!」
坂上が叫ぶ。
「なぜ、断固として拒否しないのですか!
海軍が『NO』と言えば、この同盟は流れるはずです!」
山本は、苦渋に満ちた顔で、天井を仰いだ。
「……坂上君。
君は『数字』には強い。だが、『人間』という不合理な生き物の弱さを、計算に入れていない」
山本は、大臣席に座る及川を見た。
及川海相は、蒼白な顔で、震える手で書類を握りしめていた。
「……怖いのだよ」
山本が、代わりに答えた。
「陸軍が。右翼が。そして、世論が」
「……恐怖?」
「毎日だ」
山本は、静かに言った。
「毎日、脅迫状が届く。
『国賊』『非国民』『腹を切れ』。
自宅には石が投げ込まれ、特高や憲兵が、我々の行動を監視している。
……私は慣れているが、家族を持つ者や、根の優しい者には、耐え難い圧力だ」
「……そんな、非合理な理由で……!」
「非合理だが、強力だ」
山本は、力なく笑った。
「それに、陸軍は『この同盟はあくまでイギリス牽制のためだ』『アメリカとは戦わない』と、甘い言葉を囁いている。
……疲れている人間は、甘い言葉に縋(すが)りたくなるものだ」
その数日後。
御前会議において、三国同盟締結の方針が決定された。
海軍は、最後まで反対しきれなかった。
「病気」を理由に辞任した米内光政の代わりに、その席にいたのは、空気に流された首脳部たちだった。
坂上の「論理(ロジック)」は、
「空気(ムード)」と「恐怖(テロル)」という、圧倒的な「感情」の前に、
紙屑のように吹き飛ばされた。
海軍省、大臣室。
そこは、最後の砦(とりで)だった。
海軍大臣・及川古志郎(おいかわ こしろう)、そして連合艦隊司令長官に就任していた山本五十六。
彼らの前で、坂上は熱弁を振るっていた。
「……以上のデータから、ドイツの優位は長くとも二年で崩壊します」
坂上は、黒板にグラフを描き殴った。
「対して、アメリカの工業生産力は、現在でも日独の合計を上回っている。
もしアメリカが本気で戦時体制に入れば、その差は十倍、二十倍に開きます。
……この同盟は、沈みかけた船(ドイツ)に、自ら鎖で繋がれに行くようなものです!」
山本五十六は、深く頷いた。
「……正論だ。坂上君の言う通りだ。
私も、米内さんも、井上(成美)君も、そう主張し続けてきた」
「ならば!」
坂上が叫ぶ。
「なぜ、断固として拒否しないのですか!
海軍が『NO』と言えば、この同盟は流れるはずです!」
山本は、苦渋に満ちた顔で、天井を仰いだ。
「……坂上君。
君は『数字』には強い。だが、『人間』という不合理な生き物の弱さを、計算に入れていない」
山本は、大臣席に座る及川を見た。
及川海相は、蒼白な顔で、震える手で書類を握りしめていた。
「……怖いのだよ」
山本が、代わりに答えた。
「陸軍が。右翼が。そして、世論が」
「……恐怖?」
「毎日だ」
山本は、静かに言った。
「毎日、脅迫状が届く。
『国賊』『非国民』『腹を切れ』。
自宅には石が投げ込まれ、特高や憲兵が、我々の行動を監視している。
……私は慣れているが、家族を持つ者や、根の優しい者には、耐え難い圧力だ」
「……そんな、非合理な理由で……!」
「非合理だが、強力だ」
山本は、力なく笑った。
「それに、陸軍は『この同盟はあくまでイギリス牽制のためだ』『アメリカとは戦わない』と、甘い言葉を囁いている。
……疲れている人間は、甘い言葉に縋(すが)りたくなるものだ」
その数日後。
御前会議において、三国同盟締結の方針が決定された。
海軍は、最後まで反対しきれなかった。
「病気」を理由に辞任した米内光政の代わりに、その席にいたのは、空気に流された首脳部たちだった。
坂上の「論理(ロジック)」は、
「空気(ムード)」と「恐怖(テロル)」という、圧倒的な「感情」の前に、
紙屑のように吹き飛ばされた。
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