『「貴様の命令では犬死にだ」 50歳のイージス艦長、昭和(1935)に転生。非効率な精神論を殴り飛ばし、日本を魔改造する』

月神世一

文字の大きさ
80 / 80
第三章 大和

EP 19

しおりを挟む
怪物の脳髄(CIC)
​昭和17年(1942年)4月。
戦艦「大和」は、瀬戸内海の柱島泊地に鎮座していた。
その姿は、外部から見れば、かつての「大艦巨砲主義」の象徴そのものだった。
だが、その内部――分厚い装甲に守られた艦の心臓部は、歴史上どの軍艦とも異なる空間に変貌していた。
​「……室温22度。湿度50%。空調システム、正常」
早乙女薫の声が、薄暗い部屋に響く。
​そこは、大和の第二甲板、本来なら兵員居住区や倉庫になるはずだった場所をぶち抜いて作られた、巨大な空間だった。
壁一面には、太平洋全域をカバーする巨大な作戦ボード。
中央には、海図を投影する大型プロッター。
そして、その周囲を、数十台の通信機と、特注の受信機、そして最新鋭の「電探(レーダー)」のスコープが取り囲んでいた。
​ここが、坂上真一が作り上げた「艦隊防空指揮所(CIC)」である。
​「……快適だな」
坂上は、回転椅子に深く座り、冷えたコーヒー(大和の冷蔵庫で作られた氷入りだ)を回した。
「外の蒸し風呂とは別世界だ。
兵士のためではない。真空管(マシーン)の熱暴走を防ぐための空調だがな」
​史実で「大和ホテル」と揶揄された冷房設備は、ここでは「サーバー冷却システム」としてフル稼働していた。
​「……気に入らんな」
部屋の入り口で、黒島亀人大佐が不愉快そうに鼻を鳴らした。
「軍艦の中に、こんな『女子供の遊び場』のような部屋があるとは。
戦いは艦橋(ブリッジ)で行うものだ。長官も、こんな地下室に引きこもっていては、士気が下がる」
​「艦橋は『操艦』する場所だ」
坂上は振り返りもせずに言った。
「ここは『思考』する場所だ。
……黒島大佐。貴官の頭の中にある『精神論』とやらで、数千キロ彼方の敵艦隊の動きが読めるか?」
​「何だと?」
​「読めないなら、黙って見ていろ」
坂上は、ヘッドセットを耳に当てた。
「……通信班、感度は?」
「良好です!
トラック島、ラバウル、そして千島の哨戒艇からの定時連絡、すべてクリアに入感!」
​大和のメインマストに増設された、巨大なアンテナ群。
そして、坂上が導入した「周波数多重化通信」の技術。
これにより、大和は日本中の基地や艦艇から送られてくる情報を、リアルタイムで吸い上げ、集約することが可能になっていた。
​「これが『情報の一元化』だ」
坂上は、地図上の駒を動かした。
「敵がどこにいて、味方がどこにいるか。
それを全軍が共有する。
……これさえあれば、『見えない敵』に怯えることも、『味方撃ち』の悲劇も防げる」
​その時、通信員の一人が鋭い声を上げた。
​「……緊急入電!
東方海上、特設監視艇『第二十三日東丸』より!
『敵、機動部隊ラシキモノ発見』!」
​「……来たか」
坂上の目が光った。
黒島が色めき立つ。
「敵機動部隊だと!? 馬鹿な、こんな日本近海に!
見間違いだろ!」
​「位置は?」
坂上が問う。
「犬吠埼の東、約1200キロ!」
​「……そこか」
坂上は、脳内のカレンダーをめくった。
1942年4月18日。
ドゥーリットル空襲。
米空母ホーネットから発艦したB-25爆撃機が、東京を初空襲する日だ。
​史実では、日東丸はこの発見通報の直後に撃沈され、大本営は「空母が近づくにはまだ時間がかかる」と判断を誤った。
その隙に、米軍は予想外の長距離から爆撃機を発艦させたのだ。
​だが、今は違う。
「……通信、途絶! 日東丸、撃沈された模様!」
「構わん。第一報で十分だ」
坂上は、プロッター上の「敵位置」に、正確にピンを刺した。
​「黒島大佐。
貴官の言う『常識』なら、敵の艦載機が届く距離まで、あと一日かかると判断するだろう」
​「当然だ!
艦載機の航続距離はせいぜい400キロ。
あと800キロは近づかねば、攻撃など……」
​「それが『罠』だ」
坂上は、マイクのスイッチを入れた。
「CICより、長官へ具申。
……敵は、通常の艦載機ではありません。
陸軍用の『双発爆撃機(B-25)』を、甲板に並べています」
​「……はあ!?」
黒島が素っ頓狂な声を上げた。
「空母に爆撃機だと!? 飛べるわけがない!」
​「飛びます。片道切符なら」
坂上は、冷徹に断言した。
「奴らは、東京に爆弾を落とすためなら、常識を捨ててくる。
……発艦予想時刻は、今から30分以内。
目標は、帝都東京」
​スピーカーから、山本五十六の沈着な声が響いた。
『……顧問の判断を信じる。
……全軍、対空戦闘用意。
内地航空隊に緊急発進(スクランブル)を要請せよ。
……帝都の空を、守れ』
​大和という「巨大な脳」が、初めてその真価を発揮しようとしていた。
情報の伝達速度が、歴史を変える。
東京の空襲警報が、爆弾が落ちる「前」に、鳴り響く。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

OLサラリーマン

廣瀬純七
ファンタジー
女性社員と体が入れ替わるサラリーマンの話

日露戦争の真実

蔵屋
歴史・時代
 私の先祖は日露戦争の奉天の戦いで若くして戦死しました。 日本政府の定めた徴兵制で戦地に行ったのでした。  日露戦争が始まったのは明治37年(1904)2月6日でした。  帝政ロシアは清国の領土だった中国東北部を事実上占領下に置き、さらに朝鮮半島、日本海に勢力を伸ばそうとしていました。  日本はこれに対抗し開戦に至ったのです。 ほぼ同時に、日本連合艦隊はロシア軍の拠点港である旅順に向かい、ロシア軍の旅順艦隊の殲滅を目指すことになりました。  ロシア軍はヨーロッパに配備していたバルチック艦隊を日本に派遣するべく準備を開始したのです。  深い入り江に守られた旅順沿岸に設置された強力な砲台のため日本の連合艦隊は、陸軍に陸上からの旅順艦隊攻撃を要請したのでした。  この物語の始まりです。 『神知りて 人の幸せ 祈るのみ 神の伝えし 愛善の道』 この短歌は私が今年元旦に詠んだ歌である。 作家 蔵屋日唱

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記

糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。 それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。 かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。 ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。 ※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

処理中です...