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第三章 大和
EP 22
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鋼鉄の傘(アンブレラ)
昭和17年(1942年)5月29日。
瀬戸内海、柱島泊地。
朝霧の中、かつてない規模の大艦隊が、抜錨(ばつびょう)の時を迎えていた。
空母「赤城」「加賀」「蒼龍」「飛龍」。
日本海軍が誇る、無敵の機動部隊。
その威容は美しく、飛行甲板には満載された航空機が整然と並び、搭乗員たちの士気は天を突くようだった。
だが、その艦隊の中心に、一つだけ「異形」の艦が混じっていた。
戦艦「大和」。
世界最大の巨砲を持つはずのその艦は、遠目に見ても明らかにバランスがおかしかった。
艦橋周辺は、まるで枯れ木が密集した森のように、無数のアンテナと配線で覆われている。
美しい軍艦のシルエットを台無しにする、無骨で醜悪な「魔改造」。
「……なんだあれは」
「針鼠(ハリネズミ)かよ」
併走する駆逐艦の水兵たちが、ひそひそと噂し合う。
「世界一の戦艦が台無しだ。あれじゃあ、主砲を撃ったらアンテナが全部吹き飛ぶんじゃないか?」
その嘲笑を、大和の深奥、第二甲板にあるCIC(戦闘指揮所)で、坂上真一は聞いていた(艦内マイクが拾っていたのだ)。
「……笑わせておけ」
坂上は、モニター(といっても、オシロスコープと海図投影機だが)の前で、淡々と言った。
「美しさで戦争はできん。
あいつらが笑っているその『針金』が、数日後、あいつらの命を救うことになる」
「……通信回線、リンク良好」
早乙女薫が、ヘッドセットを調整しながら報告する。
彼女は特例中の特例として、「技術顧問補佐(兼・システムオペレーター)」の肩書きで乗艦していた。
本来なら「女を乗せるなど言語道断」と暴動が起きるところだが、山本五十六が「彼女はこのシステムの『部品』だ。外せば機能しない」とねじ伏せたのだ。
「全艦、出撃!」
山本五十六の号令が、無線を通じて全艦隊に響き渡る。
巨大なスクリューが回転し、瀬戸内海が白く泡立つ。
歴史を変えるための、連合艦隊の出撃だった。
洋上に出ると、坂上は直ちに陣形の変更を指示した。
「……南雲長官」
坂上は、先行する空母「赤城」の南雲忠一中将に、直接回線を開いた。
「予定通り、陣形を変更します。
本艦(大和)は、貴艦隊の直後、距離20キロの位置につく」
『……20キロだと?』
スピーカーから、南雲の不機嫌そうな声が聞こえた。
『近すぎる。戦艦は後方でどっしりと構えていればいい。
高速で動き回る空母の邪魔になる』
従来の海戦ドクトリンでは、戦艦は艦隊の最後尾か中央に位置し、決戦の時を待つ「王将」だった。
前線を走り回る空母(飛車や角)の近くになど、来ないのが常識だ。
「……邪魔はしません」
坂上は冷静に返した。
「本艦は、貴艦隊の『傘』になります」
「傘?」
「大和の強力な対空レーダーの探知範囲は、半径200キロ以上。
貴艦隊の直後につくことで、空母部隊の頭上を完全にカバーできる。
……敵機が接近すれば、本艦が探知し、貴艦隊の直衛戦闘機(ゼロ戦)を、無線誘導で敵の目の前に導く」
坂上は、手元のスイッチを切り替えた。
CICのスクリーンに、艦隊配置図が浮かび上がる。
空母4隻を前衛とし、その背後に大和がピタリと張り付く。
まるで、空母の背中を守る守護神のように。
「……南雲長官。
貴艦隊の『目』は、水平線までしか見えていない。
だが、私の『目』は、雲の向こう側まで見えています。
……背中は預けていただきたい」
『……フン』
南雲は短く鼻を鳴らした。
『お手並み拝見といこうか、顧問殿。
だが、もし邪魔になったら、すぐに置き去りにするぞ』
「結構です」
通信が切れた。
「……頑固ですね、南雲長官も」
薫が苦笑する。
「現場の指揮官としては優秀なんだ」
坂上は、海図上の「赤城」の駒を見た。
「ただ、古いだけだ。
……彼らが『見えない敵』の恐怖を知るのは、これからだ」
艦隊は、東へ進む。
日付変更線を越え、ミッドウェー島へと近づくにつれ、海は荒れ、濃い霧が立ち込めてきた。
史実では、この霧が日本軍の「慢心」を助長した。
「こんな霧の中、敵に見つかるはずがない」と。
だが、坂上は知っている。
アメリカ軍のレーダーは、この霧を透かして、こちらを見ていることを。
6月4日(日本時間)。
決戦の前日。
大和CICの空気は、張り詰めていた。
「……敵信、傍受」
通信員が鋭く告げる。
「ミッドウェー基地周辺で、通信量が増大しています。
……待ち伏せされています」
「想定通りだ」
坂上は、黒飴を口に放り込んだ。
「奴らは、俺たちが来ることを知っている。
空母『エンタープライズ』『ホーネット』、そして珊瑚海海戦で傷ついたはずの『ヨークタウン』も、修理を終えて出張ってきているはずだ」
「……3隻、ですか」
薫が息を呑む。
日本側の空母は4隻。数は互角に近い。
だが、相手は「待ち伏せ」ている。
「勝負は、夜明けだ」
坂上は、CICの全員に告げた。
「明日の朝、我々はミッドウェー島を空襲する。
……その瞬間、敵の空母部隊が、我々の側面(横っ腹)を食い破りに来る」
「運命の5分間」。
史実において、日本空母3隻が瞬時に炎上した、悪夢の時間。
兵装転換の隙を突かれ、防御の穴を急降下爆撃機に貫かれた、あの瞬間。
「……その『5分間』を、消す」
坂上は、モニターの輝点を見つめた。
「大和のレーダーと、俺の指示(コマンド)で、
……歴史のバグを、叩き潰す」
昭和17年6月5日、未明。
「怪物(大和)」と「機動部隊」は、運命の海域へと突入した。
鋼鉄の傘は、果たして開くのか。
それとも、歴史の修正力が、それをへし折るのか。
昭和17年(1942年)5月29日。
瀬戸内海、柱島泊地。
朝霧の中、かつてない規模の大艦隊が、抜錨(ばつびょう)の時を迎えていた。
空母「赤城」「加賀」「蒼龍」「飛龍」。
日本海軍が誇る、無敵の機動部隊。
その威容は美しく、飛行甲板には満載された航空機が整然と並び、搭乗員たちの士気は天を突くようだった。
だが、その艦隊の中心に、一つだけ「異形」の艦が混じっていた。
戦艦「大和」。
世界最大の巨砲を持つはずのその艦は、遠目に見ても明らかにバランスがおかしかった。
艦橋周辺は、まるで枯れ木が密集した森のように、無数のアンテナと配線で覆われている。
美しい軍艦のシルエットを台無しにする、無骨で醜悪な「魔改造」。
「……なんだあれは」
「針鼠(ハリネズミ)かよ」
併走する駆逐艦の水兵たちが、ひそひそと噂し合う。
「世界一の戦艦が台無しだ。あれじゃあ、主砲を撃ったらアンテナが全部吹き飛ぶんじゃないか?」
その嘲笑を、大和の深奥、第二甲板にあるCIC(戦闘指揮所)で、坂上真一は聞いていた(艦内マイクが拾っていたのだ)。
「……笑わせておけ」
坂上は、モニター(といっても、オシロスコープと海図投影機だが)の前で、淡々と言った。
「美しさで戦争はできん。
あいつらが笑っているその『針金』が、数日後、あいつらの命を救うことになる」
「……通信回線、リンク良好」
早乙女薫が、ヘッドセットを調整しながら報告する。
彼女は特例中の特例として、「技術顧問補佐(兼・システムオペレーター)」の肩書きで乗艦していた。
本来なら「女を乗せるなど言語道断」と暴動が起きるところだが、山本五十六が「彼女はこのシステムの『部品』だ。外せば機能しない」とねじ伏せたのだ。
「全艦、出撃!」
山本五十六の号令が、無線を通じて全艦隊に響き渡る。
巨大なスクリューが回転し、瀬戸内海が白く泡立つ。
歴史を変えるための、連合艦隊の出撃だった。
洋上に出ると、坂上は直ちに陣形の変更を指示した。
「……南雲長官」
坂上は、先行する空母「赤城」の南雲忠一中将に、直接回線を開いた。
「予定通り、陣形を変更します。
本艦(大和)は、貴艦隊の直後、距離20キロの位置につく」
『……20キロだと?』
スピーカーから、南雲の不機嫌そうな声が聞こえた。
『近すぎる。戦艦は後方でどっしりと構えていればいい。
高速で動き回る空母の邪魔になる』
従来の海戦ドクトリンでは、戦艦は艦隊の最後尾か中央に位置し、決戦の時を待つ「王将」だった。
前線を走り回る空母(飛車や角)の近くになど、来ないのが常識だ。
「……邪魔はしません」
坂上は冷静に返した。
「本艦は、貴艦隊の『傘』になります」
「傘?」
「大和の強力な対空レーダーの探知範囲は、半径200キロ以上。
貴艦隊の直後につくことで、空母部隊の頭上を完全にカバーできる。
……敵機が接近すれば、本艦が探知し、貴艦隊の直衛戦闘機(ゼロ戦)を、無線誘導で敵の目の前に導く」
坂上は、手元のスイッチを切り替えた。
CICのスクリーンに、艦隊配置図が浮かび上がる。
空母4隻を前衛とし、その背後に大和がピタリと張り付く。
まるで、空母の背中を守る守護神のように。
「……南雲長官。
貴艦隊の『目』は、水平線までしか見えていない。
だが、私の『目』は、雲の向こう側まで見えています。
……背中は預けていただきたい」
『……フン』
南雲は短く鼻を鳴らした。
『お手並み拝見といこうか、顧問殿。
だが、もし邪魔になったら、すぐに置き去りにするぞ』
「結構です」
通信が切れた。
「……頑固ですね、南雲長官も」
薫が苦笑する。
「現場の指揮官としては優秀なんだ」
坂上は、海図上の「赤城」の駒を見た。
「ただ、古いだけだ。
……彼らが『見えない敵』の恐怖を知るのは、これからだ」
艦隊は、東へ進む。
日付変更線を越え、ミッドウェー島へと近づくにつれ、海は荒れ、濃い霧が立ち込めてきた。
史実では、この霧が日本軍の「慢心」を助長した。
「こんな霧の中、敵に見つかるはずがない」と。
だが、坂上は知っている。
アメリカ軍のレーダーは、この霧を透かして、こちらを見ていることを。
6月4日(日本時間)。
決戦の前日。
大和CICの空気は、張り詰めていた。
「……敵信、傍受」
通信員が鋭く告げる。
「ミッドウェー基地周辺で、通信量が増大しています。
……待ち伏せされています」
「想定通りだ」
坂上は、黒飴を口に放り込んだ。
「奴らは、俺たちが来ることを知っている。
空母『エンタープライズ』『ホーネット』、そして珊瑚海海戦で傷ついたはずの『ヨークタウン』も、修理を終えて出張ってきているはずだ」
「……3隻、ですか」
薫が息を呑む。
日本側の空母は4隻。数は互角に近い。
だが、相手は「待ち伏せ」ている。
「勝負は、夜明けだ」
坂上は、CICの全員に告げた。
「明日の朝、我々はミッドウェー島を空襲する。
……その瞬間、敵の空母部隊が、我々の側面(横っ腹)を食い破りに来る」
「運命の5分間」。
史実において、日本空母3隻が瞬時に炎上した、悪夢の時間。
兵装転換の隙を突かれ、防御の穴を急降下爆撃機に貫かれた、あの瞬間。
「……その『5分間』を、消す」
坂上は、モニターの輝点を見つめた。
「大和のレーダーと、俺の指示(コマンド)で、
……歴史のバグを、叩き潰す」
昭和17年6月5日、未明。
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