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第三章 大和
EP 25
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狩人の時間(ハンティング・タイム)
昭和17年6月5日、午前9時30分。
ミッドウェー沖の空は、攻守が逆転した瞬間を迎えていた。
米機動部隊は、攻撃隊の収容作業に追われていた。
彼らは必死だった。燃料ギリギリで帰ってきた機体を着艦させ、補給し、再び送り出さなければならない。
甲板上は、無防備な機体とホース、弾薬で溢れかえっていた。
それは、数時間前に日本軍が陥りかけた、「死の隙間」そのものだった。
その隙を、日本の「狩人」たちは見逃さなかった。
空母「飛龍」艦橋。
第二航空戦隊司令官、山口多聞(やまぐち たもん)少将は、双眼鏡を下ろし、ニヤリと笑った。
「……お膳立ては整ったな」
山口は、無線機に向かって叫んだ。
「友永(ともなが)! 江草(えぐさ)!
……大和の『目』が、敵の喉元を照らしている。
迷うことはない。真っ直ぐに食らいつけ!」
「全機、発艦!」
甲板から、精鋭たちが飛び立つ。
友永丈市率いる九七式艦攻(雷撃隊)。
江草隆繁(えぐさ たかし)率いる九九式艦爆(急降下爆撃隊)。
日本海軍が誇る、世界最強の矛(ほこ)だ。
戦艦「大和」、CIC。
坂上真一は、マイクを握りしめ、二つの攻撃隊を、見えない糸で操っていた。
「……こちら大和CIC。
友永隊、高度を下げろ。海面スレスレを維持。
江草隊、高度4000まで上昇。雲の上に出ろ」
史実のミッドウェー海戦において、日本の攻撃はバラバラだった。
雷撃隊が先に突っ込み全滅し、その後に急降下爆撃隊が突っ込むという、各個撃破の愚を犯した。
だが、今の日本軍には「共通の時間」がある。
「……タイミングを合わせるぞ」
坂上は、海図上の二つの駒――雷撃隊と爆撃隊――の距離と速度を計算した。
「敵の直衛戦闘機(ワイルドキャット)は、低空の雷撃隊に引きつけられる。
……その瞬間、高空から爆撃隊が脳天を砕く。
『鉄槌(ハンマー)と金床(アンビル)』の戦術だ」
「……距離、20キロ!」
薫が報告する。
「敵艦隊、回避運動を開始! ……対空砲火、来ます!」
米空母「ヨークタウン」。
フレッチャー提督は、レーダースクリーンを見て絶句していた。
「……何だ、この動きは?」
日本軍の攻撃隊は、まるで一つの生き物のように動いていた。
低空から魚雷機が接近し、それに対応しようと護衛機が降下した瞬間、真上から爆撃機が雪崩れ込んでくる。
完璧な、同時多方向攻撃(サチュレーション・アタック)。
「……ジャップめ、いつからこんな芸当を覚えた!?」
「提督! 回避できません! 挟まれています!」
「撃て! バリアを張れ!」
米艦隊の対空砲火が空を覆う。
だが、ここでも坂上の「魔改造」が生きていた。
九七式艦攻の燃料タンクには、二酸化炭素消火装置が組み込まれている。
一発の被弾で火を噴き、空中分解していたかつての脆弱さは消えていた。
多少の被弾をものともせず、友永隊は肉薄する。
「……放てェッ!」
ドボン、ドボン!
海面に魚雷が投下される。
同時に、上空からは江草隊が、悪魔的な精度の急降下を開始した。
ヒュオオオオオ……!
死の口笛が響き渡る。
ズガアアアン!!
ドゴォォォォン!!
「ヨークタウン」の甲板中央に、250キロ爆弾が直撃した。
エレベーターが吹き飛び、格納庫の艦載機が誘爆する。
間髪入れず、左舷に魚雷が二本、突き刺さった。
水柱と、黒煙。
アメリカ海軍の武勲艦が、断末魔の悲鳴を上げて傾斜していく。
「……命中、多数」
大和CICに、偵察機「彩雲」からの冷静な声が届く。
「ヨークタウン型空母、炎上。航行不能。
……サラトガ型(エンタープライズ)、被弾中破。
……敵艦隊、陣形崩壊」
「……やった」
CICのスタッフたちが、ヘッドセットを外して抱き合った。
「完全勝利だ!」
「敵空母を叩き潰したぞ!」
だが、坂上は椅子の背もたれに体を預け、深いため息をついただけだった。
「……逃したか」
「え?」
薫が振り返る。
「空母ホーネットだ。
……スコールに紛れて逃走した。
全滅させるには、こちらの攻撃隊のリソースも限界だ」
坂上は、海図を見た。
3隻中、1隻撃沈、1隻中破。1隻逃走。
こちらの被害は、空母4隻とも健在(赤城が小破)。
戦術的には、圧倒的な「大勝利(オーバーキル)」だ。
「……十分すぎる戦果です」
山本五十六が、坂上の肩に手を置いた。
「これで、ミッドウェーは落ちる。ハワイへの道も開かれた。
……君のおかげだ、坂上君」
「……」
坂上は、山本の顔を見た。
その目には、安堵と共に、再び「慢心」の種が芽生え始めているように見えた。
(……これだ)
坂上は、心の中で舌打ちした。
(勝てば勝つほど、こいつらは「戦争はなんとかなる」と勘違いする。
そして、アメリカは「負け」から学び、さらに恐ろしい怪物へと進化する)
「……長官」
坂上は、釘を刺した。
「勝ったのは、我々ではありません。
『システム』です。
……このシステムを維持し、進化させ続けなければ、半年後には逆転されますよ」
「分かっている」
山本は頷いたが、その声には以前ほどの悲壮感はなかった。
ミッドウェー海戦は、日本の圧勝で終わった。
だが、それは坂上にとって、新たな、そしてより過酷な「消耗戦」の始まりを意味していた。
生き残った米軍パイロットたちは、持ち帰るだろう。
「日本のゼロ戦は、燃えなくなった」
「日本軍は、レーダーを使っている」
という、衝撃的な事実を。
アメリカが本気で「技術戦」に舵を切る時。
本当の地獄が始まる。
「……帰ろう、薫君」
坂上は、CICの冷たい空気を吸い込んだ。
「東京に戻って、次の『魔改造』だ。
……次は、『潜水艦』だ」
昭和17年6月5日、午前9時30分。
ミッドウェー沖の空は、攻守が逆転した瞬間を迎えていた。
米機動部隊は、攻撃隊の収容作業に追われていた。
彼らは必死だった。燃料ギリギリで帰ってきた機体を着艦させ、補給し、再び送り出さなければならない。
甲板上は、無防備な機体とホース、弾薬で溢れかえっていた。
それは、数時間前に日本軍が陥りかけた、「死の隙間」そのものだった。
その隙を、日本の「狩人」たちは見逃さなかった。
空母「飛龍」艦橋。
第二航空戦隊司令官、山口多聞(やまぐち たもん)少将は、双眼鏡を下ろし、ニヤリと笑った。
「……お膳立ては整ったな」
山口は、無線機に向かって叫んだ。
「友永(ともなが)! 江草(えぐさ)!
……大和の『目』が、敵の喉元を照らしている。
迷うことはない。真っ直ぐに食らいつけ!」
「全機、発艦!」
甲板から、精鋭たちが飛び立つ。
友永丈市率いる九七式艦攻(雷撃隊)。
江草隆繁(えぐさ たかし)率いる九九式艦爆(急降下爆撃隊)。
日本海軍が誇る、世界最強の矛(ほこ)だ。
戦艦「大和」、CIC。
坂上真一は、マイクを握りしめ、二つの攻撃隊を、見えない糸で操っていた。
「……こちら大和CIC。
友永隊、高度を下げろ。海面スレスレを維持。
江草隊、高度4000まで上昇。雲の上に出ろ」
史実のミッドウェー海戦において、日本の攻撃はバラバラだった。
雷撃隊が先に突っ込み全滅し、その後に急降下爆撃隊が突っ込むという、各個撃破の愚を犯した。
だが、今の日本軍には「共通の時間」がある。
「……タイミングを合わせるぞ」
坂上は、海図上の二つの駒――雷撃隊と爆撃隊――の距離と速度を計算した。
「敵の直衛戦闘機(ワイルドキャット)は、低空の雷撃隊に引きつけられる。
……その瞬間、高空から爆撃隊が脳天を砕く。
『鉄槌(ハンマー)と金床(アンビル)』の戦術だ」
「……距離、20キロ!」
薫が報告する。
「敵艦隊、回避運動を開始! ……対空砲火、来ます!」
米空母「ヨークタウン」。
フレッチャー提督は、レーダースクリーンを見て絶句していた。
「……何だ、この動きは?」
日本軍の攻撃隊は、まるで一つの生き物のように動いていた。
低空から魚雷機が接近し、それに対応しようと護衛機が降下した瞬間、真上から爆撃機が雪崩れ込んでくる。
完璧な、同時多方向攻撃(サチュレーション・アタック)。
「……ジャップめ、いつからこんな芸当を覚えた!?」
「提督! 回避できません! 挟まれています!」
「撃て! バリアを張れ!」
米艦隊の対空砲火が空を覆う。
だが、ここでも坂上の「魔改造」が生きていた。
九七式艦攻の燃料タンクには、二酸化炭素消火装置が組み込まれている。
一発の被弾で火を噴き、空中分解していたかつての脆弱さは消えていた。
多少の被弾をものともせず、友永隊は肉薄する。
「……放てェッ!」
ドボン、ドボン!
海面に魚雷が投下される。
同時に、上空からは江草隊が、悪魔的な精度の急降下を開始した。
ヒュオオオオオ……!
死の口笛が響き渡る。
ズガアアアン!!
ドゴォォォォン!!
「ヨークタウン」の甲板中央に、250キロ爆弾が直撃した。
エレベーターが吹き飛び、格納庫の艦載機が誘爆する。
間髪入れず、左舷に魚雷が二本、突き刺さった。
水柱と、黒煙。
アメリカ海軍の武勲艦が、断末魔の悲鳴を上げて傾斜していく。
「……命中、多数」
大和CICに、偵察機「彩雲」からの冷静な声が届く。
「ヨークタウン型空母、炎上。航行不能。
……サラトガ型(エンタープライズ)、被弾中破。
……敵艦隊、陣形崩壊」
「……やった」
CICのスタッフたちが、ヘッドセットを外して抱き合った。
「完全勝利だ!」
「敵空母を叩き潰したぞ!」
だが、坂上は椅子の背もたれに体を預け、深いため息をついただけだった。
「……逃したか」
「え?」
薫が振り返る。
「空母ホーネットだ。
……スコールに紛れて逃走した。
全滅させるには、こちらの攻撃隊のリソースも限界だ」
坂上は、海図を見た。
3隻中、1隻撃沈、1隻中破。1隻逃走。
こちらの被害は、空母4隻とも健在(赤城が小破)。
戦術的には、圧倒的な「大勝利(オーバーキル)」だ。
「……十分すぎる戦果です」
山本五十六が、坂上の肩に手を置いた。
「これで、ミッドウェーは落ちる。ハワイへの道も開かれた。
……君のおかげだ、坂上君」
「……」
坂上は、山本の顔を見た。
その目には、安堵と共に、再び「慢心」の種が芽生え始めているように見えた。
(……これだ)
坂上は、心の中で舌打ちした。
(勝てば勝つほど、こいつらは「戦争はなんとかなる」と勘違いする。
そして、アメリカは「負け」から学び、さらに恐ろしい怪物へと進化する)
「……長官」
坂上は、釘を刺した。
「勝ったのは、我々ではありません。
『システム』です。
……このシステムを維持し、進化させ続けなければ、半年後には逆転されますよ」
「分かっている」
山本は頷いたが、その声には以前ほどの悲壮感はなかった。
ミッドウェー海戦は、日本の圧勝で終わった。
だが、それは坂上にとって、新たな、そしてより過酷な「消耗戦」の始まりを意味していた。
生き残った米軍パイロットたちは、持ち帰るだろう。
「日本のゼロ戦は、燃えなくなった」
「日本軍は、レーダーを使っている」
という、衝撃的な事実を。
アメリカが本気で「技術戦」に舵を切る時。
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