92 / 94
第三章 大和
EP 31
しおりを挟む
四月十八日の罠(トラップ)
昭和18年(1943年)4月中旬。
南太平洋の要衝、ラバウル基地。
連日の空襲と、熱帯の暑気で、基地の空気は澱んでいた。
「……前線視察に行く。決定事項だ」
山本五十六連合艦隊司令長官は、周囲の参謀たちの制止を振り切って言った。
「ガダルカナルからの撤退で、将兵の士気は落ちている。
私が直接、最前線(ブーゲンビル島・ショートランド)へ行き、彼らの労をねぎらう必要がある」
「危険すぎます!」
参謀長の宇垣纏が食い下がる。
「制空権は拮抗しているとはいえ、敵のP-38戦闘機が出没する空域です。
万が一、長官機が狙われたら……」
「……狙われますよ」
部屋の入り口から、冷徹な声が響いた。
坂上真一だった。彼は、一枚の紙をヒラヒラとさせた。
「……これを見ろ」
坂上が出したのは、ラバウル基地から各部隊へ発信された「長官視察予定」の暗号電文の控えだった。
「……この日程表。
『4月18日午前6時、ラバウル発。午前8時、バラレ島着』。
……すでに、アメリカ軍のデスクの上に載っているぞ」
「……何だと?」
参謀たちが絶句する。
「馬鹿な。この暗号(JN-25)は先週更新したばかりだぞ!」
「更新しても、癖(パターン)を読まれている」
坂上は断言した。
「奴らは、長官が几帳面な性格で、時間通りに行動することを知っている。
……4月18日。
ブーゲンビル島上空で、双胴の悪魔(P-38)が、貴官を殺しに来る」
「……」
山本五十六の顔から、血の気が引いた。
自分の死の予言。
そして、海軍の暗号が完全に無力化されているという絶望的な事実。
「……ならば、中止だ」
宇垣が叫ぶ。
「直ちに日程を変更し……」
「ならん」
坂上が遮った。
「中止すれば、敵は『暗号解読がバレた』と気づき、すぐに新しいコードに変えるだろう。
そうなれば、我々もまた『敵の目』を失うことになる」
「では、長官に死ねと言うのか!」
「いいや」
坂上は、不敵な笑みを浮かべた。
「……逆だ。
奴らが『時間通り』に来るなら、これほど好都合なことはない。
……待ち伏せ(アンブッシュ)して、叩き落とす」
昭和18年4月18日、早朝。
ラバウル飛行場。
山本五十六を乗せた「一式陸攻」が、爆音を立てて離陸した。
護衛のゼロ戦は6機。……に見えた。
だが、それは表向きの姿だった。
雲の上、高度6000メートルには、坂上が手配した精鋭部隊――ラバウル航空隊のエース・パイロットたち30機が、息を潜めて追随していた。
さらに、一式陸攻自体も、外見は同じだが、中身は坂上の指示で防弾鋼板を増設し、自動消火装置を完備した「重装甲仕様」の予備機だった。
「……時間通りだ」
機内で、山本は懐中時計を握りしめていた。
その手は、僅かに震えていた。
空の神と呼ばれた男も、自らが「囮(おとり)」となる恐怖とは無縁ではいられなかった。
ブーゲンビル島上空。
午前7時33分。
『……敵機発見!
下方より接近! P-38、数16!』
見張り員の絶叫と共に、眼下のジャングルから、銀色の機体が急上昇してきた。
米陸軍航空隊のP-38ライトニング。
「ピーコック(山本)を撃墜せよ」という極秘指令を受けた、暗殺部隊だ。
彼らは、獲物(一式陸攻)が、無防備に飛んでいると信じていた。
護衛はわずか6機。楽な狩り(ダックハント)だと思っていた。
だが。
「……今だ。掛かれッ!」
上空待機していたゼロ戦隊長が、咽喉マイクで叫んだ。
雲の中から、30機のゼロ戦が、ハヤブサのように急降下した。
太陽を背にした、完璧な奇襲。
『な、なんだ!? ゼロだ! 数が多い!』
『罠だ! 待ち伏せされていた!』
米軍の無線がパニックに陥る。
P-38は、一撃離脱を得意とする重戦闘機だが、上を取られ、背後につかれれば脆い。
次々と火を噴き、ジャングルへと墜落していく。
「……落ちない」
山本五十六は、窓の外を見た。
自分を殺しに来た悪魔たちが、次々と日本の若鷲たちに狩られていく。
かつてのような「特攻精神」による体当たりではない。
無線で連携し、有利な位置を占め、確実に敵を追い詰める「システム化された空戦」だった。
『……長官機、無事!
敵襲撃部隊、壊滅! 残存機、逃走します!』
勝利の報告が入る。
山本は、深くシートに体を預け、長く息を吐いた。
バラレ島基地、司令部。
無事に到着した山本五十六を、坂上真一(先回りして到着していた)が出迎えた。
「……命拾いしましたね、長官」
坂上は、表情を変えずに敬礼した。
「……君のおかげだ」
山本は、疲労の色が濃い顔で答えた。
「だが、思い知らされたよ。
敵は、私の行動のすべてを把握している。
……私は、裸で戦場を歩いているようなものだ」
「その通りです」
坂上は、山本に直言した。
「今日の勝利で、敵は混乱するでしょう。『情報は正しかったはずなのに、なぜ待ち伏せされたのか』と。
……しばらくは、暗号解読の事実を隠せます」
「だが、いつかはバレる」
山本は、南の空――ソロモンの激戦区の方角を見た。
「坂上君。
私は、今日死ぬはずだった男だ。
……『死んだつもり』で、君の提案を受け入れる」
「提案?」
「『絶対国防圏』への撤退と、要塞化だ」
山本は、拳を握りしめた。
「ソロモンの消耗戦は終わらせる。
前線を下げ、サイパン・トラック・パラオのラインを、鉄壁にする。
……私の『メンツ』など、ブーゲンビルのジャングルに捨ててきた」
史実では戦死し、その死が日本海軍の没落を決定づけた山本五十六。
彼が生き残ったこと。
そして、彼が「精神論」を捨て、坂上の「防御戦略」に完全に同調したこと。
これは、歴史にとって巨大な特異点となった。
だが、それは同時に、アメリカという巨人を、さらに本気にさせることでもあった。
「山本五十六を殺し損ねた」という事実は、彼らの執念に油を注ぐことになる。
「……急ぎましょう」
坂上は、ブルドーザーが唸りを上げる滑走路を見た。
「時間との競争です。
アメリカ軍が、次の『暴力』を用意してくる前に」
昭和18年(1943年)4月中旬。
南太平洋の要衝、ラバウル基地。
連日の空襲と、熱帯の暑気で、基地の空気は澱んでいた。
「……前線視察に行く。決定事項だ」
山本五十六連合艦隊司令長官は、周囲の参謀たちの制止を振り切って言った。
「ガダルカナルからの撤退で、将兵の士気は落ちている。
私が直接、最前線(ブーゲンビル島・ショートランド)へ行き、彼らの労をねぎらう必要がある」
「危険すぎます!」
参謀長の宇垣纏が食い下がる。
「制空権は拮抗しているとはいえ、敵のP-38戦闘機が出没する空域です。
万が一、長官機が狙われたら……」
「……狙われますよ」
部屋の入り口から、冷徹な声が響いた。
坂上真一だった。彼は、一枚の紙をヒラヒラとさせた。
「……これを見ろ」
坂上が出したのは、ラバウル基地から各部隊へ発信された「長官視察予定」の暗号電文の控えだった。
「……この日程表。
『4月18日午前6時、ラバウル発。午前8時、バラレ島着』。
……すでに、アメリカ軍のデスクの上に載っているぞ」
「……何だと?」
参謀たちが絶句する。
「馬鹿な。この暗号(JN-25)は先週更新したばかりだぞ!」
「更新しても、癖(パターン)を読まれている」
坂上は断言した。
「奴らは、長官が几帳面な性格で、時間通りに行動することを知っている。
……4月18日。
ブーゲンビル島上空で、双胴の悪魔(P-38)が、貴官を殺しに来る」
「……」
山本五十六の顔から、血の気が引いた。
自分の死の予言。
そして、海軍の暗号が完全に無力化されているという絶望的な事実。
「……ならば、中止だ」
宇垣が叫ぶ。
「直ちに日程を変更し……」
「ならん」
坂上が遮った。
「中止すれば、敵は『暗号解読がバレた』と気づき、すぐに新しいコードに変えるだろう。
そうなれば、我々もまた『敵の目』を失うことになる」
「では、長官に死ねと言うのか!」
「いいや」
坂上は、不敵な笑みを浮かべた。
「……逆だ。
奴らが『時間通り』に来るなら、これほど好都合なことはない。
……待ち伏せ(アンブッシュ)して、叩き落とす」
昭和18年4月18日、早朝。
ラバウル飛行場。
山本五十六を乗せた「一式陸攻」が、爆音を立てて離陸した。
護衛のゼロ戦は6機。……に見えた。
だが、それは表向きの姿だった。
雲の上、高度6000メートルには、坂上が手配した精鋭部隊――ラバウル航空隊のエース・パイロットたち30機が、息を潜めて追随していた。
さらに、一式陸攻自体も、外見は同じだが、中身は坂上の指示で防弾鋼板を増設し、自動消火装置を完備した「重装甲仕様」の予備機だった。
「……時間通りだ」
機内で、山本は懐中時計を握りしめていた。
その手は、僅かに震えていた。
空の神と呼ばれた男も、自らが「囮(おとり)」となる恐怖とは無縁ではいられなかった。
ブーゲンビル島上空。
午前7時33分。
『……敵機発見!
下方より接近! P-38、数16!』
見張り員の絶叫と共に、眼下のジャングルから、銀色の機体が急上昇してきた。
米陸軍航空隊のP-38ライトニング。
「ピーコック(山本)を撃墜せよ」という極秘指令を受けた、暗殺部隊だ。
彼らは、獲物(一式陸攻)が、無防備に飛んでいると信じていた。
護衛はわずか6機。楽な狩り(ダックハント)だと思っていた。
だが。
「……今だ。掛かれッ!」
上空待機していたゼロ戦隊長が、咽喉マイクで叫んだ。
雲の中から、30機のゼロ戦が、ハヤブサのように急降下した。
太陽を背にした、完璧な奇襲。
『な、なんだ!? ゼロだ! 数が多い!』
『罠だ! 待ち伏せされていた!』
米軍の無線がパニックに陥る。
P-38は、一撃離脱を得意とする重戦闘機だが、上を取られ、背後につかれれば脆い。
次々と火を噴き、ジャングルへと墜落していく。
「……落ちない」
山本五十六は、窓の外を見た。
自分を殺しに来た悪魔たちが、次々と日本の若鷲たちに狩られていく。
かつてのような「特攻精神」による体当たりではない。
無線で連携し、有利な位置を占め、確実に敵を追い詰める「システム化された空戦」だった。
『……長官機、無事!
敵襲撃部隊、壊滅! 残存機、逃走します!』
勝利の報告が入る。
山本は、深くシートに体を預け、長く息を吐いた。
バラレ島基地、司令部。
無事に到着した山本五十六を、坂上真一(先回りして到着していた)が出迎えた。
「……命拾いしましたね、長官」
坂上は、表情を変えずに敬礼した。
「……君のおかげだ」
山本は、疲労の色が濃い顔で答えた。
「だが、思い知らされたよ。
敵は、私の行動のすべてを把握している。
……私は、裸で戦場を歩いているようなものだ」
「その通りです」
坂上は、山本に直言した。
「今日の勝利で、敵は混乱するでしょう。『情報は正しかったはずなのに、なぜ待ち伏せされたのか』と。
……しばらくは、暗号解読の事実を隠せます」
「だが、いつかはバレる」
山本は、南の空――ソロモンの激戦区の方角を見た。
「坂上君。
私は、今日死ぬはずだった男だ。
……『死んだつもり』で、君の提案を受け入れる」
「提案?」
「『絶対国防圏』への撤退と、要塞化だ」
山本は、拳を握りしめた。
「ソロモンの消耗戦は終わらせる。
前線を下げ、サイパン・トラック・パラオのラインを、鉄壁にする。
……私の『メンツ』など、ブーゲンビルのジャングルに捨ててきた」
史実では戦死し、その死が日本海軍の没落を決定づけた山本五十六。
彼が生き残ったこと。
そして、彼が「精神論」を捨て、坂上の「防御戦略」に完全に同調したこと。
これは、歴史にとって巨大な特異点となった。
だが、それは同時に、アメリカという巨人を、さらに本気にさせることでもあった。
「山本五十六を殺し損ねた」という事実は、彼らの執念に油を注ぐことになる。
「……急ぎましょう」
坂上は、ブルドーザーが唸りを上げる滑走路を見た。
「時間との競争です。
アメリカ軍が、次の『暴力』を用意してくる前に」
31
あなたにおすすめの小説
日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
蒼穹の裏方
Flight_kj
SF
日本海軍のエンジンを中心とする航空技術開発のやり直し
未来の知識を有する主人公が、海軍機の開発のメッカ、空技廠でエンジンを中心として、武装や防弾にも口出しして航空機の開発をやり直す。性能の良いエンジンができれば、必然的に航空機も優れた機体となる。加えて、日本が遅れていた電子機器も知識を生かして開発を加速してゆく。それらを利用して如何に海軍は戦ってゆくのか?未来の知識を基にして、どのような戦いが可能になるのか?航空機に関連する開発を中心とした物語。カクヨムにも投稿しています。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら
俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。
赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。
史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。
もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる