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第三章 大和
EP 32
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コンクリートの箱舟
昭和18年(1943年)夏。
中部太平洋、マリアナ諸島・サイパン島。
抜けるような青い空の下、白い砂浜は、かつてない轟音と粉塵に包まれていた。
「……遅い! コンクリートの混合比率が違う!」
坂上真一の怒声が、工事現場に響き渡る。
「強度が足りん! これでは艦砲射撃に耐えられんぞ!
砂の洗浄を徹底しろ! 塩分を抜け!」
彼の目の前には、異様な光景が広がっていた。
本来なら椰子の木が生い茂るジャングルだった場所が、根こそぎ切り開かれている。
内地から徴用された小松製作所や日立のブルドーザー数十台が、猛獣のように土を掘り返し、巨大な地下壕の入り口を穿(うが)っていた。
「……まるで、要塞ですね」
同行した早乙女薫が、圧倒されたように呟く。
「飛行場を作るだけじゃなかったんですか?」
「飛行場は『表(おもて)』だ」
坂上は、汗で張り付いたシャツの襟を緩めながら言った。
「本命は『裏』だ。
地下20メートルに、司令部、弾薬庫、病院、そして生活居住区を作る。
……地上の滑走路が破壊されても、地下から戦い続けられる『不沈空母』にする」
これは、後の硫黄島や沖縄戦で見られる「地下持久戦」の思想を、一年以上前倒しで、しかも国家レベルの重機投入によって実現しようとするものだった。
「……しかし、顧問」
現地の設営隊長が、困惑した顔で進言した。
「ここまで頑丈にする必要がありますか?
ここは『絶対国防圏』の内側です。敵がここまで来る頃には、連合艦隊が……」
「艦隊はアテにするな」
坂上は冷たく切り捨てた。
「いいか。ここは最前線になる。
敵は、艦隊決戦を挑んでくるのではない。
圧倒的な航空火力と艦砲射撃で、島ごと焼き払いに来る。
……その『暴力』に耐えられるのは、精神力ではない。
厚さ2メートルのコンクリートだけだ」
その日の午後。ガラパンの港。
坂上は、もう一つの「大仕事」の指揮を執っていた。
港には、物資を降ろし終えた輸送船団が停泊していた。
その桟橋に、長蛇の列が出来ていた。
老人、女、子供。サイパンに入植していた民間人たちだ。
「……全員、乗せるんですね?」
薫が、名簿をチェックしながら確認する。
「ああ。強制退去だ」
坂上は、泣き叫ぶ子供の手を引く母親の姿を、無表情に見つめていた。
「サイパン、テニアン、グアム。
マリアナ諸島にいる非戦闘員は、一人残らず内地へ送り返す」
史実では、サイパン戦において多くの民間人が巻き込まれ、「バンザイ・クリフ」の悲劇が生まれた。
坂上は、その「バグ」を、物理的に削除しようとしていた。
「……残酷だと言われています」
薫が、ぽつりと漏らした。
「『せっかく開墾した畑を捨てるのか』『我々も一緒に戦う』と、抵抗する人も多いです」
「戦場に民間人は邪魔だ」
坂上は、あえて冷徹な言葉を選んだ。
「彼らが残れば、食料(リソース)を食いつぶす。
戦闘が始まれば、兵士が彼らを守るために死ぬ。
……非効率の極みだ」
坂上は、出航していく輸送船を見送った。
その船倉は、帰り荷の代わりに、数千人の命で満たされていた。
「……恨まれてもいい。
生きていれば、また畑は作れる。
だが、死んだらただの数字だ」
坂上は、史実で自分の祖母が語っていた空襲の記憶を思い出していた。
(……民間人を盾にする戦争は、二度とさせん)
昭和18年秋。東京。
サイパンでの突貫工事と強制疎開を終え、帰国した坂上を待っていたのは、深刻な「報告書」だった。
築地の研究所。
「……アメリカの新型空母、就役開始」
八木博士が、傍受した米軍の通信解析データを坂上に示した。
「エセックス級……ですね」
坂上は、その名前を聞くだけで、胃の腑が重くなるのを感じた。
エセックス級航空母艦。
搭載機数100機、高速、重防御。
アメリカの工業力が生み出した、太平洋戦争の決定打。
それが、一隻や二隻ではない。
デトロイトの自動車工場のようなライン生産方式で、数ヶ月ごとに新造艦が海に吐き出されてくる。
「……ついに、動き出したか」
坂上は、壁のグラフを見た。
日米の戦力比曲線が、ここから急激に開き始める。
「大和」や「ゼロ戦」の魔改造で稼いだアドバンテージが、物量の波に飲み込まれる時が来たのだ。
「……顧問」
宇田博士が、もう一枚の資料を出した。
「技術院からの報告です。
……新型の『局地戦闘機』の試作が、難航しています」
「『雷電(らいでん)』か?」
「はい。エンジンの振動問題が解決せず……。
それに、『紫電改(しでんかい)』も、自動空戦フラップの調整に手間取っています」
「……間に合わんか」
坂上は、焦りを隠せなかった。
米軍の新鋭機、F6Fヘルキャット。
2000馬力級のエンジンと、防弾装備、そして6門の12.7ミリ機銃を持つ「空飛ぶ戦車」。
これに対抗するには、ゼロ戦では力不足だ。
大馬力の次期主力機が必要だが、日本の基礎工業力が、その開発スピードに追いついていない。
「……今ある手駒で、凌ぐしかない」
坂上は、海図の「マリアナ諸島」を指で叩いた。
「エセックス級の機動部隊(タスクフォース)は、必ずこのラインを突破しに来る。
……その時が、最後の決戦だ」
「勝てますか?」
薫が、不安げに尋ねる。
「……勝てない」
坂上は即答した。
「正面からぶつかれば、すり潰される。
だから……『泥沼』に引きずり込む」
坂上は、完成したサイパンの地下要塞図面を広げた。
「空には『要塞』。海には『海防艦』。
そして陸には『地下迷宮』。
……アメリカが『日本を倒すのは割に合わない(コスト高すぎる)』と悲鳴を上げるまで、
血の一滴まで計算し尽くした『遅滞戦闘』をやる」
昭和18年の暮れ。
太平洋の波高し。
「絶対国防圏」という名の巨大な防波堤に向かって、
世界最強の工業国家が放つ「鋼鉄の津波」が、迫りつつあった。
昭和18年(1943年)夏。
中部太平洋、マリアナ諸島・サイパン島。
抜けるような青い空の下、白い砂浜は、かつてない轟音と粉塵に包まれていた。
「……遅い! コンクリートの混合比率が違う!」
坂上真一の怒声が、工事現場に響き渡る。
「強度が足りん! これでは艦砲射撃に耐えられんぞ!
砂の洗浄を徹底しろ! 塩分を抜け!」
彼の目の前には、異様な光景が広がっていた。
本来なら椰子の木が生い茂るジャングルだった場所が、根こそぎ切り開かれている。
内地から徴用された小松製作所や日立のブルドーザー数十台が、猛獣のように土を掘り返し、巨大な地下壕の入り口を穿(うが)っていた。
「……まるで、要塞ですね」
同行した早乙女薫が、圧倒されたように呟く。
「飛行場を作るだけじゃなかったんですか?」
「飛行場は『表(おもて)』だ」
坂上は、汗で張り付いたシャツの襟を緩めながら言った。
「本命は『裏』だ。
地下20メートルに、司令部、弾薬庫、病院、そして生活居住区を作る。
……地上の滑走路が破壊されても、地下から戦い続けられる『不沈空母』にする」
これは、後の硫黄島や沖縄戦で見られる「地下持久戦」の思想を、一年以上前倒しで、しかも国家レベルの重機投入によって実現しようとするものだった。
「……しかし、顧問」
現地の設営隊長が、困惑した顔で進言した。
「ここまで頑丈にする必要がありますか?
ここは『絶対国防圏』の内側です。敵がここまで来る頃には、連合艦隊が……」
「艦隊はアテにするな」
坂上は冷たく切り捨てた。
「いいか。ここは最前線になる。
敵は、艦隊決戦を挑んでくるのではない。
圧倒的な航空火力と艦砲射撃で、島ごと焼き払いに来る。
……その『暴力』に耐えられるのは、精神力ではない。
厚さ2メートルのコンクリートだけだ」
その日の午後。ガラパンの港。
坂上は、もう一つの「大仕事」の指揮を執っていた。
港には、物資を降ろし終えた輸送船団が停泊していた。
その桟橋に、長蛇の列が出来ていた。
老人、女、子供。サイパンに入植していた民間人たちだ。
「……全員、乗せるんですね?」
薫が、名簿をチェックしながら確認する。
「ああ。強制退去だ」
坂上は、泣き叫ぶ子供の手を引く母親の姿を、無表情に見つめていた。
「サイパン、テニアン、グアム。
マリアナ諸島にいる非戦闘員は、一人残らず内地へ送り返す」
史実では、サイパン戦において多くの民間人が巻き込まれ、「バンザイ・クリフ」の悲劇が生まれた。
坂上は、その「バグ」を、物理的に削除しようとしていた。
「……残酷だと言われています」
薫が、ぽつりと漏らした。
「『せっかく開墾した畑を捨てるのか』『我々も一緒に戦う』と、抵抗する人も多いです」
「戦場に民間人は邪魔だ」
坂上は、あえて冷徹な言葉を選んだ。
「彼らが残れば、食料(リソース)を食いつぶす。
戦闘が始まれば、兵士が彼らを守るために死ぬ。
……非効率の極みだ」
坂上は、出航していく輸送船を見送った。
その船倉は、帰り荷の代わりに、数千人の命で満たされていた。
「……恨まれてもいい。
生きていれば、また畑は作れる。
だが、死んだらただの数字だ」
坂上は、史実で自分の祖母が語っていた空襲の記憶を思い出していた。
(……民間人を盾にする戦争は、二度とさせん)
昭和18年秋。東京。
サイパンでの突貫工事と強制疎開を終え、帰国した坂上を待っていたのは、深刻な「報告書」だった。
築地の研究所。
「……アメリカの新型空母、就役開始」
八木博士が、傍受した米軍の通信解析データを坂上に示した。
「エセックス級……ですね」
坂上は、その名前を聞くだけで、胃の腑が重くなるのを感じた。
エセックス級航空母艦。
搭載機数100機、高速、重防御。
アメリカの工業力が生み出した、太平洋戦争の決定打。
それが、一隻や二隻ではない。
デトロイトの自動車工場のようなライン生産方式で、数ヶ月ごとに新造艦が海に吐き出されてくる。
「……ついに、動き出したか」
坂上は、壁のグラフを見た。
日米の戦力比曲線が、ここから急激に開き始める。
「大和」や「ゼロ戦」の魔改造で稼いだアドバンテージが、物量の波に飲み込まれる時が来たのだ。
「……顧問」
宇田博士が、もう一枚の資料を出した。
「技術院からの報告です。
……新型の『局地戦闘機』の試作が、難航しています」
「『雷電(らいでん)』か?」
「はい。エンジンの振動問題が解決せず……。
それに、『紫電改(しでんかい)』も、自動空戦フラップの調整に手間取っています」
「……間に合わんか」
坂上は、焦りを隠せなかった。
米軍の新鋭機、F6Fヘルキャット。
2000馬力級のエンジンと、防弾装備、そして6門の12.7ミリ機銃を持つ「空飛ぶ戦車」。
これに対抗するには、ゼロ戦では力不足だ。
大馬力の次期主力機が必要だが、日本の基礎工業力が、その開発スピードに追いついていない。
「……今ある手駒で、凌ぐしかない」
坂上は、海図の「マリアナ諸島」を指で叩いた。
「エセックス級の機動部隊(タスクフォース)は、必ずこのラインを突破しに来る。
……その時が、最後の決戦だ」
「勝てますか?」
薫が、不安げに尋ねる。
「……勝てない」
坂上は即答した。
「正面からぶつかれば、すり潰される。
だから……『泥沼』に引きずり込む」
坂上は、完成したサイパンの地下要塞図面を広げた。
「空には『要塞』。海には『海防艦』。
そして陸には『地下迷宮』。
……アメリカが『日本を倒すのは割に合わない(コスト高すぎる)』と悲鳴を上げるまで、
血の一滴まで計算し尽くした『遅滞戦闘』をやる」
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