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EP 4
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ファミレス『タロウキング』と秘密のジュース
その日、月兎族のキャルルは朝からそわそわしていた。
ウサギ耳を右へ左へと忙しなく動かし、何度も鏡の前で服装(ユニクロ風のパーカーとショートパンツ)をチェックしている。
「よしっ、今日の私は最高に可愛いです! 決戦日和です!」
彼女は気合を入れると、鉄芯入りの安全靴の紐をキュッと結び、最上階のオーナーズルームへと駆け上がった。
キッチンでは、優也が朝の珈琲を淹れているところだった。
「優也さん! 今日は仕入れ、お休みですよね?」
「ああ。必要な食材はある程度揃っているしな」
「でしたら! 私、優也さんを案内したい場所があるんです! 隣の『タロウ国』に、すごいお店があるんですよ!」
キャルルは鼻息荒く提案した。
彼女の狙いは明確だ。ズバリ、デートである。
優也の作る料理は世界一だが、彼自身はまだ異世界の食文化に疎い。そこで、自分が「先輩」としてエスコートし、いいところを見せようという作戦だ。
「タロウ国か……噂には聞いているな。変わった文化が発展しているとか」
「はい! 『ファミレス』っていう、夢のようなレストランがあるんです!」
「ファミレス……?」
その単語を聞いた瞬間、優也の眉がピクリと動いた。
異世界にファミリーレストラン?
興味を引かれた優也は、マグカップを置いた。
「いいだろう。案内してくれ。市場調査も料理人の仕事だ」
「やったぁ! じゃあ行きましょう、優也さん!」
◇
移動手段はもちろん、優也の愛車である魔導二輪【スレイプニル】だ。
マンションのガレージから、重厚なエンジン音が響き渡る。
「しっかり掴まっていろよ。振り落とされても知らないぞ」
「はいっ! ぎゅってします、ぎゅって!」
キャルルは優也の背中に抱きついた。
(近い! 優也さんの背中、広くて温かいです……! これだけでご飯三杯いけます!)
ヘルメットの下でニマニマと緩みきった顔を隠しながら、キャルルは至福のツーリングを満喫した。
バイクは荒野を爆走し、やがて国境を越えた。
その瞬間、優也は目を見張った。
「……なんだ、これは」
目の前に広がっていたのは、中世ファンタジーの世界観をぶち壊す、**「近代日本」**そのものの景色だった。
綺麗に舗装されたアスファルトの道路。
整然と立ち並ぶ団地(『メゾン・ド・タロウ』などの看板が見える)。
街頭ビジョンには、リーザのライブ映像が流れている。
「ここがタロウ国です! すごいでしょう?」
「ああ……想像以上だ。まるで日本だな」
優也は驚きつつも、冷静にバイクを走らせ、キャルルの案内で目的の店へと到着した。
オレンジ色の看板に、王冠を被った少年のキャラクターが描かれている。
その名も――
ファミリーレストラン『タロウキング』。
◇
「いらっしゃいませー! 二名様ですか? 禁煙席と喫煙席、どちらになさいますか?」
店員のマニュアル通りの接客。プラスチックのメニュー表。そして呼び出しボタン。
優也は席に着くなり、店内のオペレーションを観察した。
(完璧だ。回転率重視のレイアウト、ドリンクバーの配置、客単価の設定……経営者は相当な手練れだな)
「優也さん、優也さん! これです、これ! 『ドリンクバー』!」
キャルルが得意げにメニューを指差した。
定額で飲み放題。この世界では魔法の水生成器を使った画期的なシステムとして大人気なのだ。
「私、とっておきの飲み方を知ってるんです。優也さんにだけ、特別に教えてあげますね♡」
「ほう? とっておきか」
「はい! ちょっと待っててください!」
キャルルは勇んでドリンクバーコーナーへ走っていった。
数分後、彼女は二つのグラスを持って戻ってきた。
片方は、毒々しいほど鮮やかな緑色のメロンソーダ。
もう片方は、濃厚なオレンジ色の人参ジュースだ。
「見ててくださいね……これを、こうするんです!」
キャルルは真剣な表情で、メロンソーダの中に人参ジュースをドボドボと注ぎ込んだ。
シュワシュワと炭酸が弾け、緑とオレンジが混ざり合い、なんとも言えないドブ色(沼の色)へと変貌していく。
「完成です! 名付けて『キャルル・スペシャル・ビタミン・ラバーズ』です!」
「……」
優也はプロの料理人として、その液体の色彩に絶句した。
色彩理論を無視した暴挙。味の想像がつかない、というか想像したくない。
「ほら、飲んでみてください! 人参の甘みとメロンの香りが喧嘩して、最終的に仲直りする味なんですよ!」
「……喧嘩したままじゃないのか?」
「いいからいいから! あーん♡」
キャルルがストローを差し出してくる。
周囲の客(主に獣人や冒険者)が、「うわ、月兎族の姉ちゃんが大胆だなおい」とニヤニヤ見ている。
優也は観念して、ストローを口に含んだ。
ズズッ。
口の中に広がる、ケミカルなメロンの甘さと、土臭い人参の風味。
それらが炭酸の刺激と共に喉を駆け抜ける。
「……どうですか?」
キャルルが期待に満ちた瞳で見つめてくる。
優也は珈琲キャンディを噛み砕くように、冷静に感想を述べた。
「……斬新だな。俺のレストランでは絶対に出さない味だ」
「でしょ!? 美味しいですよね! これ、私が発見したんです♡ 優也さんとだから飲むんですよ?」
「そうか。知ってどうするんだ、という気もするが……まあ、ありがとう」
優也のドライな反応にも、キャルルは「喜んでくれた!」と脳内変換してご満悦だ。
その時だった。
「お兄ちゃん、なかなかいい飲みっぷりだねぇ」
隣の席から、声をかけられた。
優也が振り向くと、そこには一人の男が座っていた。
ジャージ姿に、頭にはなぜか「王冠」を被っている。手にはタバコ(キャスター)を持ち、テーブルには大量のハンバーグとラーメンが並んでいる。
「その『人参メロン』、実は俺も開発段階で試飲したんだけどさ、不味すぎてメニューから外したんだよね。それを美味そうに飲むなんて、アンタ大物だよ」
男はニカっと笑った。
その笑顔には、ただの客ではないオーラ――そして、優也と同じ「転生者」特有の気配が漂っていた。
「……この店のオーナーか?」
優也が尋ねると、男はタバコの煙を吐き出しながら頷いた。
「ま、そんなところ。俺は佐藤太郎。この国の王様やってる者だ。……アンタ、面白い『匂い』がするな。料理人か?」
ファミレス『タロウキング』の一角で、二人の異才――「国王」と「三つ星シェフ」の視線が交錯した。
キャルルの恋の作戦は、思わぬ超大物との遭遇によって、新たな展開へと転がっていくのだった。
その日、月兎族のキャルルは朝からそわそわしていた。
ウサギ耳を右へ左へと忙しなく動かし、何度も鏡の前で服装(ユニクロ風のパーカーとショートパンツ)をチェックしている。
「よしっ、今日の私は最高に可愛いです! 決戦日和です!」
彼女は気合を入れると、鉄芯入りの安全靴の紐をキュッと結び、最上階のオーナーズルームへと駆け上がった。
キッチンでは、優也が朝の珈琲を淹れているところだった。
「優也さん! 今日は仕入れ、お休みですよね?」
「ああ。必要な食材はある程度揃っているしな」
「でしたら! 私、優也さんを案内したい場所があるんです! 隣の『タロウ国』に、すごいお店があるんですよ!」
キャルルは鼻息荒く提案した。
彼女の狙いは明確だ。ズバリ、デートである。
優也の作る料理は世界一だが、彼自身はまだ異世界の食文化に疎い。そこで、自分が「先輩」としてエスコートし、いいところを見せようという作戦だ。
「タロウ国か……噂には聞いているな。変わった文化が発展しているとか」
「はい! 『ファミレス』っていう、夢のようなレストランがあるんです!」
「ファミレス……?」
その単語を聞いた瞬間、優也の眉がピクリと動いた。
異世界にファミリーレストラン?
興味を引かれた優也は、マグカップを置いた。
「いいだろう。案内してくれ。市場調査も料理人の仕事だ」
「やったぁ! じゃあ行きましょう、優也さん!」
◇
移動手段はもちろん、優也の愛車である魔導二輪【スレイプニル】だ。
マンションのガレージから、重厚なエンジン音が響き渡る。
「しっかり掴まっていろよ。振り落とされても知らないぞ」
「はいっ! ぎゅってします、ぎゅって!」
キャルルは優也の背中に抱きついた。
(近い! 優也さんの背中、広くて温かいです……! これだけでご飯三杯いけます!)
ヘルメットの下でニマニマと緩みきった顔を隠しながら、キャルルは至福のツーリングを満喫した。
バイクは荒野を爆走し、やがて国境を越えた。
その瞬間、優也は目を見張った。
「……なんだ、これは」
目の前に広がっていたのは、中世ファンタジーの世界観をぶち壊す、**「近代日本」**そのものの景色だった。
綺麗に舗装されたアスファルトの道路。
整然と立ち並ぶ団地(『メゾン・ド・タロウ』などの看板が見える)。
街頭ビジョンには、リーザのライブ映像が流れている。
「ここがタロウ国です! すごいでしょう?」
「ああ……想像以上だ。まるで日本だな」
優也は驚きつつも、冷静にバイクを走らせ、キャルルの案内で目的の店へと到着した。
オレンジ色の看板に、王冠を被った少年のキャラクターが描かれている。
その名も――
ファミリーレストラン『タロウキング』。
◇
「いらっしゃいませー! 二名様ですか? 禁煙席と喫煙席、どちらになさいますか?」
店員のマニュアル通りの接客。プラスチックのメニュー表。そして呼び出しボタン。
優也は席に着くなり、店内のオペレーションを観察した。
(完璧だ。回転率重視のレイアウト、ドリンクバーの配置、客単価の設定……経営者は相当な手練れだな)
「優也さん、優也さん! これです、これ! 『ドリンクバー』!」
キャルルが得意げにメニューを指差した。
定額で飲み放題。この世界では魔法の水生成器を使った画期的なシステムとして大人気なのだ。
「私、とっておきの飲み方を知ってるんです。優也さんにだけ、特別に教えてあげますね♡」
「ほう? とっておきか」
「はい! ちょっと待っててください!」
キャルルは勇んでドリンクバーコーナーへ走っていった。
数分後、彼女は二つのグラスを持って戻ってきた。
片方は、毒々しいほど鮮やかな緑色のメロンソーダ。
もう片方は、濃厚なオレンジ色の人参ジュースだ。
「見ててくださいね……これを、こうするんです!」
キャルルは真剣な表情で、メロンソーダの中に人参ジュースをドボドボと注ぎ込んだ。
シュワシュワと炭酸が弾け、緑とオレンジが混ざり合い、なんとも言えないドブ色(沼の色)へと変貌していく。
「完成です! 名付けて『キャルル・スペシャル・ビタミン・ラバーズ』です!」
「……」
優也はプロの料理人として、その液体の色彩に絶句した。
色彩理論を無視した暴挙。味の想像がつかない、というか想像したくない。
「ほら、飲んでみてください! 人参の甘みとメロンの香りが喧嘩して、最終的に仲直りする味なんですよ!」
「……喧嘩したままじゃないのか?」
「いいからいいから! あーん♡」
キャルルがストローを差し出してくる。
周囲の客(主に獣人や冒険者)が、「うわ、月兎族の姉ちゃんが大胆だなおい」とニヤニヤ見ている。
優也は観念して、ストローを口に含んだ。
ズズッ。
口の中に広がる、ケミカルなメロンの甘さと、土臭い人参の風味。
それらが炭酸の刺激と共に喉を駆け抜ける。
「……どうですか?」
キャルルが期待に満ちた瞳で見つめてくる。
優也は珈琲キャンディを噛み砕くように、冷静に感想を述べた。
「……斬新だな。俺のレストランでは絶対に出さない味だ」
「でしょ!? 美味しいですよね! これ、私が発見したんです♡ 優也さんとだから飲むんですよ?」
「そうか。知ってどうするんだ、という気もするが……まあ、ありがとう」
優也のドライな反応にも、キャルルは「喜んでくれた!」と脳内変換してご満悦だ。
その時だった。
「お兄ちゃん、なかなかいい飲みっぷりだねぇ」
隣の席から、声をかけられた。
優也が振り向くと、そこには一人の男が座っていた。
ジャージ姿に、頭にはなぜか「王冠」を被っている。手にはタバコ(キャスター)を持ち、テーブルには大量のハンバーグとラーメンが並んでいる。
「その『人参メロン』、実は俺も開発段階で試飲したんだけどさ、不味すぎてメニューから外したんだよね。それを美味そうに飲むなんて、アンタ大物だよ」
男はニカっと笑った。
その笑顔には、ただの客ではないオーラ――そして、優也と同じ「転生者」特有の気配が漂っていた。
「……この店のオーナーか?」
優也が尋ねると、男はタバコの煙を吐き出しながら頷いた。
「ま、そんなところ。俺は佐藤太郎。この国の王様やってる者だ。……アンタ、面白い『匂い』がするな。料理人か?」
ファミレス『タロウキング』の一角で、二人の異才――「国王」と「三つ星シェフ」の視線が交錯した。
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