【三つ星シェフの異世界マンション経営】

月神世一

文字の大きさ
5 / 7

EP 5

しおりを挟む
国王と料理人と、ラーメンの野望
​「……国王?」
​ ファミリーレストラン『タロウキング』のボックス席に、奇妙な静寂が落ちた。
 キャルルが持っていた人参メロンジュースのグラスが、カタリと小刻みに震えている。
 彼女はウサギ特有の鋭い聴覚で、目の前のジャージ男の心音を聞き取っていた。嘘をついているリズムではない。それに、周囲の店員やお客たちが、遠巻きながらも畏敬の念を込めた視線を送っている。
​「う、うそ……本物のタロウ陛下!? なんでこんなファミレスに!?」
「ん? ああ、これ俺の店だし。新メニューの試食と、サボ……視察に来たんだよ」
​ 佐藤太郎は悪びれもせず、キャルルの隣にドカッと座り込んだ。
 王冠を被ったままドリンクバーのメロンソーダを啜る姿は、威厳の欠片もない。だが、優也の「プロの目」は誤魔化せなかった。この男の瞳の奥には、一国をゼロから築き上げた経営者の冷徹さと、強者特有の余裕がある。
​「アンタも『向こう』の人間だろ? 立ち居振る舞いがこっちの世界の住人じゃない。それに、そのあめちゃん」
 太郎が優也の手元の包み紙を指差す。
「珈琲キャンディ。懐かしいねぇ。俺はタバコ派だけど」
「……ご名答です。青田優也といいます。前職は料理人でした」
「へぇ、料理人! しかも三つ星の副料理長だって? そりゃすげえや」
​ 優也が軽く自己紹介をすると、太郎は身を乗り出して食いついてきた。
 まるで、面白いオモチャを見つけた子供のような顔だ。
​「で、優也くん。国境付近にいきなり建った『謎の高層建築物』……あれ、君の仕業だろ?」
「耳が早いですね」
「そりゃあね。俺の国(シマ)の近くだし。実はさ、相談があるんだよ」
​ 太郎は懐からキャスターを取り出し、火をつける。紫煙と共に、彼はニヤリと笑った。
​「俺に、君のマンションの1階を貸してくれないか?」
​ あまりに唐突なオファーに、優也は眉をひそめた。
「貸す? テナントとしてですか?」
「そう。実はさ、俺のマブダチが『究極のラーメン屋』をやりたいってうるさくてね」
​ 太郎はため息混じりに語り始めた。
 城の食事は豪華だが堅苦しいこと。
 自分が開発したラーメンが大ヒットしたが、チェーン店化してしまい「個人のこだわり」が出せなくなったこと。
 そして何より、友人が作るスープが凄すぎて、普通の店舗では魔力が暴走して店が壊れること。
​「だから探してたんだよ。核シェルター並みに頑丈で、かつ隠れ家的な場所をさ。君のマンション、外から見たけどいい防御力(セキュリティ)してるじゃん」
「……なるほど。建物の強度には自信がありますが」
「家賃は弾むよ? ゴルド商会経由で『白金貨』払いでもいい」
​ 白金貨。日本円にして約100万円。それが毎月入るとなれば、マンション経営は安泰だ。
 優也が電卓(脳内)を弾いていると、太郎がパチンと指を鳴らした。
​「おーい、デューク! 来いよ。場所、決まりそうだぞ!」
​ 太郎が虚空に向かって声をかけると、ズンッ、と店の空気が重くなった。
 厨房の奥から、一人の男が歩いてくる。
 高級スーツを着こなし、白髪交じりの髭を蓄えたダンディな紳士。しかし、その首からは「極竜」と書かれたラーメン屋の前掛けを下げている。
​「……おいタロウ。我を呼びつけるとはいい度胸だ。スープの仕込み中だと言っただろう」
​ 男が発した声だけで、店内のガラス窓がビリビリと共鳴した。
 隣のキャルルが「ひっ!」と悲鳴を上げて、優也の背中に隠れる。ガタガタと震えが止まっていない。
​「優也さん……逃げましょう……あれ、ヤバいです……『竜王』です……!」
「竜王?」
「世界の調停者、竜王デューク様です! なんでラーメン屋の前掛けしてるんですかぁぁ!?」
​ キャルルの錯乱をよそに、デュークと呼ばれた男は優也の前に立ち、値踏みするように睨み下ろした。
​「ほう。貴様がこのマンションの主か。……悪くない面構えだ。軟弱な料理人かと思ったが、芯がある」
「どうも。あなたがテナント希望者ですか?」
「希望者ではない。『入居してやる』と言っているのだ。……だが、まずは味見だ」
​ デュークは虚空から、湯気の立つドンブリを取り出した。
 亜空間収納か。
 ドンブリの中には、白濁した濃厚な豚骨スープ。しかし、ただの豚骨ではない。スープの表面が黄金色に輝き、放たれる香気だけで魔力が回復しそうなほどの濃密なエネルギーを感じる。
​「我が渾身の『ドラゴン豚骨』だ。これを一口飲んで、貴様の舌で評価してみろ。話はそれからだ」
​ 試されている。
 優也は躊躇なくドンブリを受け取り、レンゲでスープを口に運んだ。
​ ――衝撃。
​ (……すごい。魔獣の骨を圧力鍋以上の高圧で煮出しているのか? 臭みはゼロ、旨味の塊だ。それでいて、後味は驚くほどキレがいい)
​ 三つ星シェフとしての分析脳がフル回転する。これは、ただの力押しではない。緻密な計算と、気の遠くなるような手間暇がかけられた、至高の一杯だ。
​「……骨の下処理に、ブレスを使っていますね? 一瞬で表面を焼き切ることで、旨味を閉じ込めている」
「ほう?」
「ですが、少しカエシ(タレ)の塩味が尖りすぎている。麺と合わせるならいいが、スープ単体だと客を選ぶ。……俺なら、隠し味に『ホタテの干し貝柱』を使って、角を取りますね」
​ 優也が淡々と指摘すると、店内が凍りついた。
 竜王の料理にケチをつけたのだ。
 キャルルは泡を吹いて気絶寸前だ。
​ だが、デュークは数秒の沈黙の後――ニヤリと獰猛に笑った。
​「……ホタテ、か。なるほど、海鮮の旨味で中和するか。貴様、名は?」
「青田優也です」
「いいだろう、ユウヤ。貴様を認めてやる。我の店を構えるに相応しい男だ」
​ デュークは太郎に向き直り、豪快に頷いた。
​「タロウ、ここにするぞ。契約書を用意しろ」
「へいへい。交渉成立だな」
​ 太郎がニシシと笑い、優也に手を差し伸べた。
​「ってことで、よろしく頼むわ大家さん。店の名前は『麺屋・極竜(ごくりゅう)』だ。内装工事はこっちで(ドワーフを使って)やるからさ」
「わかりました。……ただし、家賃の滞納は許しませんよ。たとえ国王でも、竜王でも」
​ 優也が握り返すと、二人の転生者の間に奇妙な連帯感が生まれた。
 こうして、青田マンションの記念すべきテナント第一号が決まった。
 それは、「世界最強のラーメン屋」が誕生した瞬間でもあった。
​ ……ちなみに、気絶したキャルルを背負って帰る羽目になった優也が、彼女の重み(主に筋肉と安全靴)に苦労するのは、帰りのバイクでの話である。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

【完結】精霊に選ばれなかった私は…

まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。 しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。 選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。 選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。 貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…? ☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

婚約者の番

ありがとうございました。さようなら
恋愛
私の婚約者は、獅子の獣人だ。 大切にされる日々を過ごして、私はある日1番恐れていた事が起こってしまった。 「彼を譲ってくれない?」 とうとう彼の番が現れてしまった。

処理中です...