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EP 5
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国王と料理人と、ラーメンの野望
「……国王?」
ファミリーレストラン『タロウキング』のボックス席に、奇妙な静寂が落ちた。
キャルルが持っていた人参メロンジュースのグラスが、カタリと小刻みに震えている。
彼女はウサギ特有の鋭い聴覚で、目の前のジャージ男の心音を聞き取っていた。嘘をついているリズムではない。それに、周囲の店員やお客たちが、遠巻きながらも畏敬の念を込めた視線を送っている。
「う、うそ……本物のタロウ陛下!? なんでこんなファミレスに!?」
「ん? ああ、これ俺の店だし。新メニューの試食と、サボ……視察に来たんだよ」
佐藤太郎は悪びれもせず、キャルルの隣にドカッと座り込んだ。
王冠を被ったままドリンクバーのメロンソーダを啜る姿は、威厳の欠片もない。だが、優也の「プロの目」は誤魔化せなかった。この男の瞳の奥には、一国をゼロから築き上げた経営者の冷徹さと、強者特有の余裕がある。
「アンタも『向こう』の人間だろ? 立ち居振る舞いがこっちの世界の住人じゃない。それに、そのあめちゃん」
太郎が優也の手元の包み紙を指差す。
「珈琲キャンディ。懐かしいねぇ。俺はタバコ派だけど」
「……ご名答です。青田優也といいます。前職は料理人でした」
「へぇ、料理人! しかも三つ星の副料理長だって? そりゃすげえや」
優也が軽く自己紹介をすると、太郎は身を乗り出して食いついてきた。
まるで、面白いオモチャを見つけた子供のような顔だ。
「で、優也くん。国境付近にいきなり建った『謎の高層建築物』……あれ、君の仕業だろ?」
「耳が早いですね」
「そりゃあね。俺の国(シマ)の近くだし。実はさ、相談があるんだよ」
太郎は懐からキャスターを取り出し、火をつける。紫煙と共に、彼はニヤリと笑った。
「俺に、君のマンションの1階を貸してくれないか?」
あまりに唐突なオファーに、優也は眉をひそめた。
「貸す? テナントとしてですか?」
「そう。実はさ、俺のマブダチが『究極のラーメン屋』をやりたいってうるさくてね」
太郎はため息混じりに語り始めた。
城の食事は豪華だが堅苦しいこと。
自分が開発したラーメンが大ヒットしたが、チェーン店化してしまい「個人のこだわり」が出せなくなったこと。
そして何より、友人が作るスープが凄すぎて、普通の店舗では魔力が暴走して店が壊れること。
「だから探してたんだよ。核シェルター並みに頑丈で、かつ隠れ家的な場所をさ。君のマンション、外から見たけどいい防御力(セキュリティ)してるじゃん」
「……なるほど。建物の強度には自信がありますが」
「家賃は弾むよ? ゴルド商会経由で『白金貨』払いでもいい」
白金貨。日本円にして約100万円。それが毎月入るとなれば、マンション経営は安泰だ。
優也が電卓(脳内)を弾いていると、太郎がパチンと指を鳴らした。
「おーい、デューク! 来いよ。場所、決まりそうだぞ!」
太郎が虚空に向かって声をかけると、ズンッ、と店の空気が重くなった。
厨房の奥から、一人の男が歩いてくる。
高級スーツを着こなし、白髪交じりの髭を蓄えたダンディな紳士。しかし、その首からは「極竜」と書かれたラーメン屋の前掛けを下げている。
「……おいタロウ。我を呼びつけるとはいい度胸だ。スープの仕込み中だと言っただろう」
男が発した声だけで、店内のガラス窓がビリビリと共鳴した。
隣のキャルルが「ひっ!」と悲鳴を上げて、優也の背中に隠れる。ガタガタと震えが止まっていない。
「優也さん……逃げましょう……あれ、ヤバいです……『竜王』です……!」
「竜王?」
「世界の調停者、竜王デューク様です! なんでラーメン屋の前掛けしてるんですかぁぁ!?」
キャルルの錯乱をよそに、デュークと呼ばれた男は優也の前に立ち、値踏みするように睨み下ろした。
「ほう。貴様がこのマンションの主か。……悪くない面構えだ。軟弱な料理人かと思ったが、芯がある」
「どうも。あなたがテナント希望者ですか?」
「希望者ではない。『入居してやる』と言っているのだ。……だが、まずは味見だ」
デュークは虚空から、湯気の立つドンブリを取り出した。
亜空間収納か。
ドンブリの中には、白濁した濃厚な豚骨スープ。しかし、ただの豚骨ではない。スープの表面が黄金色に輝き、放たれる香気だけで魔力が回復しそうなほどの濃密なエネルギーを感じる。
「我が渾身の『ドラゴン豚骨』だ。これを一口飲んで、貴様の舌で評価してみろ。話はそれからだ」
試されている。
優也は躊躇なくドンブリを受け取り、レンゲでスープを口に運んだ。
――衝撃。
(……すごい。魔獣の骨を圧力鍋以上の高圧で煮出しているのか? 臭みはゼロ、旨味の塊だ。それでいて、後味は驚くほどキレがいい)
三つ星シェフとしての分析脳がフル回転する。これは、ただの力押しではない。緻密な計算と、気の遠くなるような手間暇がかけられた、至高の一杯だ。
「……骨の下処理に、ブレスを使っていますね? 一瞬で表面を焼き切ることで、旨味を閉じ込めている」
「ほう?」
「ですが、少しカエシ(タレ)の塩味が尖りすぎている。麺と合わせるならいいが、スープ単体だと客を選ぶ。……俺なら、隠し味に『ホタテの干し貝柱』を使って、角を取りますね」
優也が淡々と指摘すると、店内が凍りついた。
竜王の料理にケチをつけたのだ。
キャルルは泡を吹いて気絶寸前だ。
だが、デュークは数秒の沈黙の後――ニヤリと獰猛に笑った。
「……ホタテ、か。なるほど、海鮮の旨味で中和するか。貴様、名は?」
「青田優也です」
「いいだろう、ユウヤ。貴様を認めてやる。我の店を構えるに相応しい男だ」
デュークは太郎に向き直り、豪快に頷いた。
「タロウ、ここにするぞ。契約書を用意しろ」
「へいへい。交渉成立だな」
太郎がニシシと笑い、優也に手を差し伸べた。
「ってことで、よろしく頼むわ大家さん。店の名前は『麺屋・極竜(ごくりゅう)』だ。内装工事はこっちで(ドワーフを使って)やるからさ」
「わかりました。……ただし、家賃の滞納は許しませんよ。たとえ国王でも、竜王でも」
優也が握り返すと、二人の転生者の間に奇妙な連帯感が生まれた。
こうして、青田マンションの記念すべきテナント第一号が決まった。
それは、「世界最強のラーメン屋」が誕生した瞬間でもあった。
……ちなみに、気絶したキャルルを背負って帰る羽目になった優也が、彼女の重み(主に筋肉と安全靴)に苦労するのは、帰りのバイクでの話である。
「……国王?」
ファミリーレストラン『タロウキング』のボックス席に、奇妙な静寂が落ちた。
キャルルが持っていた人参メロンジュースのグラスが、カタリと小刻みに震えている。
彼女はウサギ特有の鋭い聴覚で、目の前のジャージ男の心音を聞き取っていた。嘘をついているリズムではない。それに、周囲の店員やお客たちが、遠巻きながらも畏敬の念を込めた視線を送っている。
「う、うそ……本物のタロウ陛下!? なんでこんなファミレスに!?」
「ん? ああ、これ俺の店だし。新メニューの試食と、サボ……視察に来たんだよ」
佐藤太郎は悪びれもせず、キャルルの隣にドカッと座り込んだ。
王冠を被ったままドリンクバーのメロンソーダを啜る姿は、威厳の欠片もない。だが、優也の「プロの目」は誤魔化せなかった。この男の瞳の奥には、一国をゼロから築き上げた経営者の冷徹さと、強者特有の余裕がある。
「アンタも『向こう』の人間だろ? 立ち居振る舞いがこっちの世界の住人じゃない。それに、そのあめちゃん」
太郎が優也の手元の包み紙を指差す。
「珈琲キャンディ。懐かしいねぇ。俺はタバコ派だけど」
「……ご名答です。青田優也といいます。前職は料理人でした」
「へぇ、料理人! しかも三つ星の副料理長だって? そりゃすげえや」
優也が軽く自己紹介をすると、太郎は身を乗り出して食いついてきた。
まるで、面白いオモチャを見つけた子供のような顔だ。
「で、優也くん。国境付近にいきなり建った『謎の高層建築物』……あれ、君の仕業だろ?」
「耳が早いですね」
「そりゃあね。俺の国(シマ)の近くだし。実はさ、相談があるんだよ」
太郎は懐からキャスターを取り出し、火をつける。紫煙と共に、彼はニヤリと笑った。
「俺に、君のマンションの1階を貸してくれないか?」
あまりに唐突なオファーに、優也は眉をひそめた。
「貸す? テナントとしてですか?」
「そう。実はさ、俺のマブダチが『究極のラーメン屋』をやりたいってうるさくてね」
太郎はため息混じりに語り始めた。
城の食事は豪華だが堅苦しいこと。
自分が開発したラーメンが大ヒットしたが、チェーン店化してしまい「個人のこだわり」が出せなくなったこと。
そして何より、友人が作るスープが凄すぎて、普通の店舗では魔力が暴走して店が壊れること。
「だから探してたんだよ。核シェルター並みに頑丈で、かつ隠れ家的な場所をさ。君のマンション、外から見たけどいい防御力(セキュリティ)してるじゃん」
「……なるほど。建物の強度には自信がありますが」
「家賃は弾むよ? ゴルド商会経由で『白金貨』払いでもいい」
白金貨。日本円にして約100万円。それが毎月入るとなれば、マンション経営は安泰だ。
優也が電卓(脳内)を弾いていると、太郎がパチンと指を鳴らした。
「おーい、デューク! 来いよ。場所、決まりそうだぞ!」
太郎が虚空に向かって声をかけると、ズンッ、と店の空気が重くなった。
厨房の奥から、一人の男が歩いてくる。
高級スーツを着こなし、白髪交じりの髭を蓄えたダンディな紳士。しかし、その首からは「極竜」と書かれたラーメン屋の前掛けを下げている。
「……おいタロウ。我を呼びつけるとはいい度胸だ。スープの仕込み中だと言っただろう」
男が発した声だけで、店内のガラス窓がビリビリと共鳴した。
隣のキャルルが「ひっ!」と悲鳴を上げて、優也の背中に隠れる。ガタガタと震えが止まっていない。
「優也さん……逃げましょう……あれ、ヤバいです……『竜王』です……!」
「竜王?」
「世界の調停者、竜王デューク様です! なんでラーメン屋の前掛けしてるんですかぁぁ!?」
キャルルの錯乱をよそに、デュークと呼ばれた男は優也の前に立ち、値踏みするように睨み下ろした。
「ほう。貴様がこのマンションの主か。……悪くない面構えだ。軟弱な料理人かと思ったが、芯がある」
「どうも。あなたがテナント希望者ですか?」
「希望者ではない。『入居してやる』と言っているのだ。……だが、まずは味見だ」
デュークは虚空から、湯気の立つドンブリを取り出した。
亜空間収納か。
ドンブリの中には、白濁した濃厚な豚骨スープ。しかし、ただの豚骨ではない。スープの表面が黄金色に輝き、放たれる香気だけで魔力が回復しそうなほどの濃密なエネルギーを感じる。
「我が渾身の『ドラゴン豚骨』だ。これを一口飲んで、貴様の舌で評価してみろ。話はそれからだ」
試されている。
優也は躊躇なくドンブリを受け取り、レンゲでスープを口に運んだ。
――衝撃。
(……すごい。魔獣の骨を圧力鍋以上の高圧で煮出しているのか? 臭みはゼロ、旨味の塊だ。それでいて、後味は驚くほどキレがいい)
三つ星シェフとしての分析脳がフル回転する。これは、ただの力押しではない。緻密な計算と、気の遠くなるような手間暇がかけられた、至高の一杯だ。
「……骨の下処理に、ブレスを使っていますね? 一瞬で表面を焼き切ることで、旨味を閉じ込めている」
「ほう?」
「ですが、少しカエシ(タレ)の塩味が尖りすぎている。麺と合わせるならいいが、スープ単体だと客を選ぶ。……俺なら、隠し味に『ホタテの干し貝柱』を使って、角を取りますね」
優也が淡々と指摘すると、店内が凍りついた。
竜王の料理にケチをつけたのだ。
キャルルは泡を吹いて気絶寸前だ。
だが、デュークは数秒の沈黙の後――ニヤリと獰猛に笑った。
「……ホタテ、か。なるほど、海鮮の旨味で中和するか。貴様、名は?」
「青田優也です」
「いいだろう、ユウヤ。貴様を認めてやる。我の店を構えるに相応しい男だ」
デュークは太郎に向き直り、豪快に頷いた。
「タロウ、ここにするぞ。契約書を用意しろ」
「へいへい。交渉成立だな」
太郎がニシシと笑い、優也に手を差し伸べた。
「ってことで、よろしく頼むわ大家さん。店の名前は『麺屋・極竜(ごくりゅう)』だ。内装工事はこっちで(ドワーフを使って)やるからさ」
「わかりました。……ただし、家賃の滞納は許しませんよ。たとえ国王でも、竜王でも」
優也が握り返すと、二人の転生者の間に奇妙な連帯感が生まれた。
こうして、青田マンションの記念すべきテナント第一号が決まった。
それは、「世界最強のラーメン屋」が誕生した瞬間でもあった。
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