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序章 DEATH4
EP 6
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奴隷と聖女
熱気と欲望、そして絶望が渦巻く巨大な円形ホール。そこは、人間が「商品」として値踏みされ、売り買いされる奴隷オークション会場だった。
舞台の中央に立つ檻の中で、たつまろは無感動にその喧騒を聞いていた。身体中に刻まれた傷は鈍く痛み、手足には重い鉄枷が食い込んでいる。だが、彼の意識はここにはなかった。ただひたすらに、離れ離れになった弟の姿だけを想い、心を閉ざしていた。
「さあさあ、次が本日の目玉だ! ごろつき共から仕入れたばかりの、とびきりの戦闘奴隷! この目を見ろ! まだ子供だというのに、飼い慣らされることを一切拒む、この荒々しい魂を!」
司会者の甲高い声が響き渡る。会場の富裕層たちが、値踏みするように、あるいは珍しい獣でも見るかのように、たつまろに視線を注いだ。
「100万!」
「200万!」
「一気に500万だ!」
札束が飛び交い、値段は瞬く間に吊り上がっていく。しかし、たつまろの心は微動だにしなかった。
その時、会場の空気を変える、低く落ち着いた声が響いた。
「1000万」
「……せんまん!?」
司会者も、熱狂していた会場も、一瞬で静まり返る。声の主は、最前列の貴賓席に座る一人の男だった。金の刺繍が施された豪奢な服を身にまとい、指にはいくつもの宝石がきらめいている。しかし、その顔に浮かんだ笑みは、獲物を見つけた蛇のように冷たかった。
「そうだ、1000万だ。聞こえなかったか?」
「け、決定だぁーっ! この商品、1000万でゴルディ様がお買い上げだ!」
狂乱の喝采の中、ゴルディと呼ばれた男は満足げに頷いていた。
(フッ、フッ……闘技場で見世物にすれば、1000万などすぐに元が取れるわ。ごろつき共の言っていた通り、並外れた気迫を感じる。しかし……弟を手駒にすれば、こいつはただの人形になる。フフフ……)
檻から引きずり出されたたつまろの前に、ゴルディが立った。
「おい、たつまろとか言ったな。これからは私が、お前の主だ。分かったな」
たつまろは、初めて男の顔を真っ直ぐに見据えた。その瞳には、服従も恐怖も浮かんでいない。
「ユウは何処だ?」
ただ、それだけだった。ゴルディは愉快そうに口元を歪めた。
「心配するな。貴様が私の言う通りに闘技場で戦い、私を儲けさせれば、弟は無事だ。良い食事と寝床を与えてやろう。……しかし、貴様が私の意に背くようなことがあれば……弟の命はないと思え」
その瞬間。
ゴルディの周囲から、音が消えた。空気が氷のように冷えつき、肌を刺すような圧力が辺り一帯を支配する。たつまろから放たれた、純度100%の殺気が、その場にいた全ての人間を沈黙させたのだ。ゴルディの屈強な護衛たちでさえ、知らず知らずのうちに後ずさっていた。
しかし、たつまろはゆっくりと、その殺気を収めた。
「……分かった。お前の言うことを聞く」
人質を取られていては、牙を剥くことさえできない。その屈辱に、唇から血が滲んだ。
(フ、フフ……! どっちが命を握られているか分からんような気分にさせられるわ! だが、それでいい。私はこの化け物を使いこなし、巨万の富を得させてもらうぞ!)
ゴルディの乾いた笑い声が、たつまろの新たな地獄の始まりを告げていた。
~神殿・神送りの間~
同じ頃、大神殿は荘厳な儀式の時を迎えていた。
神殿の最も奥にある「神送りの間」。そこに集った信徒たちの熱狂的な視線の先で、大神官が声を張り上げた。
「今から、明知神来の儀を執り行う! 皆の者、刮目せよ! これで、この荒れ果てた世界が救われるのだ!」
純白の衣をまとったユイが、静かに祭壇へと歩みを進める。その顔は不思議なほど穏やかだった。
(今まで、自分の命なんて、どうでも良かった)
たつまろと出会うまでは。
(たつまろと出会えて、初めて、自分の命が無くなることが怖くなった。でも……)
もう、怖くはない。
(たつまろの為なら、もう怖くないや)
偽りの報告によって、彼の死を信じ込まされたユイにとって、この儀式は絶望ではなく、唯一残された希望だった。
「さぁ、巫女よ! 祭壇にて、世界への最後の祈りを捧げるのじゃ!」
大神官の声が響く。ユイはゆっくりと目を閉じ、両手を胸の前で組んだ。
(僕は、たつまろの為に命を使いたい。誰かに決められた役目じゃない。世界のためでもない。僕が、僕の意志で、好きな人の為に!)
その決意に応えるかのように、祭壇がまばゆい光を放ち始める。ユイの身体が光に包まれ、その輪郭が徐々に透き通っていく。最後に彼女の唇が動いた。
「……たつまろ」
その名を呟くと共に、ユイの姿は無数の光の粒子となって、天へと昇り、そして……消えた。
光が収まった後には、空っぽの祭壇が残されるだけだった。
一瞬の静寂の後、大神官が天に両腕を突き上げた。
「おぉぉーっ! 儀式は成功したぞ! これで世界は救われるのだ!」
その声に、観衆は熱狂の渦に包まれた。
「巫女様、バンザーイ!」「巫女様、バンザーイ!」
聖女の自己犠牲を讃える、歓喜の叫び。その裏で、一人の少年が奴隷として闘技場に送られたことなど、誰も知る由もなかった。
たつまろは奴隷に堕ち、彼が死んだと信じたユイは聖女としてその命を捧げた。
二人の運命は、最も残酷な形で交錯し、そして、すれ違った。
そして――
熱気と欲望、そして絶望が渦巻く巨大な円形ホール。そこは、人間が「商品」として値踏みされ、売り買いされる奴隷オークション会場だった。
舞台の中央に立つ檻の中で、たつまろは無感動にその喧騒を聞いていた。身体中に刻まれた傷は鈍く痛み、手足には重い鉄枷が食い込んでいる。だが、彼の意識はここにはなかった。ただひたすらに、離れ離れになった弟の姿だけを想い、心を閉ざしていた。
「さあさあ、次が本日の目玉だ! ごろつき共から仕入れたばかりの、とびきりの戦闘奴隷! この目を見ろ! まだ子供だというのに、飼い慣らされることを一切拒む、この荒々しい魂を!」
司会者の甲高い声が響き渡る。会場の富裕層たちが、値踏みするように、あるいは珍しい獣でも見るかのように、たつまろに視線を注いだ。
「100万!」
「200万!」
「一気に500万だ!」
札束が飛び交い、値段は瞬く間に吊り上がっていく。しかし、たつまろの心は微動だにしなかった。
その時、会場の空気を変える、低く落ち着いた声が響いた。
「1000万」
「……せんまん!?」
司会者も、熱狂していた会場も、一瞬で静まり返る。声の主は、最前列の貴賓席に座る一人の男だった。金の刺繍が施された豪奢な服を身にまとい、指にはいくつもの宝石がきらめいている。しかし、その顔に浮かんだ笑みは、獲物を見つけた蛇のように冷たかった。
「そうだ、1000万だ。聞こえなかったか?」
「け、決定だぁーっ! この商品、1000万でゴルディ様がお買い上げだ!」
狂乱の喝采の中、ゴルディと呼ばれた男は満足げに頷いていた。
(フッ、フッ……闘技場で見世物にすれば、1000万などすぐに元が取れるわ。ごろつき共の言っていた通り、並外れた気迫を感じる。しかし……弟を手駒にすれば、こいつはただの人形になる。フフフ……)
檻から引きずり出されたたつまろの前に、ゴルディが立った。
「おい、たつまろとか言ったな。これからは私が、お前の主だ。分かったな」
たつまろは、初めて男の顔を真っ直ぐに見据えた。その瞳には、服従も恐怖も浮かんでいない。
「ユウは何処だ?」
ただ、それだけだった。ゴルディは愉快そうに口元を歪めた。
「心配するな。貴様が私の言う通りに闘技場で戦い、私を儲けさせれば、弟は無事だ。良い食事と寝床を与えてやろう。……しかし、貴様が私の意に背くようなことがあれば……弟の命はないと思え」
その瞬間。
ゴルディの周囲から、音が消えた。空気が氷のように冷えつき、肌を刺すような圧力が辺り一帯を支配する。たつまろから放たれた、純度100%の殺気が、その場にいた全ての人間を沈黙させたのだ。ゴルディの屈強な護衛たちでさえ、知らず知らずのうちに後ずさっていた。
しかし、たつまろはゆっくりと、その殺気を収めた。
「……分かった。お前の言うことを聞く」
人質を取られていては、牙を剥くことさえできない。その屈辱に、唇から血が滲んだ。
(フ、フフ……! どっちが命を握られているか分からんような気分にさせられるわ! だが、それでいい。私はこの化け物を使いこなし、巨万の富を得させてもらうぞ!)
ゴルディの乾いた笑い声が、たつまろの新たな地獄の始まりを告げていた。
~神殿・神送りの間~
同じ頃、大神殿は荘厳な儀式の時を迎えていた。
神殿の最も奥にある「神送りの間」。そこに集った信徒たちの熱狂的な視線の先で、大神官が声を張り上げた。
「今から、明知神来の儀を執り行う! 皆の者、刮目せよ! これで、この荒れ果てた世界が救われるのだ!」
純白の衣をまとったユイが、静かに祭壇へと歩みを進める。その顔は不思議なほど穏やかだった。
(今まで、自分の命なんて、どうでも良かった)
たつまろと出会うまでは。
(たつまろと出会えて、初めて、自分の命が無くなることが怖くなった。でも……)
もう、怖くはない。
(たつまろの為なら、もう怖くないや)
偽りの報告によって、彼の死を信じ込まされたユイにとって、この儀式は絶望ではなく、唯一残された希望だった。
「さぁ、巫女よ! 祭壇にて、世界への最後の祈りを捧げるのじゃ!」
大神官の声が響く。ユイはゆっくりと目を閉じ、両手を胸の前で組んだ。
(僕は、たつまろの為に命を使いたい。誰かに決められた役目じゃない。世界のためでもない。僕が、僕の意志で、好きな人の為に!)
その決意に応えるかのように、祭壇がまばゆい光を放ち始める。ユイの身体が光に包まれ、その輪郭が徐々に透き通っていく。最後に彼女の唇が動いた。
「……たつまろ」
その名を呟くと共に、ユイの姿は無数の光の粒子となって、天へと昇り、そして……消えた。
光が収まった後には、空っぽの祭壇が残されるだけだった。
一瞬の静寂の後、大神官が天に両腕を突き上げた。
「おぉぉーっ! 儀式は成功したぞ! これで世界は救われるのだ!」
その声に、観衆は熱狂の渦に包まれた。
「巫女様、バンザーイ!」「巫女様、バンザーイ!」
聖女の自己犠牲を讃える、歓喜の叫び。その裏で、一人の少年が奴隷として闘技場に送られたことなど、誰も知る由もなかった。
たつまろは奴隷に堕ち、彼が死んだと信じたユイは聖女としてその命を捧げた。
二人の運命は、最も残酷な形で交錯し、そして、すれ違った。
そして――
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