鬼神と月兎

月神世一

文字の大きさ
6 / 60
序章 DEATH4

EP 6

しおりを挟む
奴隷と聖女

熱気と欲望、そして絶望が渦巻く巨大な円形ホール。そこは、人間が「商品」として値踏みされ、売り買いされる奴隷オークション会場だった。

舞台の中央に立つ檻の中で、たつまろは無感動にその喧騒を聞いていた。身体中に刻まれた傷は鈍く痛み、手足には重い鉄枷が食い込んでいる。だが、彼の意識はここにはなかった。ただひたすらに、離れ離れになった弟の姿だけを想い、心を閉ざしていた。

「さあさあ、次が本日の目玉だ! ごろつき共から仕入れたばかりの、とびきりの戦闘奴隷! この目を見ろ! まだ子供だというのに、飼い慣らされることを一切拒む、この荒々しい魂を!」

司会者の甲高い声が響き渡る。会場の富裕層たちが、値踏みするように、あるいは珍しい獣でも見るかのように、たつまろに視線を注いだ。

「100万!」

「200万!」

「一気に500万だ!」

札束が飛び交い、値段は瞬く間に吊り上がっていく。しかし、たつまろの心は微動だにしなかった。

その時、会場の空気を変える、低く落ち着いた声が響いた。

「1000万」

「……せんまん!?」

司会者も、熱狂していた会場も、一瞬で静まり返る。声の主は、最前列の貴賓席に座る一人の男だった。金の刺繍が施された豪奢な服を身にまとい、指にはいくつもの宝石がきらめいている。しかし、その顔に浮かんだ笑みは、獲物を見つけた蛇のように冷たかった。

「そうだ、1000万だ。聞こえなかったか?」

「け、決定だぁーっ! この商品、1000万でゴルディ様がお買い上げだ!」

狂乱の喝采の中、ゴルディと呼ばれた男は満足げに頷いていた。

(フッ、フッ……闘技場で見世物にすれば、1000万などすぐに元が取れるわ。ごろつき共の言っていた通り、並外れた気迫を感じる。しかし……弟を手駒にすれば、こいつはただの人形になる。フフフ……)

檻から引きずり出されたたつまろの前に、ゴルディが立った。

「おい、たつまろとか言ったな。これからは私が、お前の主だ。分かったな」

たつまろは、初めて男の顔を真っ直ぐに見据えた。その瞳には、服従も恐怖も浮かんでいない。

「ユウは何処だ?」

ただ、それだけだった。ゴルディは愉快そうに口元を歪めた。

「心配するな。貴様が私の言う通りに闘技場で戦い、私を儲けさせれば、弟は無事だ。良い食事と寝床を与えてやろう。……しかし、貴様が私の意に背くようなことがあれば……弟の命はないと思え」

その瞬間。

ゴルディの周囲から、音が消えた。空気が氷のように冷えつき、肌を刺すような圧力が辺り一帯を支配する。たつまろから放たれた、純度100%の殺気が、その場にいた全ての人間を沈黙させたのだ。ゴルディの屈強な護衛たちでさえ、知らず知らずのうちに後ずさっていた。

しかし、たつまろはゆっくりと、その殺気を収めた。

「……分かった。お前の言うことを聞く」

人質を取られていては、牙を剥くことさえできない。その屈辱に、唇から血が滲んだ。

(フ、フフ……! どっちが命を握られているか分からんような気分にさせられるわ! だが、それでいい。私はこの化け物を使いこなし、巨万の富を得させてもらうぞ!)

ゴルディの乾いた笑い声が、たつまろの新たな地獄の始まりを告げていた。

~神殿・神送りの間~

同じ頃、大神殿は荘厳な儀式の時を迎えていた。

神殿の最も奥にある「神送りの間」。そこに集った信徒たちの熱狂的な視線の先で、大神官が声を張り上げた。

「今から、明知神来の儀を執り行う! 皆の者、刮目せよ! これで、この荒れ果てた世界が救われるのだ!」

純白の衣をまとったユイが、静かに祭壇へと歩みを進める。その顔は不思議なほど穏やかだった。

(今まで、自分の命なんて、どうでも良かった)

たつまろと出会うまでは。

(たつまろと出会えて、初めて、自分の命が無くなることが怖くなった。でも……)

もう、怖くはない。

(たつまろの為なら、もう怖くないや)

偽りの報告によって、彼の死を信じ込まされたユイにとって、この儀式は絶望ではなく、唯一残された希望だった。

「さぁ、巫女よ! 祭壇にて、世界への最後の祈りを捧げるのじゃ!」

大神官の声が響く。ユイはゆっくりと目を閉じ、両手を胸の前で組んだ。

(僕は、たつまろの為に命を使いたい。誰かに決められた役目じゃない。世界のためでもない。僕が、僕の意志で、好きな人の為に!)

その決意に応えるかのように、祭壇がまばゆい光を放ち始める。ユイの身体が光に包まれ、その輪郭が徐々に透き通っていく。最後に彼女の唇が動いた。

「……たつまろ」

その名を呟くと共に、ユイの姿は無数の光の粒子となって、天へと昇り、そして……消えた。

光が収まった後には、空っぽの祭壇が残されるだけだった。

一瞬の静寂の後、大神官が天に両腕を突き上げた。

「おぉぉーっ! 儀式は成功したぞ! これで世界は救われるのだ!」

その声に、観衆は熱狂の渦に包まれた。

「巫女様、バンザーイ!」「巫女様、バンザーイ!」

聖女の自己犠牲を讃える、歓喜の叫び。その裏で、一人の少年が奴隷として闘技場に送られたことなど、誰も知る由もなかった。

たつまろは奴隷に堕ち、彼が死んだと信じたユイは聖女としてその命を捧げた。

二人の運命は、最も残酷な形で交錯し、そして、すれ違った。

そして――

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

処理中です...