鬼神と月兎

月神世一

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序章 DEATH4

EP 8

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鬼神の最期

闘技場に立つ二人の間には、越えがたい絶望の溝が横たわっていた。一方は、血と暴力の果てに「鬼神」とまで呼ばれるようになった15歳の奴隷。もう一方は、ただ恐怖に震えるだけの10歳の童子。

たつまろは、無言のまま目の前の少年を見据える。その瞳に、闘志はなかった。

貴賓席で、ゴルディはほくそ笑んでいた。

(フフ……貴様の弱点は、人質に取られた弟だけではない。お前自身の、その甘っちょろいところが……致命的なのだ、たつまろ!)

彼は、たつまろという男の本質を見抜いていた。どんなに非情な戦闘機械を演じようと、その根底には、かつて神聖な巫女にさえ平手打ちを食らわせた、「弱い者を守る」という揺るぎない衝動があることを。

カンッ! カンッ! カンッ!

試合開始を告げる無慈悲な鐘の音が、闘技場に鳴り響く。

その音に、少年の心の糸が切れた。

「ひ、ヒィィッ!」

腰を抜かし、その場にへたり込んでしまう。

その弱々しい姿を見た観客席から、野次が飛び始めた。

「おい、どうした! やれー!」

「立てよ、ガキ! 戦わねえなら死ね!」

やがて、その野次は一つの期待へと変わっていく。

「やれー! ぶっ殺せー!」

「キャー! 戦士様! そんな子供、さっさと殺してー!」

昨日まで彼を英雄と讃えていた声が、今は無邪気な子供の死を望んでいる。血に飢えた群衆の狂気が、闘技場を支配していた。

「う、うわーっ!」

その狂気に煽られ、少年は錯乱したように立ち上がる。泣きじゃくりながら剣を握りしめ、やみくもにたつまろへと突撃してきた。

たつまろは、動かなかった。ただ、振り下ろされる刃を見つめ、吐き捨てるように息を漏らす。

「……チッ」

ガキン! という硬い音と共に、たつまろは迫り来る剣の刃を、素手で鷲掴みにしていた。鋭い刃が掌を切り裂き、真っ赤な血が滴り落ちる。

「ひ、ひぃぃ~……」

少年は、自分の剣がびくともしないことに、さらにパニックに陥った。

「なにやってんだ! 早く殺しちまえ!」

「遊んでんじゃねえぞ、奴隷!」

観客の罵声が、さらにボリュームを上げる。

そこに、審判の冷酷な声が割り込んだ。

「何をしている! ルールは絶対だ! どちらかが戦闘不能になるまで、この試合は終わらない! さぁ、戦え! さもなくば、二人とも反逆罪で処刑する!」

その言葉が、最後の引き金となった。

「う、うわああああああっ!」

少年は半狂乱になり、掴まれた剣を力任せに引き抜く。そして、がら空きのたつまろの胴体へと、渾身の力で斬りつけた。

ザシュッ、という生々しい肉を裂く音。

たつまろの腹から、鮮血が勢いよく噴き出した。

「う、ぅ……」

たつまろの身体が、ゆっくりと傾ぐ。その瞳は、憎しみではなく、どこか哀れむような色を浮かべて少年を見つめていた。そして、糸が切れたように膝から崩れ落ち、砂の上へと倒れ込んだ。

闘技場が一瞬、静まり返る。

次の瞬間、地鳴りのような歓声が爆発した。

「うぉぉぉー! やりやがった! あのガキ、鬼神を倒しやがったぞ!」

「大番狂わせだ! 俺はガキの方に賭けてたんだよ!」

熱狂の渦の中、かつてたつまろに黄色い声援を送っていた女が、つまらなそうに呟いた。

「なーんだ、死んだのアレ。あっけないのね、つまんなーい」

貴賓席で、ゴルディは腹を抱えて笑い転げていた。

「フハハハハ! 見たか! あのたつまろが、ガキの一撃で死んだわ! これでワシも、枕を高くして眠れるというものだ! フハハハ!」

その時、腹心の部下が駆け寄り、ゴルディの耳元で報告した。

「ゴルディ様! 先ほど、屋敷の者から連絡が……。ユウが、先ほど息を引き取った、とのことです!」

ゴルディは、狂喜の笑みをさらに深くした。

「ハハハ、そうか! 丁度良かったわ! 始末する手間が省けたというものだ!」

彼は、ゴミでも見るかのような目で、砂の上に転がるたつまろの身体を見下ろす。

「おい、お前ら! その死体、ユウの死体と一緒にゴミ捨て場に放り込んでおけ! ハーッハッハッハ!」

無敵を誇った「鬼神」は、誰一人守れないまま、その生涯を終えた。

いや、終わったかのように、見えた。

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