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鬼神と月兎
EP 4
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ギルドで得た情報を元に、二人は西の森へ向かうための準備を始めた。薬草や保存食、野営のための道具など、必要なものをリストアップし、買い出しに向かうのはユイの役目だった。彼女は故郷での経験からか、こういった準備には手慣れていた。龍魔呂は、その数歩後ろを黙ってついていくだけだ。しかし、その鋭い視線は常に周囲の警戒を怠らず、ユイに近づこうとする不審な気配を無言のうちに牽制していた。
「次は、森の詳細な地図が欲しいですね。古い地図なら、何か情報が残っているかもしれません。あそこの古物商に寄ってみましょう!」
ユイが指差したのは、大通りから外れた、埃っぽい路地に佇む一軒の店だった。蔦の絡まった看板には、かすれた文字で「時の忘れ物亭」と書かれている。扉を開けると、カラン、と乾いた鈴の音が鳴り、黴と古い木の匂いが鼻をついた。
店内は、所狭しとガラクタ同然の品々が山と積まれていた。用途の分からない道具、欠けた武具、古代文字で書かれた巻物。店主らしき、片眼鏡をかけた小柄な老人が、カウンターの奥から無気力そうに二人を見ている。
「西の森の古い地図を探しているのですが…」
ユイが店主と交渉を始めるのを横目に、龍魔呂は店内に並べられた品々を眺めていた。そのほとんどは、彼にとって何の価値もない、ただの古い物。しかし、ふと、彼の視線がガラスケースの隅に置かれた、一つの指輪に引き寄せられた。
それは、装飾の一切ない、ただの古びた鉄の指輪だった。だが、龍魔呂には、その指輪から放たれる微かな「音」が聞こえていた。それは、彼の内なる「鬼」…鬼神流の修練で深く己の中に沈めた、荒々しい闘争心と共鳴するような、低く、力強い響きだった。
「…おい、爺さん。これは何だ」
龍魔呂が指輪を指さす。店主は片眼鏡の位置を直し、面倒くさそうに答えた。
「ああ、それかい。そいつは『闘鬼の指輪』さ。呪いの品だよ」
「呪い?」
「うむ。身に着けた者の闘気を極限まで増幅させるが、同時に心の奥底にある怒りや憎しみを引きずり出し、やがては理性を失ったただの『闘う鬼』に変えてしまうと言われておる。これまで何人もの腕自慢が試したが、誰もこの指輪を御することはできんかった。今じゃ誰も欲しがらない、ただの厄介物さ」
店主の話を聞きながら、龍魔呂はその指輪を手に取った。ひんやりとした鉄の感触。ユイが、不安そうな顔でこちらを見ている。
「龍魔呂様、そんな危ないもの…!」
龍魔呂はユイの制止を聞かず、何の躊躇もなく、その指輪を自らの中指へと嵌めた。
その、瞬間。
ブワッ、と龍魔呂の全身から、赤黒いオーラが噴き出した。それは純粋な闘気だったが、あまりにも濃く、禍々しい。彼の内に眠っていた「鬼」が、指輪の力によって強制的に呼び覚まされ、その牙を剥き出しにしたのだ。店内の空気が歪み、棚の小物がカタカタと震える。ユイは「あっ」と息を飲み、店主はカウンターの下に隠れた。
龍魔呂は、己の内に溢れ出す、懐かしい破壊衝動の奔流を感じていた。力が漲る。血が沸き立つ。目の前の全てを叩き潰したくなるような、原始的な欲求。指輪は、彼の理性を喰らい尽くそうと、その力を振るっていた。
だが。
「……」
龍魔呂は、静かに目を閉じた。鬼神流の修練の日々が、脳裏をよぎる。内なる鬼との対話。それを御するための、呼吸、そして意志の力。
ふっ、と。噴き出していた赤黒い闘気が、まるで嵐が凪ぐかのように、静かに、そして急速に龍魔呂の身体へと吸い込まれていく。荒れ狂っていた奔流は、再び彼のコントロール下に置かれ、深い湖の底へと沈んでいった。
目を開けた時、彼の瞳は元の静けさを取り戻していた。ただ、その奥に、以前よりもさらに深く、底知れない光が宿っている。彼は、赤黒い闘気を完全に御したのだ。
龍魔呂は、指輪が嵌まった自身の拳を静かに見つめ、そして、わずかに口角を上げた。
「……面白い」
その呟きは、呪いのアイテムを完全に支配下においた、絶対者のそれだった。
店主はカウンターの下から恐る恐る顔を出し、ユイは信じられないものを見る目で、目の前の「鬼神」をただ見つめていた。
呪いは、それを御する資格を持つ者の前では、祝福へと変わる。新たな力を手に入れた龍魔-呂と、その力に一抹の不安を抱くユイ。二人は地図といくつかの道具を手に入れ、再び街の喧騒の中へと歩き出していった。目指すは、西の森。勇者ダイチが囚われているという、不穏な影が落ちる場所だった。
「次は、森の詳細な地図が欲しいですね。古い地図なら、何か情報が残っているかもしれません。あそこの古物商に寄ってみましょう!」
ユイが指差したのは、大通りから外れた、埃っぽい路地に佇む一軒の店だった。蔦の絡まった看板には、かすれた文字で「時の忘れ物亭」と書かれている。扉を開けると、カラン、と乾いた鈴の音が鳴り、黴と古い木の匂いが鼻をついた。
店内は、所狭しとガラクタ同然の品々が山と積まれていた。用途の分からない道具、欠けた武具、古代文字で書かれた巻物。店主らしき、片眼鏡をかけた小柄な老人が、カウンターの奥から無気力そうに二人を見ている。
「西の森の古い地図を探しているのですが…」
ユイが店主と交渉を始めるのを横目に、龍魔呂は店内に並べられた品々を眺めていた。そのほとんどは、彼にとって何の価値もない、ただの古い物。しかし、ふと、彼の視線がガラスケースの隅に置かれた、一つの指輪に引き寄せられた。
それは、装飾の一切ない、ただの古びた鉄の指輪だった。だが、龍魔呂には、その指輪から放たれる微かな「音」が聞こえていた。それは、彼の内なる「鬼」…鬼神流の修練で深く己の中に沈めた、荒々しい闘争心と共鳴するような、低く、力強い響きだった。
「…おい、爺さん。これは何だ」
龍魔呂が指輪を指さす。店主は片眼鏡の位置を直し、面倒くさそうに答えた。
「ああ、それかい。そいつは『闘鬼の指輪』さ。呪いの品だよ」
「呪い?」
「うむ。身に着けた者の闘気を極限まで増幅させるが、同時に心の奥底にある怒りや憎しみを引きずり出し、やがては理性を失ったただの『闘う鬼』に変えてしまうと言われておる。これまで何人もの腕自慢が試したが、誰もこの指輪を御することはできんかった。今じゃ誰も欲しがらない、ただの厄介物さ」
店主の話を聞きながら、龍魔呂はその指輪を手に取った。ひんやりとした鉄の感触。ユイが、不安そうな顔でこちらを見ている。
「龍魔呂様、そんな危ないもの…!」
龍魔呂はユイの制止を聞かず、何の躊躇もなく、その指輪を自らの中指へと嵌めた。
その、瞬間。
ブワッ、と龍魔呂の全身から、赤黒いオーラが噴き出した。それは純粋な闘気だったが、あまりにも濃く、禍々しい。彼の内に眠っていた「鬼」が、指輪の力によって強制的に呼び覚まされ、その牙を剥き出しにしたのだ。店内の空気が歪み、棚の小物がカタカタと震える。ユイは「あっ」と息を飲み、店主はカウンターの下に隠れた。
龍魔呂は、己の内に溢れ出す、懐かしい破壊衝動の奔流を感じていた。力が漲る。血が沸き立つ。目の前の全てを叩き潰したくなるような、原始的な欲求。指輪は、彼の理性を喰らい尽くそうと、その力を振るっていた。
だが。
「……」
龍魔呂は、静かに目を閉じた。鬼神流の修練の日々が、脳裏をよぎる。内なる鬼との対話。それを御するための、呼吸、そして意志の力。
ふっ、と。噴き出していた赤黒い闘気が、まるで嵐が凪ぐかのように、静かに、そして急速に龍魔呂の身体へと吸い込まれていく。荒れ狂っていた奔流は、再び彼のコントロール下に置かれ、深い湖の底へと沈んでいった。
目を開けた時、彼の瞳は元の静けさを取り戻していた。ただ、その奥に、以前よりもさらに深く、底知れない光が宿っている。彼は、赤黒い闘気を完全に御したのだ。
龍魔呂は、指輪が嵌まった自身の拳を静かに見つめ、そして、わずかに口角を上げた。
「……面白い」
その呟きは、呪いのアイテムを完全に支配下においた、絶対者のそれだった。
店主はカウンターの下から恐る恐る顔を出し、ユイは信じられないものを見る目で、目の前の「鬼神」をただ見つめていた。
呪いは、それを御する資格を持つ者の前では、祝福へと変わる。新たな力を手に入れた龍魔-呂と、その力に一抹の不安を抱くユイ。二人は地図といくつかの道具を手に入れ、再び街の喧騒の中へと歩き出していった。目指すは、西の森。勇者ダイチが囚われているという、不穏な影が落ちる場所だった。
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