42 / 60
鬼神と月兎
EP 27
しおりを挟む
蠢く悪意の揺りかご
通気孔の先は、闇と、埃と、そして絶望の匂いに満ちていた。
龍魔呂を先頭に、四人は猫のように音を殺しながら、狭い通路を進んでいく。彼の研ぎ澄まされた感覚が、この坑道がまるで巨大な蟻の巣のように、複雑に入り組んでいることを察知していた。
「左の通路…二十先さき。ゴブリンの巡回が五体。眠そうな『音』です。警戒は薄いかと」
ユイが、耳元でささやくように龍魔-呂に伝える。彼女の「魂の音聴」は、この暗闇の中では何よりも優れた索敵能力となっていた。
龍魔呂は無言で頷くと、一行を右の通路へと導く。ダイヤは、その完璧な連携に、内心で舌を巻いた。この二人の間には、言葉を超えた信頼関係が、確かにある。
通路を進むにつれて、坑道の様相は変わっていった。ドワーフが掘ったであろう整然とした石壁は、所々が乱暴に拡張され、壁には禍々しい魔術の紋様が刻まれている。そして、奥へ進むほど、ユイが言っていた「苦しむような呻き声」は、大きくなっていく。
やがて、一行は巨大な空洞へと続く、岩棚の上に出た。
そして、その眼下に広がる光景に、ダイチは思わず口元を押さえた。
そこは、巨大な「工場」だった。
いくつもの鉄の檻が並べられ、中にはオークやゴブリン、さらにはこの地方には生息しないはずの異形の魔物たちが、ぐったりとした様子で押し込められている。そして、その檻の前では、ローブを纏った魔族の術師たちが、何かの作業を行っていた。
それは、作業というよりも、拷問や、冒涜と呼ぶべきものだった。
術師たちは、捕らえられた魔物の身体に、無理やり黒い鋼の鎧を融合させ、あるいは、紫色の不気味な液体を注入している。液体を注入された魔物は、苦痛に身をよじらせ、その肉体は見るもおぞましく膨張し、変質していく。
「…なるほどな。ここで、人工的に強化された『改造モンスター』を量産しているのか」
ダイヤが、吐き捨てるように言った。その声には、騎士としての純粋な怒りが込められている。街で噂されていた「見たこともない魔物」の正体は、これだったのだ。
「ひどい…ひどすぎるよ…」
ダイチの瞳から、涙がこぼれ落ちる。それは、ただの恐怖ではない。弄ばれる命への、純粋な悲しみと、それを許している世界の理不尽さへの、静かな怒りだった。
ユイは、その場にいるだけで、拷問を受ける魔物たちの、痛みと恐怖の「音」が絶え間なく脳内に流れ込み、顔を蒼白にさせていた。
龍魔呂は、その光景を、ただ、無言で見下ろしていた。
彼の瞳の奥で、静かに、しかし確実に、赤黒い闘気の炎が燃え上がっていく。弱い者を弄び、命を道具として扱う。それは、彼が最も忌み嫌い、そして、彼がこれまで全てを破壊してきた「悪」そのものだった。
「…奥の檻、見てください」
ユイが、震える声で指さす。
工場の最も奥、ひときわ厳重な檻の中に、数人のドワーフと、人間の村人らしき人々が囚われているのが見えた。おそらく、この鉱山の元々の住人か、あるいは、実験の材料として捕らえられた者たちだろう。
「助けなきゃ…!」
ダイチの言葉に、迷いはなかった。
「…ええ。もはや、偵察の段階ではないわ」
ダイヤも、覚悟を決めたようにレイピアを握りしめる。
「目的を変更する。目標は、捕虜の解放、及び、この施設の破壊。龍魔呂殿、貴殿の力で、中央のあの魔力炉らしきものを破壊し、混乱を生み出してほしい。その隙に、私とユイ殿で捕虜を…」
ダイヤが、作戦を口にしかけた、その時だった。
「――ようこそ、招かれざる鼠どもよ」
甲高い、粘つくような声が、広大な空洞に響き渡った。
四人がはっと顔を上げると、工場の最も高い足場に、一人の魔族が立っていた。痩せこけた身体に、白衣のようなローブを纏い、その目は、狂気と知性が入り混じった、不気味な光をたたえている。この施設の責任者に違いなかった。
「我が実験場は、楽しんでいただけたかな? 素晴らしいだろう? 痛みと恐怖こそが、生物を最も効率的に進化させるのだ!」
魔族は、恍惚とした表情で両手を広げる。
「貴様らのような、活きの良い素材は久しぶりだ。丁度良い。我が最新作の餌食にして、その進化の糧としてやろう!」
魔族が指を鳴らす。
瞬間、ガシャン! という轟音と共に、龍魔呂たちがいた岩棚の前後、通路に巨大な鉄格子が落ち、彼らの退路は完全に断たれた。
そして、眼下の工場で、最も巨大な檻の扉が、ゆっくりと開かれていく。中から現れたのは、もはや原型を留めていない、巨大な改造モンスターだった。オーガの巨体に、鋼の腕、そして、無数の蛇が絡みついたかのような、おぞましい異形の怪物。
「さあ、ショーの始まりだ! 我が最高傑作、『キメラ・アボミネーション』と、存分に踊り狂うがいい!」
魔族の高笑いが響き渡る。
四人は、完全に、悪意の揺りかごの只中に、閉じ込められたのだ。
龍魔呂は、そのおぞましいキメラと、高みの見物を決め込む魔族を、静かに、そして、冷たく見据えていた。
指に嵌められた闘鬼の指輪が、主の怒りに呼応し、赤黒い光を放ち始めていた。
通気孔の先は、闇と、埃と、そして絶望の匂いに満ちていた。
龍魔呂を先頭に、四人は猫のように音を殺しながら、狭い通路を進んでいく。彼の研ぎ澄まされた感覚が、この坑道がまるで巨大な蟻の巣のように、複雑に入り組んでいることを察知していた。
「左の通路…二十先さき。ゴブリンの巡回が五体。眠そうな『音』です。警戒は薄いかと」
ユイが、耳元でささやくように龍魔-呂に伝える。彼女の「魂の音聴」は、この暗闇の中では何よりも優れた索敵能力となっていた。
龍魔呂は無言で頷くと、一行を右の通路へと導く。ダイヤは、その完璧な連携に、内心で舌を巻いた。この二人の間には、言葉を超えた信頼関係が、確かにある。
通路を進むにつれて、坑道の様相は変わっていった。ドワーフが掘ったであろう整然とした石壁は、所々が乱暴に拡張され、壁には禍々しい魔術の紋様が刻まれている。そして、奥へ進むほど、ユイが言っていた「苦しむような呻き声」は、大きくなっていく。
やがて、一行は巨大な空洞へと続く、岩棚の上に出た。
そして、その眼下に広がる光景に、ダイチは思わず口元を押さえた。
そこは、巨大な「工場」だった。
いくつもの鉄の檻が並べられ、中にはオークやゴブリン、さらにはこの地方には生息しないはずの異形の魔物たちが、ぐったりとした様子で押し込められている。そして、その檻の前では、ローブを纏った魔族の術師たちが、何かの作業を行っていた。
それは、作業というよりも、拷問や、冒涜と呼ぶべきものだった。
術師たちは、捕らえられた魔物の身体に、無理やり黒い鋼の鎧を融合させ、あるいは、紫色の不気味な液体を注入している。液体を注入された魔物は、苦痛に身をよじらせ、その肉体は見るもおぞましく膨張し、変質していく。
「…なるほどな。ここで、人工的に強化された『改造モンスター』を量産しているのか」
ダイヤが、吐き捨てるように言った。その声には、騎士としての純粋な怒りが込められている。街で噂されていた「見たこともない魔物」の正体は、これだったのだ。
「ひどい…ひどすぎるよ…」
ダイチの瞳から、涙がこぼれ落ちる。それは、ただの恐怖ではない。弄ばれる命への、純粋な悲しみと、それを許している世界の理不尽さへの、静かな怒りだった。
ユイは、その場にいるだけで、拷問を受ける魔物たちの、痛みと恐怖の「音」が絶え間なく脳内に流れ込み、顔を蒼白にさせていた。
龍魔呂は、その光景を、ただ、無言で見下ろしていた。
彼の瞳の奥で、静かに、しかし確実に、赤黒い闘気の炎が燃え上がっていく。弱い者を弄び、命を道具として扱う。それは、彼が最も忌み嫌い、そして、彼がこれまで全てを破壊してきた「悪」そのものだった。
「…奥の檻、見てください」
ユイが、震える声で指さす。
工場の最も奥、ひときわ厳重な檻の中に、数人のドワーフと、人間の村人らしき人々が囚われているのが見えた。おそらく、この鉱山の元々の住人か、あるいは、実験の材料として捕らえられた者たちだろう。
「助けなきゃ…!」
ダイチの言葉に、迷いはなかった。
「…ええ。もはや、偵察の段階ではないわ」
ダイヤも、覚悟を決めたようにレイピアを握りしめる。
「目的を変更する。目標は、捕虜の解放、及び、この施設の破壊。龍魔呂殿、貴殿の力で、中央のあの魔力炉らしきものを破壊し、混乱を生み出してほしい。その隙に、私とユイ殿で捕虜を…」
ダイヤが、作戦を口にしかけた、その時だった。
「――ようこそ、招かれざる鼠どもよ」
甲高い、粘つくような声が、広大な空洞に響き渡った。
四人がはっと顔を上げると、工場の最も高い足場に、一人の魔族が立っていた。痩せこけた身体に、白衣のようなローブを纏い、その目は、狂気と知性が入り混じった、不気味な光をたたえている。この施設の責任者に違いなかった。
「我が実験場は、楽しんでいただけたかな? 素晴らしいだろう? 痛みと恐怖こそが、生物を最も効率的に進化させるのだ!」
魔族は、恍惚とした表情で両手を広げる。
「貴様らのような、活きの良い素材は久しぶりだ。丁度良い。我が最新作の餌食にして、その進化の糧としてやろう!」
魔族が指を鳴らす。
瞬間、ガシャン! という轟音と共に、龍魔呂たちがいた岩棚の前後、通路に巨大な鉄格子が落ち、彼らの退路は完全に断たれた。
そして、眼下の工場で、最も巨大な檻の扉が、ゆっくりと開かれていく。中から現れたのは、もはや原型を留めていない、巨大な改造モンスターだった。オーガの巨体に、鋼の腕、そして、無数の蛇が絡みついたかのような、おぞましい異形の怪物。
「さあ、ショーの始まりだ! 我が最高傑作、『キメラ・アボミネーション』と、存分に踊り狂うがいい!」
魔族の高笑いが響き渡る。
四人は、完全に、悪意の揺りかごの只中に、閉じ込められたのだ。
龍魔呂は、そのおぞましいキメラと、高みの見物を決め込む魔族を、静かに、そして、冷たく見据えていた。
指に嵌められた闘鬼の指輪が、主の怒りに呼応し、赤黒い光を放ち始めていた。
0
あなたにおすすめの小説
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双
四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。
「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。
教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。
友達もなく、未来への希望もない。
そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。
突如として芽生えた“成長システム”。
努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。
筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。
昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。
「なんであいつが……?」
「昨日まで笑いものだったはずだろ!」
周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。
陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。
だが、これはただのサクセスストーリーではない。
嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。
陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。
「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」
かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。
最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。
物語は、まだ始まったばかりだ。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる