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鬼神と月兎
EP 28
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深淵の狂宴
「さあ、ショーの始まりだ!」
魔導研究長ザエルの甲高い狂気の声が、広大な空洞に響き渡る。その号令に応え、檻から解き放たれた最高傑作「キメラ・アボミネーション」が、地の底から響くような咆哮を上げた。オーガの筋力、鋼の爪、そして、その身に絡みつく無数の毒蛇。それは、ただの生物ではなく、悪意そのものが形を成したかのような、おぞましい存在だった。
巨体は、その質量を無視したかのような跳躍力で、龍魔呂たちがいる岩棚へと、一直線に跳びかかってきた。
「散開! 距離を取れ!」
ダイヤの鋭い命令が飛ぶ。
「ユイはダイチ様を連れて後方へ! 龍魔呂殿、奴の動きを止めるぞ!」
ダイヤは、言うが早いか、魔法ポーチから雷の槍を抜き放ち、キメラの眼球を狙って投擲する。雷光を纏った一撃が、キメラの顔面で炸裂し、その巨体をわずかに怯ませた。
その、ほんの一瞬の隙。
龍魔呂は、岩棚から、あえてキメラが待ち受ける工場の中央へと、自ら飛び降りた。
「龍魔呂様!?」
「こっちだ、化け物」
龍魔呂は、キメラの敵意を一身に引き受けることで、狭い岩棚の上にいる仲間たちに、行動の自由を与えたのだ。
「グオオオオオッ!」
挑発に乗ったキメラが、龍魔呂へとその鋼の爪を振り下ろす。龍魔呂は、その攻撃を紙一重で回避すると、逆に懐へと踏み込み、赤黒い闘気を凝縮させた拳を、キメラの分厚い腹部へと叩き込んだ。
ゴッという鈍い音。キメラの巨体がよろめくが、致命傷には至らない。その肉体は、魔術と科学によって、異常なまでの耐久性を与えられていた。
「無駄だ、無駄だ! 我が最高傑作は、貴様のようなただの蛮人とは違う!」
高みの見物を決め込むザエルが、嘲笑を飛ばす。同時に、彼の指先から放たれた紫色の呪詛の光弾が、龍魔呂の動きを牽制するように降り注いだ。
戦いは、龍魔呂一人ではあまりにも分が悪い。
しかし、今の彼は、もう一人ではなかった。
「龍魔呂殿! 右だ!」
岩棚の上から、ダイヤが風の弓を構え、ザエルの魔法弾を追尾矢で撃ち落とす。そして、キメラの関節部を正確に射抜き、その動きをさらに鈍らせた。
「ダイヤさん、上です! 邪悪な『音』が!」
ユイの警告が飛ぶ。ザエルが、次なる詠唱を完成させようとしていた。ダイヤは、即座に弓からレイピアへと持ち替え、頭上から降り注ぐ新たな魔法攻撃を、最小限の動きで弾き落とす。
その間、ダイチは、震える足で、囚われている人々の檻へと向かっていた。
「だ、大丈夫ですか! 今、助けます!」
彼は、見よう見まねで、檻の粗雑な錠前を壊そうと試みる。
戦場は、三つに分かれた。
地上で、圧倒的な怪物を一人で引き受ける「鬼神」。
上空で、援護射撃と魔術師の妨害を一手に担う「騎士」。
そして、後方で、捕虜の解放という、この戦いの真の目的を果たそうとする「勇者」と「月兎」。
「おのれ、小賢しい鼠どもが…!」
ザエルは、戦況が拮抗していることに苛立ち、さらに強力な魔術を発動させる。キメラの傷が、紫色の光と共に再生し始めた。
「キリがない…!」
ダイヤが、焦りの声を上げる。
その時だった。ダイチが、ドワーフの助言を受けながら、ついに檻の錠前を破壊することに成功したのだ。
「自由だ!」「うおおお!」
解放されたドワーフたちが、雄叫びを上げる。彼らは、近くにあった工具やツルハシを手に取ると、この実験場を破壊し、自分たちを弄んだ魔族たちへの怒りを爆発させた。彼らの行動は、ザエルの注意を完全に引きつけた。
「下郎どもが! 勝手な真似を…!」
ザエルが、捕虜たちに意識を向けた、その一瞬。
龍魔呂は、その好機を見逃さなかった。
「――今だ」
彼の全身から、これまでの比ではない、極限まで凝縮された赤黒い闘気が噴き出す。闘鬼の指輪が、主の意志に応え、悲鳴のような輝きを放った。
「鬼神流終の秘奥義――」
龍魔呂の姿が、キメラの正面から消えた。そして、再生を終え、油断しきっていたキメラの、その背後に、音もなく現れる。
「――『天地無双撃』」
轟音は、なかった。
ただ、静かに、赤黒い光を纏った龍魔呂の右拳が、キメラの心臓部があるであろう、その背中へと、深く、深く、めり込んでいった。
時が、止まる。
キメラの巨体が、ぴくり、と痙攣した。そして、その身体の内側から、無数の赤黒い亀裂が走り、次の瞬間、まるでガラス細工のように、音もなく、内側から崩壊し、塵となって消滅した。
空洞に、静寂が戻る。
残されたのは、呆然とするザエルと、解放された捕虜たち、そして、ゆっくりと拳を下ろす、一人の鬼神の姿だけだった。
龍魔呂は、その冷たい瞳を、塵となって消えたキメラから、ゆっくりと、絶望に顔を歪める、元凶――ザエルへと向けた。
戦いは、まだ終わっていない。
宴は、これからが本番だった。
「さあ、ショーの始まりだ!」
魔導研究長ザエルの甲高い狂気の声が、広大な空洞に響き渡る。その号令に応え、檻から解き放たれた最高傑作「キメラ・アボミネーション」が、地の底から響くような咆哮を上げた。オーガの筋力、鋼の爪、そして、その身に絡みつく無数の毒蛇。それは、ただの生物ではなく、悪意そのものが形を成したかのような、おぞましい存在だった。
巨体は、その質量を無視したかのような跳躍力で、龍魔呂たちがいる岩棚へと、一直線に跳びかかってきた。
「散開! 距離を取れ!」
ダイヤの鋭い命令が飛ぶ。
「ユイはダイチ様を連れて後方へ! 龍魔呂殿、奴の動きを止めるぞ!」
ダイヤは、言うが早いか、魔法ポーチから雷の槍を抜き放ち、キメラの眼球を狙って投擲する。雷光を纏った一撃が、キメラの顔面で炸裂し、その巨体をわずかに怯ませた。
その、ほんの一瞬の隙。
龍魔呂は、岩棚から、あえてキメラが待ち受ける工場の中央へと、自ら飛び降りた。
「龍魔呂様!?」
「こっちだ、化け物」
龍魔呂は、キメラの敵意を一身に引き受けることで、狭い岩棚の上にいる仲間たちに、行動の自由を与えたのだ。
「グオオオオオッ!」
挑発に乗ったキメラが、龍魔呂へとその鋼の爪を振り下ろす。龍魔呂は、その攻撃を紙一重で回避すると、逆に懐へと踏み込み、赤黒い闘気を凝縮させた拳を、キメラの分厚い腹部へと叩き込んだ。
ゴッという鈍い音。キメラの巨体がよろめくが、致命傷には至らない。その肉体は、魔術と科学によって、異常なまでの耐久性を与えられていた。
「無駄だ、無駄だ! 我が最高傑作は、貴様のようなただの蛮人とは違う!」
高みの見物を決め込むザエルが、嘲笑を飛ばす。同時に、彼の指先から放たれた紫色の呪詛の光弾が、龍魔呂の動きを牽制するように降り注いだ。
戦いは、龍魔呂一人ではあまりにも分が悪い。
しかし、今の彼は、もう一人ではなかった。
「龍魔呂殿! 右だ!」
岩棚の上から、ダイヤが風の弓を構え、ザエルの魔法弾を追尾矢で撃ち落とす。そして、キメラの関節部を正確に射抜き、その動きをさらに鈍らせた。
「ダイヤさん、上です! 邪悪な『音』が!」
ユイの警告が飛ぶ。ザエルが、次なる詠唱を完成させようとしていた。ダイヤは、即座に弓からレイピアへと持ち替え、頭上から降り注ぐ新たな魔法攻撃を、最小限の動きで弾き落とす。
その間、ダイチは、震える足で、囚われている人々の檻へと向かっていた。
「だ、大丈夫ですか! 今、助けます!」
彼は、見よう見まねで、檻の粗雑な錠前を壊そうと試みる。
戦場は、三つに分かれた。
地上で、圧倒的な怪物を一人で引き受ける「鬼神」。
上空で、援護射撃と魔術師の妨害を一手に担う「騎士」。
そして、後方で、捕虜の解放という、この戦いの真の目的を果たそうとする「勇者」と「月兎」。
「おのれ、小賢しい鼠どもが…!」
ザエルは、戦況が拮抗していることに苛立ち、さらに強力な魔術を発動させる。キメラの傷が、紫色の光と共に再生し始めた。
「キリがない…!」
ダイヤが、焦りの声を上げる。
その時だった。ダイチが、ドワーフの助言を受けながら、ついに檻の錠前を破壊することに成功したのだ。
「自由だ!」「うおおお!」
解放されたドワーフたちが、雄叫びを上げる。彼らは、近くにあった工具やツルハシを手に取ると、この実験場を破壊し、自分たちを弄んだ魔族たちへの怒りを爆発させた。彼らの行動は、ザエルの注意を完全に引きつけた。
「下郎どもが! 勝手な真似を…!」
ザエルが、捕虜たちに意識を向けた、その一瞬。
龍魔呂は、その好機を見逃さなかった。
「――今だ」
彼の全身から、これまでの比ではない、極限まで凝縮された赤黒い闘気が噴き出す。闘鬼の指輪が、主の意志に応え、悲鳴のような輝きを放った。
「鬼神流終の秘奥義――」
龍魔呂の姿が、キメラの正面から消えた。そして、再生を終え、油断しきっていたキメラの、その背後に、音もなく現れる。
「――『天地無双撃』」
轟音は、なかった。
ただ、静かに、赤黒い光を纏った龍魔呂の右拳が、キメラの心臓部があるであろう、その背中へと、深く、深く、めり込んでいった。
時が、止まる。
キメラの巨体が、ぴくり、と痙攣した。そして、その身体の内側から、無数の赤黒い亀裂が走り、次の瞬間、まるでガラス細工のように、音もなく、内側から崩壊し、塵となって消滅した。
空洞に、静寂が戻る。
残されたのは、呆然とするザエルと、解放された捕虜たち、そして、ゆっくりと拳を下ろす、一人の鬼神の姿だけだった。
龍魔呂は、その冷たい瞳を、塵となって消えたキメラから、ゆっくりと、絶望に顔を歪める、元凶――ザエルへと向けた。
戦いは、まだ終わっていない。
宴は、これからが本番だった。
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