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鬼神と月兎
EP 29
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鬼神、狂気を断つ
「我が最高傑作を! 我が叡智の結晶を! 貴様のような、ただの蛮人があああああっ!」
高みにある足場の上で、魔導研究長ザエルが甲高い絶叫を上げた。その瞳は、もはや正気の色を失い、純粋な憎悪と狂気で濁りきっている。彼のプライドの全てであったキメラは、目の前で塵と化した。
「許さん…許さんぞ、鼠ども! 貴様らは、ここで、我が身をもって知ることになるのだ! 真なる『進化』の輝きを!」
ザエルは、懐から禍々しい紫色の液体が満たされた注射器を取り出すと、何のためらいもなく、自らの首筋へと突き立てた。
「ぐ…ぎ…ぎぎぎぎぎっ!」
ザエルの身体が、あり得ない角度に折れ曲がり、痙攣する。皮膚の下で血管が蚯蚓のように蠢き、その肉体は急速に変質を始めた。ローブは引き裂かれ、背中からは昆虫のような甲殻と翼が生え、腕は鋭いカマキリの刃のように変形していく。
「これだ…! この痛み! この変貌こそが、生命の新たなる産声!」
数瞬の後、そこに立っていたのは、もはや魔族の面影を残さない、おぞましい「改造人間」だった。
「さあ、第二楽章の始まりだ! この世界の、新しい神となる、私の誕生を祝福しろ!」
変貌を遂げたザエルが羽ばたくと同時に、その全身から、呪詛と怨念が凝縮したかのような紫色の魔力の嵐が、空洞全体へと吹き荒れた。
「全員、柱の影へ! 呪詛の雨が来るぞ!」
ダイヤが、即座に叫ぶ。彼女は自らも盾を構え、解放された捕虜たちとダイチ、ユイの前に立ち、防御結界を展開した。
「ユイ! 負傷者の手当てを!」
「はい!」
無数の魔力の矢が、雨のように降り注ぎ、岩肌を溶かし、地面を抉る。それは、先ほどのキメラの攻撃とは比較にならない、広範囲殲滅を目的とした、純粋な破壊の嵐だった。
このままでは、ジリ貧になる。
その状況を打破できるのは、ただ一人。
龍魔呂は、降り注ぐ呪詛の雨の中を、ただ、真っ直ぐに、ザエルへと向かって歩を進めていた。彼の周囲に展開された赤黒い闘気の「不動鬼神陣」が、致死の魔力弾を次々と弾き飛ばしていく。
「ほう、あの程度の攻撃は通じんか! だが、どうだ!」
ザエルは、面白そうに口元を歪めると、地面に転がる魔物の死骸へと、その歪んだ手を向けた。
「起きよ、我が僕ども! その肉体が滅びようと、魂までは逃がさん!」
死体霊操作(ネクロマンシー)。
先ほど龍魔呂が屠ったはずの、オークやゴブリンの亡骸が、紫色の光を宿して立ち上がり、ゾンビとなって龍魔呂へと襲いかかった。
だが、龍魔呂は、その足を止めない。
迫り来るゾンビの群れを、彼は、殴るでもなく、蹴るでもなく、ただ、その身体ですり抜けるようにして、前へ、前へと進んでいく。彼が通り過ぎた後、ゾンビたちは、まるで全身の骨を抜かれたかのように、ぐにゃりと崩れ落ち、二度と動かなくなる。闘気を身体の内側へと流し込み、その根源を破壊しているのだ。
「な…馬鹿な!?」
ザエルの顔に、焦りの色が浮かぶ。
その、一瞬の動揺。それが、彼の命運を決した。
龍魔呂は、ゾンビの最後の壁を突破すると、地面を強く蹴った。その身体は、砲弾となって、ザエルが立つ、遥か上空の足場へと、一直線に飛翔する。
「くっ…来るなあああっ!」
ザエルは、恐怖に顔を引きつらせながら、両腕の刃を交差させて防御の構えを取る。
龍魔呂は、空中で、静かに、しかし、はっきりと呟いた。
「お前のやっていることは、ただの、弱い者いじめだ」
その言葉は、ザエルの歪んだ哲学を、根底から否定する、龍魔呂なりの「断罪」だった。
次の瞬間、赤黒い闘気を極限まで纏った龍魔呂の足が、ザエルの交差した刃の上へと、容赦なく振り下ろされた。
「鬼神流――『金剛砕破脚(こんごうさいはきゃく)』!!」
バキイイイイイイイイインッッッ!!!
昆虫の甲殻よりも硬い、ザエルの自慢の刃が、いとも容易く粉砕される。そして、その一撃は止まらない。刃を砕いた蹴りは、そのままザエルの頭部を捉え、そのおぞましい肉体を、足場もろとも、空洞の遥か下方、地面へと叩き落とした。
轟音と共に、地面に巨大なクレーターが穿たれる。
その中心で、変貌したザエルの肉体は、完全に沈黙していた。
そして、主を失った鉱山の魔力炉が、暴走を始める。
「まずい! ここが崩れるぞ!」
ダイヤが叫ぶ。
壁が崩れ、天井から岩が降り注ぐ中、龍魔呂は音もなく地上に着地すると、ダイチとユイ、そして捕虜たちの方へ向き直った。
「行くぞ。出口まで、道を開ける」
その背中は、先ほどまでの「鬼神」ではなく、頼もしい、一人の守護者のものだった。
龍魔呂が、崩れ落ちてくる岩盤を、闘気を纏った拳で砕きながら進む。ダイヤが、その左右を固めて騎士の誇りを見せる。
一行は、まさに死地からの脱出を、開始した。
朝日が昇る頃、彼らは、巨大な崩落の轟音を背に聞きながら、「魔の顎」から、全員、生還を果たしたのだった。
丘の上から、完全に崩壊し、沈黙した鉱山を見下ろす。
ダイチは、助け出されたドワーフや村人たちから、涙ながらに感謝の言葉をかけられていた。その度に、彼の右手の聖痕が、温かい光を強く、強く、放っていた。
その光景を、龍魔呂は、少しだけ離れた場所から、静かに見つめていた。
一つの戦いが、終わった。
しかし、彼の、そして、この世界の本当の戦いは、まだ始まったばかりだった。
「我が最高傑作を! 我が叡智の結晶を! 貴様のような、ただの蛮人があああああっ!」
高みにある足場の上で、魔導研究長ザエルが甲高い絶叫を上げた。その瞳は、もはや正気の色を失い、純粋な憎悪と狂気で濁りきっている。彼のプライドの全てであったキメラは、目の前で塵と化した。
「許さん…許さんぞ、鼠ども! 貴様らは、ここで、我が身をもって知ることになるのだ! 真なる『進化』の輝きを!」
ザエルは、懐から禍々しい紫色の液体が満たされた注射器を取り出すと、何のためらいもなく、自らの首筋へと突き立てた。
「ぐ…ぎ…ぎぎぎぎぎっ!」
ザエルの身体が、あり得ない角度に折れ曲がり、痙攣する。皮膚の下で血管が蚯蚓のように蠢き、その肉体は急速に変質を始めた。ローブは引き裂かれ、背中からは昆虫のような甲殻と翼が生え、腕は鋭いカマキリの刃のように変形していく。
「これだ…! この痛み! この変貌こそが、生命の新たなる産声!」
数瞬の後、そこに立っていたのは、もはや魔族の面影を残さない、おぞましい「改造人間」だった。
「さあ、第二楽章の始まりだ! この世界の、新しい神となる、私の誕生を祝福しろ!」
変貌を遂げたザエルが羽ばたくと同時に、その全身から、呪詛と怨念が凝縮したかのような紫色の魔力の嵐が、空洞全体へと吹き荒れた。
「全員、柱の影へ! 呪詛の雨が来るぞ!」
ダイヤが、即座に叫ぶ。彼女は自らも盾を構え、解放された捕虜たちとダイチ、ユイの前に立ち、防御結界を展開した。
「ユイ! 負傷者の手当てを!」
「はい!」
無数の魔力の矢が、雨のように降り注ぎ、岩肌を溶かし、地面を抉る。それは、先ほどのキメラの攻撃とは比較にならない、広範囲殲滅を目的とした、純粋な破壊の嵐だった。
このままでは、ジリ貧になる。
その状況を打破できるのは、ただ一人。
龍魔呂は、降り注ぐ呪詛の雨の中を、ただ、真っ直ぐに、ザエルへと向かって歩を進めていた。彼の周囲に展開された赤黒い闘気の「不動鬼神陣」が、致死の魔力弾を次々と弾き飛ばしていく。
「ほう、あの程度の攻撃は通じんか! だが、どうだ!」
ザエルは、面白そうに口元を歪めると、地面に転がる魔物の死骸へと、その歪んだ手を向けた。
「起きよ、我が僕ども! その肉体が滅びようと、魂までは逃がさん!」
死体霊操作(ネクロマンシー)。
先ほど龍魔呂が屠ったはずの、オークやゴブリンの亡骸が、紫色の光を宿して立ち上がり、ゾンビとなって龍魔呂へと襲いかかった。
だが、龍魔呂は、その足を止めない。
迫り来るゾンビの群れを、彼は、殴るでもなく、蹴るでもなく、ただ、その身体ですり抜けるようにして、前へ、前へと進んでいく。彼が通り過ぎた後、ゾンビたちは、まるで全身の骨を抜かれたかのように、ぐにゃりと崩れ落ち、二度と動かなくなる。闘気を身体の内側へと流し込み、その根源を破壊しているのだ。
「な…馬鹿な!?」
ザエルの顔に、焦りの色が浮かぶ。
その、一瞬の動揺。それが、彼の命運を決した。
龍魔呂は、ゾンビの最後の壁を突破すると、地面を強く蹴った。その身体は、砲弾となって、ザエルが立つ、遥か上空の足場へと、一直線に飛翔する。
「くっ…来るなあああっ!」
ザエルは、恐怖に顔を引きつらせながら、両腕の刃を交差させて防御の構えを取る。
龍魔呂は、空中で、静かに、しかし、はっきりと呟いた。
「お前のやっていることは、ただの、弱い者いじめだ」
その言葉は、ザエルの歪んだ哲学を、根底から否定する、龍魔呂なりの「断罪」だった。
次の瞬間、赤黒い闘気を極限まで纏った龍魔呂の足が、ザエルの交差した刃の上へと、容赦なく振り下ろされた。
「鬼神流――『金剛砕破脚(こんごうさいはきゃく)』!!」
バキイイイイイイイイインッッッ!!!
昆虫の甲殻よりも硬い、ザエルの自慢の刃が、いとも容易く粉砕される。そして、その一撃は止まらない。刃を砕いた蹴りは、そのままザエルの頭部を捉え、そのおぞましい肉体を、足場もろとも、空洞の遥か下方、地面へと叩き落とした。
轟音と共に、地面に巨大なクレーターが穿たれる。
その中心で、変貌したザエルの肉体は、完全に沈黙していた。
そして、主を失った鉱山の魔力炉が、暴走を始める。
「まずい! ここが崩れるぞ!」
ダイヤが叫ぶ。
壁が崩れ、天井から岩が降り注ぐ中、龍魔呂は音もなく地上に着地すると、ダイチとユイ、そして捕虜たちの方へ向き直った。
「行くぞ。出口まで、道を開ける」
その背中は、先ほどまでの「鬼神」ではなく、頼もしい、一人の守護者のものだった。
龍魔呂が、崩れ落ちてくる岩盤を、闘気を纏った拳で砕きながら進む。ダイヤが、その左右を固めて騎士の誇りを見せる。
一行は、まさに死地からの脱出を、開始した。
朝日が昇る頃、彼らは、巨大な崩落の轟音を背に聞きながら、「魔の顎」から、全員、生還を果たしたのだった。
丘の上から、完全に崩壊し、沈黙した鉱山を見下ろす。
ダイチは、助け出されたドワーフや村人たちから、涙ながらに感謝の言葉をかけられていた。その度に、彼の右手の聖痕が、温かい光を強く、強く、放っていた。
その光景を、龍魔呂は、少しだけ離れた場所から、静かに見つめていた。
一つの戦いが、終わった。
しかし、彼の、そして、この世界の本当の戦いは、まだ始まったばかりだった。
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